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ワールドホライゾン

全てがチョコになる日

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全てがチョコになる日
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 Chocolate Monster



 市庁舎前には連絡を受けた特異者たちが集まってきていた。
既にハート形のチョコレートの塊を解体するべく戦う特異者たちと共にレイン・クリスティも合流する。

 戦力が増えてきたことで触手に絡め取られてチョコの塊と一体化する特異者は減ってきた。
だが、メルティ・シュガーの影響を受け、チョコの塊となる特異者はまだいるようだった。



 青井 竜一もまたハート形のチョコレートの塊へと取り込まれてしまった一人だった。
甘い香りと味にふわふわ、ゆらゆらと夢見心地のような気分の中で外からの刺激(洗脳されていない特異者たちの攻撃)によって竜一はぼんやりと意識と取り戻した。

「俺はどうして……そう、お茶会で同じスイーツメーカーのよしみだとミリアムからチョコレートを勧められて――」

 最初に思い出した記憶はちょうど“メルティ・シュガー”製のチョコレートを食べたきっかけだった。
そういえば巻き込まれ体質になっていたせいで、最初からミリアムに目を付けられていたのかも……と思考を巡らせるもその思考は再びチョコレート色に侵食されていく。


「こんな休らいだ気分は久しぶりかも」

 良くない状況だと言うのはわかっていても微睡みから抜け出せないような、そんな感覚に支配される。
いくつもの世界で戦いを続けている日々に、どこか疲れややり切れなさを感じていたのかもとぼんやりと考える。

「特異者となり、戦いの日々を送ることを後悔してない筈と思っていたんだが」

 苦笑を浮かべながら竜一は塗り替えられそうになる思考を懸命に整理しようとしていた。



☆☆☆―――――――――――――――――――★★★



 その頃、ジョニーから連絡を受けたミランダ・ヴァレンシュタイン

「えっ、青井竜一さんもチョコレートの塊の中に?」

 驚きと困惑の入り混じった声を上げるミランダ。

 ジョニーからの要請であり、且つ事態の深刻さからミランダもまた市庁舎前へと急いだのだった。



「甘いですわね」

 盾でチョコレートの触手を防ぎ、見惚れてしまうほどの槍さばきでチョコレートの解体を進めていく。

「不謹慎かもしれませんが、少し楽しいですわね」

 身体を動かすことがストレス解消に繋がっているのか、ミランダは微笑みながら自信溢れる戦いぶりに周囲も勇気づけられるようだ。


☆☆☆―――――――――――――――――――★★★


「さて、そろそろ俺自身も何かこの状況からの脱出方法を……」

 少しずつ侵食から回復しつつある思考を働かせて竜一は脱出方法を考えようと試みる。
その瞬間、ずっと聞きたかった声に引き戻されるような感覚が全身に走る。


☆☆☆―――――――――――――――――――★★★



「…………ん、……さん。…………か。……大丈夫ですか、青井竜一さん?」

「んっ……」

 ぼんやりとした意識を声だけを頼りに目を開ける。

「ミランダ?」

「青井竜一さん、立てますか?」

 奇跡的にチョコレートの塊から切り離された竜一の元にミランダが駆け寄ってきていた。
美しく微笑むミランダに嬉しさとときめきを覚えつつ、差し出された手を掴み、竜一は立ち上がった。

「ミランダが助けてくれたのか。ありがとう」

「いえ、わたくしだけでなく、他の方々も……」

 ミランダがちらりと視線を送った先にはまだチョコレートの塊を解体するべく、戦う特異者たちの姿があった。

「それにしても……油断大敵ですわよ、青井竜一さん」

 無事を確認したミランダが竜一へたしなめの言葉をかける。

(困った人を見過ごせない君だ。俺のためだけに駆け付けてくれた、そう思い上がるつもりはないけれど)

「すまない」

 頭を下げながら竜一は心のどこかで嬉しく思っていた。

(君が俺を助けたいと思ってくれた、救いに動いてくれた事自体が俺はとても嬉しいよ) 

 こうして一旦はチョコレートの塊に取り込まれた竜一だったが、ミランダを始めとする特異者たちによって助け出されたのだった。




 竜一のために一旦、戦線を離れたミランダと入れ替わりに戦線に加わったのは黒瀬 心美ルキアだった。

「……ミリアム。何があったかは知らないけれど、折角のバレンタインを台無しにするつもりかい?
アタシはアンタの事を一流のエンターテイナーだと思っていたけど、流石にこれはない」

 未だ高い山にようなハート形のチョコレートの塊の上にいるミリアムに冷たく言い放つ心美。

(アタシだってルキアとゆっくり過ごせると思ってたのに……!)

