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全てがチョコになる日

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第二章 私的無敵スイーツ

 待ち合わせに彼女が現れた時、桜・アライラーは呼吸が止まりそうになった。
「久しぶりだね、さく……すまない、いまはオーカか」
 そう告げるのは、間違いなくイサミ・フォックスだった。そのゴダムや大和で怒涛の運命を共にした少女が、ありのままそこにいる。
(いいですいいです、名前なんて!)
 桜はそう言いたかったが、同時にイサミの心遣いが嬉しくもあった。
 いや、それ以上に、おそらくファーストキャラ……最初に作成し、メインで遊んでいるキャラ、で目の前に現れてくれたことに泣きそうにもなる。
 セカンドキャラでいいから、と誘ったのは桜だ。以前から遊んでいることは聞いてはいたけど、どんなキャラクターでどんな風に遊んでいるかまでは教えてもらえていなかった。
 息抜き用に、新しくキャラクターを作って、それで同じ時間を共有できたらそれで充分。そう言ったとき、彼女は微笑んではくれたがはっきり頷いてはくれなかった。
 その微笑みにどんな意味があったのか今日この瞬間まで分からなかったけど……RWOで再会して理解した。彼女は約束を曖昧にしてメインキャラで会いに来てくれたのだ。
「言われた通り、いつもと違うキャラでとも思ったんだ。でも……なんかそういうことを桜にするのって嘘をついてる気がしちゃってさ。……勝手だったかな」
「勝手なんて! 嬉しいです、嬉しいです、嬉しいですー!」
 今すぐ抱き着いたい衝動にかられたが、ぐっと耐える。ここはバレンタイン回廊。イベント中で、多くのキャラクターが行きかう場所だ。イサミの知り合いだって通りかかるかもしれないし、恥をかかせるようなことはすべきではない。
「じゃ、じゃあどうしましょうか。軽くレベリングも考えていたんですけど……」
「経験値? 今回のイベントはあまりおいしくないらしいけど」
「ですよね……」
 それもセカンドキャラで来てくれる前提で考えていたことだ。代案をと思うもののすぐには思いつかず、僅かな沈黙が二人の間に生まれてしまう。
「あー……だったら、何かデザートでも作ろうか。材料はすぐ揃うだろうし……クラフト系のスキル、用意はできてるから」
「つ、作ってくれるんですか?」
「専門職ほどにはうまくないけど、それでよければ」
 他のジョブがメインではあるが、簡易に覚えられるスキルなら用意できている……そんなところだろうか。
「私、チョコケーキが食べたいですっ!」
 勢いよく手をあげて希望を叫び、しかし次の瞬間、悲劇的な運命に気づいてしまい息を飲む。
「ああ、でもどうしましょう……あんまり力作を作ってもらってしまったら、切り分けるのが辛くなりそう……」
「……専門職ほどじゃないから、そんな力作にはならないよ。安心して」
 ぽんぽん、と優しく背中を叩かれるモーションを見せてくれた。イサミのことだ。きっと少し呆れたような、けれど優しい笑みで自分を見ていてくれているのだろう。
 そう考えるだけで、桜は目頭が熱くなり、しばし動けなくなってしまった。


 期間限定イベント用の敵といえば、二つに分かれる。
 ひとつは、初心者にも楽しめる程度の力しか持たない雑魚中の雑魚。もうひとつは、ギリギリまでキャラクターを育成し、多くの時間を消耗しなければ倒せない強敵。
 今回のバレンタイン回廊がどちらにあたるかと言えば、基本的に前者と言えるだろう。
(ふふ、順調順調)
 ミシェル・キサラギは回廊の浅いところで、次から次へとチョコレートモンスターを襲い続けた。
(秘密の薔薇園……案外やれるものね)
 このスキル、モーションこそ通常攻撃同様に武器を振るい続ける形だが、同時に地面から茨が伸び、一瞬でモンスターたちに巻き付いてしばりつけてくれる。これのおかげで、ドロップアイテムのチョコレートにバラの香りのステータスを付与することに成功していた。
(数的にはもう十分だけど、キリがいいところまで……っと)
 ひゅ、と視界をよぎった光に気付いて、スキル入力直前で手を止める。
 え、と思う間もなく、狙っていたチョコレートモンスターが怪しげな青い焔に包まれていった。
 他のPCと狩場が被ってしまったのか。
(仕方ない、この辺が潮時ね)
 こういう場合は引き際が肝心と、ミシェルはあっさり撤退を決める。
(それにしても、いまの炎……)
 一瞥しただけで背筋が凍るような、この奇妙な感覚。これが勘違いでなければ――……。
(……大和に生きる妖みたいだわ)


