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全てがチョコになる日

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第四章 友愛と微笑のショコラ


 不意にファンファーレが鳴り響き、77階にいる全員のチャットウィンドウに、同じ文字列が表示された。
「バレンタインデーをお楽しみの紳士淑女の皆様! どうか回廊の最奥、ショコラ教会の前にお集まりください! まもなく愛のスイーツ試食会が始まります!」
 ショコラ教会。PCたちにとっては初耳の単語だったが、何のことを指しているのかは理解できた。あの回廊の奥に見えた高い建物は、そんな名前がついていたのか。
 PCたちが示された場所にたどり着くと、白いテーブルクロスに覆われた大きな机が広場の中央を陣取っているのが見えた。
 そこに、数名の騎士やメイドを連れたアリサ姫ソフィア司祭が現れる。ふたりは騎士のエスコートに従ってしずしずと歩き、用意された席へとついた。
「お集まりの皆さん、お忙しい中のご参加、本当にありがとうございます。皆さんの心がこもったチョコレート、アリサはとっても楽しみにしてまいりました。本日はよろしくお願いいたします」
 アリサ姫が聴衆に向かってあいさつをしたことを皮切りに、次々とスイーツが運ばれてきた。素朴な焼き菓子からこまやかな細工ものまで、多種多様な作品が並べられる。
「まあ、どれも素晴しいですね。いただくのが勿体ないくらい……」
「本当に。フォークをさすことも躊躇してしまいますね」
 アリサ姫とソフィア司祭は楽しげに歓談しながら、少しずつスイーツを口に運んだ。
 数が多いだけに、一口ずつ試食するだけでも時間がかかるが、アリサ姫とソフィア司祭はあくまで真剣に誠実に、一品一品と向き合って感想を述べていく。
「――これは……」
 試食が進み、あるスイーツを口にしたところで、ソフィア司祭の手が止まった。
 タヱ子がジャスティスと共に協力して作った、生チョコとビスケットのケーキである。
「しっとりとしたミルク感のあるコク深い生地に、生クリームのなめらかさとチョコレートの風味が合わさったムースのように軽いクリーム……こちら、とってもおいしいです。私の一番お気に入りとさせていただきますね」
 聴衆の中から「よおっし!」という声が上がる。見れば仲睦まじい若い夫婦が身を寄せ合い、手をとりあって、ソフィアの言葉を喜んでいた。
 一方、アリサ姫は慎重に選ぶがゆえになかなかこれ、というものが決まらない様子だった。どれを食べても心から美味しいと感じるようでずっとニコニコとしていたが、だからこそひとつとなると絞りきれないらしい。
 だが、最後の一品。薔薇を添えた手のひらサイズのチョコ細工を目の前にしたとき、彼女はぴたりと身動きを止めた。
「これは……クラウンですね? なんて細やかで、美しいのでしょう……」
 細い細いチョコレートの糸がいくつも弧を描きながら重なりあい、最終的に王冠の形を成している。それがアリサ姫が頭上に戴く冠を模したものであることは、誰の目にも明らかだった。
 これを、姫が愛でずにいられるはずがない。
「……姫、ご試食を」
 付添いのメイドにそう進言されて、アリサ姫はハッと我にかえる。
「ご、ごめんなさい。そうでしたわね。でも本当にもったいなくて……あらためて、いただきます」
 姫がおずおずとフォークをさしこむと、王冠は儚くその形を崩してしまう。その様子にすら姫は心痛むようで、少しばかり悲しげな表情になりながら破片を口に運んだ。
「ん……わ、なんて華やかな香り……口どけも優しくて、甘さも上品で……ああ、でも後味にしっかりカカオが残りますね。とってもおいしかったです。こちらを作られたのは、どなたですか?」
「わ、私ですっ!」
 緊張に震える声が辺りに響き、ひとりの少女が聴衆の奥から最前列へと進み出た。
「まあ、こんな可愛らしい方が、こちらの作品を?」
「は、はい。高宮 綾と申します。アリサ姫のために、一生懸命作らせていただきました」
「ありがとうございます、アヤ。お気持ちしっかり届きました。こちらのチョコレートを一番のお気に入りとさせていただきますね。もし機会がありましたら、また私のために作ってくださいますか?」
「もちろん! 喜んで!」
 綾が大きくうなずくと同時に、祝福の拍手が巻き起こった。
「おめでとう。さすがね、アヤ!」
「おねえちゃん……!」
 彼女を祝おうと進みでたミシェルの胸に、綾は涙を浮かべながら思い切り飛び込む。
「ありがとう……お姉ちゃんのおかげだよ……!」
「な、なにいってんの。アヤが頑張ったからに決まってるでしょ」
 互いをたたえ合う少女たちの姿に、拍手は一段と大きくなり、しばらく鳴りやむことはない。

 ――その拍手が、パティシエの道を歩む後押しになることは、まだ、少女の胸にだけ秘められていた。
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