 ミリアムに投げつけた言葉は偽りではない。
だがルキアとゆっくり、騒動なんてなくバレンタインのひと時を過ごすのを楽しみにしていたのもまた事実だった。

「ホライゾンの特異者全員からお仕置きを受ける覚悟は出来てるんだろうねぇ……!?」

 にやり、と心美が不敵に笑う。どんなに強大な敵が相手だとしても隣にルキアがいるなら無様な姿は晒せない。

「ルキア、枕投げが終わったばかりで悪いけど、もう少しアタシに付き合ってくれ」

「私の力が助けになるなら、いつだって手を貸そう」

 枕投げの後、バレンタインの話をしていた矢先にジョニーから連絡が入り、急ぎ駆けつけた二人。
ゆったりとした時間を過ごすためにはまずこのチョコレートの塊を何とかしなくてはいけないらしい。

 未だこちらを見向きもしないミリアムの気を引くべく、心美はゴーストパーティーでゴーストたちを呼び出した。
ミリアムの視界に入るゴーストの一体から心美が飛び出し、ハロウィンチェンジで纏っているエリクシールのフォシックドレスからチョコレート仕様の装備へと変化する。

「バレンタインは甘いだけじゃなく苦い一面もあるんだ。その苦い一面をミリアムにも味わってもらうよ……!」

 ミリアムの視界に捉え、心美は持っていたチョコソードをミリアム目掛けて投げつけた。
バレンタインハーツの炎でチョコソードを溶かせば、手作りチョコを作ったことがある人なら経験のある臭いが市庁舎前に広がっていく。

「くっさ~~~い」

 あまりの臭いにミリアムが声をあげる。
チョコレートの焦げた臭いは市庁舎前に広がっていた甘い香り混ざり合っていく。

 その頃、ルキアは心美がミリアムの気を引いてる隙にチョコの塊と一体化してしまった人を助けるべく、剣撃で解体を進める。

 共闘とはいえ、お互いに別の敵。
信頼し合えてない同士なら相方の様子を気にかけるあまりに自滅してしまうということもあるだろう。
だが、心美とルキアの二人は今まで一緒にいくつもの困難を乗り越えてきた。
 最初から上手くいっていたわけではない。一緒に戦うこと、一緒に過ごすこと、話をすることでその絆を深めてきたのだ。

 お互いへの信頼と絆。その2つを持って二人は平和なバレンタインを取り戻そうと奮闘するのだった。




(ユリィとバレンタインデートしたかったのにぃ! うわぁん、ミリアムちゃん酷いよーっ!)

 ここにもまたバレンタインの騒動に嘆く姿があった。

「アーモリーに続いて、ワールドホライゾンも賑やかだね……これがバレンタイン?」

 ジョニーからの連絡を受けて市庁舎前に来たユリウスは目の前に広がる喧騒を見て、そう呟いた。

「あっユリィ! 来てくれてありがとう」

 近くに立ったユリウスの姿に猫宮 織羽の頬が緩む。

「えーっとこれは、バレンタインだけどバレンタインじゃないっていうか……」

 っこの喧騒と本当のバレンタインの違いをしどろもどろと説明する織羽。

「えっとね、とりあえずあの巨大チョコを解体して、みんなを助けなきゃ! ユリィお願い、手伝って!」

「ああ。騒ぎになっているから、あのチョコを解体すればいいんだね?」

 織羽のお願いと説明にユリウスは快く了承した。

「スイーツメーカーで来たのはいいけど、あまり強くないから期待しないで」

 織羽は申し訳なさそうにそう言いながら、チョコの塊へデスモンブランを投げつけ始めた。
上手いこと口の中に入ればそれを中で爆発させて解体しようと思っていたのだ。

「それにしても、甘い香りだね……」

 先程まで何かと混じり合っていた香りは、再び甘い香りが強さを際立たせていた。
戦闘態勢のまま、服の袖口で口元を覆うユリウス。それでもくらくらと何かが思考を蝕んでいく。

「チョ……コ……」

 ふとユリウスの口から出た言葉に織羽が心配そうに振り向いた。

「ってユリィ!? しっかりして!? えとえと、こんな時は……!」

 ユリウスがメルティ・シュガーの影響を受けつつあることに気付いた織羽がわたわたと慌てる。
そこで思いついたのがバレンタインデーキスで正気づかせることだった。

 そろりとユリウスへ近づき、その頬へと口づけしようとした織羽。
その瞬間にユリウスが織羽の方を向いた。

「はぅ……」

「……っと、すまない」

 織羽のバレンタインデーキスのおかげでユリウスは何とか正気を取り戻したようだった。
にも関わらず、織羽はどこか照れくさそうに、そして顔が真っ赤だった。
 ユリウスの頬にキスしたことは初めてではなかったものの今回はユリウスがタイミング良く織羽の方を向いたため、かなり唇に近い位置にキスすることになってしまったのだ。