「さぁて、どうしてくれようか」
 遥か彼方大和より、妖の姿で直接この地を訪れたのが、ほかならぬ霜月 饗華だ。
 全身に妖気をまとい、青みを帯びた炎を自在に操りながら、彼女は回廊をゆっくり進んだ。
 チョコレートモンスター、などとひとくくりに呼称されてはいるが、その姿は案外多彩だ。
 どろどろとした半液体状の異形、ごつごつした皮膚をもった小人、武装した二足歩行の犬――そのどれもが全身を茶色く染め、艶を放っている。
「ふむ、なるほど。この有り様がちょこれーと風、というわけじゃな」
 得たり得たりと頷きつつ、まず二足歩行の犬が三匹群れている辺りに狐火をなげた。
 さすがに一度の炎で攻撃できるのは一匹が限度。残りの二匹はうろたえることもなく一斉に響華に飛びかかってきた。
「この程度で……」
 見切るつもりで半歩引くが、それでかわせたのは最初に繰り出された爪の一撃だけだ。続けざま、大口をあけた二匹目の突撃までは防げない。
「ぐ……っ」
 とっさに掲げた腕から全身へ、重い衝撃が響く。平衡がくずれ倒れ込みそうになるのを、なんとかその場に踏みとどまった。
(……これが、世界の差か)
 分が悪いのは分かっていたが、こうも明確に現れるとは。響華はさらなる攻撃を警戒し、犬から距離を取るように後方へと跳ねる。
 やはり犬たちは追ってきた。がうがうと吠え立てながら、牙をむいて距離を詰めてくる。
 ――だが。
 魔力のこもった風が吹き、刃のように犬それぞれに突き刺さった。
 さほど派手な攻撃ではなかったが犬にとっては十分致命傷だったようで、どさどさと地面に転がり煙をたてて姿を消してしまう。
「――鍛錬もいいが、あまり無理をしてくれるなよ、響華」
 背後から女性の声にそう呼びかけられて、響華は先ほどの風が彼女の伴侶、霜月 八手によるものと知った。響華とは対照的に、この地になじむPCとしてそこに立っている。
「すまんなヤツコ。油断したようじゃ」
「ヤツコ言うな」
「なんじゃ、まだ慣れんのか。似おうとるのに」
 他の世界では均整のとれた麗しい青年である八手だが、このRWOにおいてはどこか野性味のある女性、ヤツデとして活動している。よく分からないからと友人に造形を任せた結果だそうだ。
「一匹ずつ狙ったらどうだ。それならまず問題ないだろう」
「うつけたことを。そんなやり方でなにが身に着くのだ」
「忍耐力」
「いらぬわ」
 ぷい、とそっぽを向き、響華は再び手近なモンスターを狙って狐火を放った。ヤツデにはああ言ったが、さすがに先ほどよりは慎重に相手を選び、最大でも二匹までを相手にするよう立ち回る。
 そこに気を付けるとさすがに安定した。さらに数戦重ねるうちに相手の動きの単調さに気づき、隙をつくことが容易になって効率的に片付けられるようになる。
(ふ、ふふふふ……)
 次第に、響華の脳裏に愉悦が広がっていった。
(……くっはははは! 久々の狩りは! 実に滾る! 滾るぞォ!)
 次から次へとモンスターを餌食にしていく。血液など浴びるはずもないのに、みわたす世界が赤く染まるような感覚があった。
 ――ゆえに、気づくのに遅れたのだ。その次から次へと移り変わる敵の中に、他にない造形の――人のような個体が混ざったことに。
「っ!」
 突然腹部に強い痛みと衝撃がはしった。その理由を探ることも、声をあげることも叶わず、ただその場から吹き飛ばされる。
 衝撃のまま、小柄な体がごろごろと地面に転がった。
 なんとか目を開き顔を上げると、顔のない人型がすぐ横でじっと佇んでいるのが見えた。
(こやつ……レプリカントか)
 ひら、とレプリカントが腕を振り上げる。その動作自体は見える。早くない。だが、振り下ろされる瞬間は腕が消えたようにしか思えなかった。
「させるか!」
 すぐ耳元で、キィン! と刃が打ちあう音がする。ヤツデがレプリカントの攻撃を防いでくれたのだ。
「響華……立てるか?」
 レプリカントの腕をギリギリと刀で押し返しながらヤツデが尋ねる。
「あ、ああ……」
 頷きながら、なんとか立ち上がった。腹部の痛みはまだ続いているが、歯を食いしばれば耐えることはできる。
「どうする、まだやるか」
「まさか。こんなところで捨てられる命なぞ、持ってるはずがなかろう」
「いいだろう、背中は任せろ」
「……すまんな」
「帰ったらホットチョコな」
 ヤツデの言葉にこくりと頷き、響華は身をひるがえした。同時にヤツデは勢いをつけてレプリカントを押し返し、一撃のみを見舞って距離をとる。
「――レプリカント風情が、俺の響華を、簡単にやれると思うなよ!」