 チョコレートへの欲望が思考を埋め尽くしそうになるのを振り払うようにユリウスが首を振る。
その横で照れている織羽の足元へ隙ありとばかりに触手が近づき、その足を絡め取る。

「ふにゃああああぁん。ユリィ助けてえぇ!!」

 自身へ取り込もうとするチョコの触手とじたばたと暴れる織羽の姿に今度こそ正気を取り戻したユリウスが自身の武器を構える。

「織羽を離してもらうよ」

 “蒼流の貴公子”の名が表すようにユリウスはまるで流れるような動作で触手に囚われた織羽を救出する。
切り落とされた触手は地面に落ちるのと同時にとろりと溶ける。

「あ、ありがとう……」

 お姫様抱っこの形で助けられた織羽の顔が更に赤くなる。

「わたしはやっぱり、唄での支援のほうが得意だね」

「そうかもしれないね。じゃあ支援は任せるよ」

 織羽を降ろし、ユリウスはチョコレートの塊を見据える。

「ユリィかっこいい……」

(ああ、やっぱり大好きだなあ……)

 ユリウスへ支援を行いながら、時折そう呟いては織羽は改めてユリウスへの気持ちを深めるのだった。





 谷村 春香ハルキ・ヴィラジ秋光 紫の三人と共に市庁舎前へと急ぐのはアメリア・朱雀院だった。

「役に……たてるのでしょうか……」

 アヴィではなくアメリアとして呼ばれたことに、ぽつりと不安のような自信のなさのようなものを滲ませる。

「……仮にアメリアさんに特別優れた能力が無いとしても、そうじゃなきゃ人として価値が無い、なんてことは無いと思うけれどな」

「え……」

 俯いていたアメリアがハルキの言葉に不思議そうな顔をする。
ハルキの隣では春香がハルキの言葉に同感だと言うように頷いていた。

「前にアメリアさんが使ってたサイコアークソードは超能力の力量だけじゃなく、高い身体能力と剣術センスが問われる技。
そうそう簡単に習得できるものじゃないし、それを扱えることが、アメリアさんの能力を示してる。
総じて身体能力に劣ることが多いサイオニックの中で身体能力が高いことはは大きな長所になるはず」

 春香は今までにアメリアに感じていた長所を並べる。

「それに、ホントに超能力を制御できないなら、PKクリックすらも安定せずにコントローラーを壊したりしちゃうと思うけどな。
サイオニックの力が暴走するのは、心が不安定になってる時。
前に暴走させてしまった時とは違って、アヴィさんとしての経験のおかげで、精神的にも成長してるんだと思う。
きっと今は大丈夫、アメリアさんの中のアヴィさんが力と勇気をくれるから!」

 春香の言葉を聞いていたアメリアの背中を春香は勇気づけるようにぽんぽんと叩く。

「それに……誰かに心配してもらえるというのは、その人から必要とされてるから、って事だと思うけどな」

 そう言ったハルキの視線はアメリアに心当たりがないわけじゃないだろ?と問いているようだった。
アメリアもその視線の問いに気付いたのかこくりと頷く。目の前の春香たちはもちろん、心配してくれる人は確かにいると感じる。

「……以前のこと、負い目に感じてるのかも知れないけれど故意にせよ、過失にせよ、過ちを犯すのがヒトだもの。
やってしまったことは無くならないけれど、それでただ自分を責めていたって、結局立ち止まることにしかならないと思うの。
だからあまり自分を責めすぎないで。きっとそれが、自信を取り戻す第一歩になると思うから」

 紫がそう言い終えるのと同時に4人は市庁舎前へと着いた。
ある程度の情報はジョニーから聞いていたものの、既に戦端が開かれていることもあり、騒動は想定以上だった。

 だが怯むわけにはいかない。
紫がエアピュリファイを使い、周囲のチョコの匂いを和らげ、メルティ・シュガーの影響を軽減しようとする。

 攻撃手を担うのは春香とアメリアだ。

「イベンターともあろう人が、こんなこと……バレンタインとチョコに対する冒涜だよ!」

 そう叫ぶ春香はオーラブーストで強化したサイコアークソードをチョコの塊へと叩き込む。
それに続く形でアメリアもサイコアークソードを手に春香に続く。

 触手からの攻撃を防ぐのはハルキの役目だ。
召現の槍を形成してリーチを伸ばし、真・召現で身体能力を強化、さらにフラマ・インカントで炎の力を宿す。
触手が春香やアメリア、紫を狙おうものならハルキは容赦なくその槍を振るう。

 後ろからの攻撃に備えつつ、紫はチョコレートの塊に弱点はないか、と探すことも惜しまない。

 こうして取れた連携は不思議となんの違和感もなかった。
春香たちとアメリアはそのまま連携を取りながらチョコの塊の解体を行っていく。
この騒ぎの鎮静が、アメリアの自信に少しでも繋がることを信じて……――
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