 チョコレート集めをしようとやってきたはずなのに、どうして緊急事態に立ち会ってしまうのだろう。
 草薙 大和は遠ざかる二人を意識しながらも、自らが操作するキャラクター、ヤマトに盾を構えさせ、レプリカントの前に移動させた。
 タンクのスキル、フラシオンのモーションは短い。一秒の間を置くこともなく、盾でレプリカントの身体をたたき、そのままきつく押し付け続ける。レジスト判定が働きそうなところだが、先ほどの二人との戦闘が影響したのか、あっさりと敵の身体を回廊の床に倒すことに成功した。
(よし……っ!)
 このまま押し切ろうと次のスキルに手をかける。だが、さすがにそのまま無抵抗にとはいかなかった。
 レプリカントが倒れた姿勢から、無造作にこちらを殴りつけてきたのだ。盾を押しつけた状態で回避行動がとれるわけもなく、受けざるを得なかった。
(やるじゃないか)
 予想よりダメージの値が高い。長期戦には向かない相手、ということになるだろう。一度距離を取るべきか……大和の脳裏に迷いがよぎる。
「ヤマトさん、そのままでお願いですっ」
 次の瞬間チャットに現れた言葉に、迷いはすぐに払われた。チャットに表示された名はコロナ。ヤマトにとっては最愛の妻である、草薙 コロナのキャラクターだ。
 視界の外からすさまじいスピードで彼女が駆け込んでくる。そのままレプリカントに接敵し、容赦なく連撃を叩き込んだ。ストライダーと呼ばれるジョブを選んだ彼女の動作は素早く正確で、確実にダメージを与えて行った。
 しかし、レプリカントが一方的にそれを受け続けてくれるはずがない。
(これは……)
 すっと背中が冷えるような、嫌な感覚があった。
 ヤマトはとっさにフラシオンを解除し、その場から飛びのくように距離をとる。
 コロナのか細い背中からも遠ざかることになるが、そこは考えのうちだ。同時に入力したスキル、アトラクトが即座に発動する。
 アトラクトの効果は味方一人を自分の正面に引き寄せることだ。ヤマトはその力で、コロナを自分の腕の中へと呼び込んだ。
「ヤマトさん……!」
「来るぞ!」
 自由になったレプリカントの腕が、バン、と力強く床を叩く。とたん、その場所がブロック化し崩れだした。それは亀裂のように広がっていき、ほんの数秒でレプリカントとヤマトらの間に大きな穴をあける。
「あぶな……。ありがとうございますです、ヤマトさん」
「いや、いい。それより気を付けてくれ、落ちたら終わりだぞ」
 穴から下はほぼ何もない。かろうじて壁際の螺旋階段が見えるくらいで、あとは吸い込まれそうな闇が広がっている。
「落ちたら、終わり……」
 ヤマトの言葉を繰り返しながら、コロナはじっとレプリカントを見据えた。
 ちょうど、自由を取り戻したレプリカントが立ち上がったところだ。コロナたちの攻撃が効いているのか、足元がおぼついていないように思った。
「……よぉしっ」
 ヤマトの腕に収まったまま、コロナは再び剣を振るう。
 ブォン、と強い風の音がして、彼女の剣から複数のエフェクトが飛び出した。ゼピュロスブレード――魔力を帯びた剣から、風属性の刃を放出するスキルだ。
 それも一度ではない。彼女はクールタイムを終えるたびに同じ入力を繰り返した。
 次から次へと繰り出される風の刃はレプリカントを翻弄する。いくつかは弾かれ無効化されたが、それでも確実にダメージを蓄積させ、何よりそのおぼつかない足元を狂わせた。
 そして、幾度目かの風の刃が突き刺さった瞬間、ぐらりとレプリカントの体が揺れ――ついに、崩れた穴の向こう、奈落の底へと落とすことに成功した。
「やったか……?」
 相手はレプリカントだ。急に羽を生やして飛び上がってきても不思議ではない。ヤマトはしばし警戒を崩さずじっと穴の向こうをにらんでいたが、それ以上なんの異変も起こらないことを悟ると、ようやく構えていた盾をおろした。
「えへへ、大勝利ですね」
 同時に腕の中のコロナも剣をおろし、ヤマトにもたれかかってきた。
「ああ、一時はどうなることかと思ったが……ありがとうコロナ、君のおかげだ」
「そんな……ヤマトさんが守ってくれてるって安心できるからできるんですよ。ありがとうございますは私が言わなきゃいけないです」
 する、と腕の中でコロナが方向転換を行い、ヤマトの首に腕を回す、
「でも、そんなに褒めてくれるなら、ご褒美が欲しいです……」
「え」
 コロナが既に拾い集めていたチョコレートの破片を、そっと唇にヤマトの唇に押し当てた。
 たったそれだけのことで、くらりときて己を手放したくなる。
 ――だが、ここは多くのPCが行きかう公共の場。さらに足元は奈落へと続く大穴があいている。その事実が、かろうじてヤマトの理性をつなぎとめた。
「い、今は駄目だよ」
「ええー、そんなぁ」
 あらゆる欲求をおさえこんだヤマトは、かわりに愛らしくも不満気に唇を尖らせる愛妻の頬に口づけのモーションを実行する。
「続きは二人の時にな」
「……もう、しょうがないですね。ぜーったいですよ、約束です」
 コロナはそれでいくらかは満足したらしい。ぴょん、と自らヤマトの腕を抜け出した。


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