【1】無数の脚
――北関、村の中心部。
紗はマカミや季長、応援に駆け付けた特異者らと共に、怪物と化してしまった百足と向き合っていた。
いざという時に紗やマカミが存分に力を発揮できるよう、率先して先陣を切ったのは
佐門 伽傳だった。
先の戦いの際には不安そうな表情も見せていた紗だったが、今はもう多くの言葉は要らないだろう。
周囲の穢れの影響も考えると、事はなるべく手短に済ませたいところだ。始めから全力で、伽傳は百足へと挑む。神楽鈴が音を鳴らし、伽傳の周囲の穢れを浄化していく。
その音に反応するように、百足の注意が伽傳に向いた。
伽傳は神懸りを宿してさらに浄化の力を高める。神託を伺って予知した動きと、次いで先予見によって予測した動きから、百足の行動を推測して一気に距離を詰めていく。
百足は進路を変えるつもりはないらしく、勢いよくぶつかり合うようにして伽傳と接近した。伽傳は身につけた七宝数珠や勾玉の力を借り受けながら、喝砕による一撃を食らわせた。
伽傳に向けて振るわれた百足の硬い右腕と、伽傳の攻撃とが弾き合い、互いに後方へと飛ぶ。互いに見た目には大きな傷は負っていないようだが、伽傳の一撃は相手を身体の内から破壊するものだ。
変わりない様子で再び遅いかかってくる百足だが、右腕があまり動かせない。伽傳の攻撃が効いたのだろう。
そこにひらりと舞うように、華麗な動きで戦線に加勢する特異者の姿がひとつある。
御霊 史華だ。史華は強い霊力を宿した剣・夢想天剣を手に、勇猛果敢に百足に立ち向かっていく。
強力な力を手にした彼女に、どこまで通用するかはわからない、が――。
「今の私にできることを、出来る限りの力を出して精いっぱい、やってやろうじゃないの」
史華は戦いながらも周囲に、ブレイブハートをもって檄を飛ばし、発破を掛ける。その言葉は、周辺で戦っていた者たちの気持ちを鼓舞していった。
伽傳も付近で、百足の行動を先予見しながら注意を引き付けるようにして、紗たちが攻撃を受けないようにと妨害し続けている。
史華は百足の毘沙門への強い想いを、否定するつもりはなかった。他人を想う気持ちがどれほどの原動力になるか、史華には痛いほどわかっていた。
が、だからといって無関係な人々を傷つけて良い理由にはならないのだ。間違いを正すため、史華は戦い続ける。夢想天剣を手に舞うその姿はまるで、神代の神の姿のようにうつる。
弥久 ウォークスと
弥久 佳宵も、百足を止めるべくこの地へ赴いていた。
が、この穢れた空気の中では、思うように戦えないというものだ。
佳宵はウォークスに、九十九の幸をもたらし告げた。
「ウォークスさん、必ず帰って来て下さいね」
大切な人からの愛の言霊に、ウォークスも気合いを入れ直す。
さらに佳宵は、ウォークスを穢れから守るだけでなく、周囲の空気の穢れを祓うべく動き出す。この隙に、ウォークスが百足に挑むという算段だ。
「穢れなんて燃やし尽くしてしまいましょう」
と佳宵は火の妖気を纏わせると、狐火を放って穢れを燃やしていく。
佳宵が穢れを祓ってくれているとはいえ、どうにもここは空気が悪い。ウォークスは湿らせた三尺手拭で自身の口と鼻を覆うようにして、百足と向き合う。
千変万化の忍装束に身を包み、分身の術を用いて百足に接近する。百足が、ウォークスの姿をその目にとらえた。
「俺が相手だ」
とウォークスは装束の霊力を活用し、周囲の景色に同化したりまた現れたりと繰り返していく。と、百足の脚が一本、二本とその動きを鈍らせた――ウォークスが、細鋼糸を張り巡らせているのだ。
ウォークスの妨害を厄介に思ったらしい、百足の意識がウォークスに集中する。分身の術を操るウォークスの素早さにも負けじと食らいつき、百足は反撃を繰り出してくる。
ウォークスは追いつかせまいと、マシラの草履を履いた脚で忍びの歩法を行い、素早く周囲を駆ける。しびれを切らして百足が脚を振るうと、全速回避によってそれを退けた。
百足の暴走に食らいついていく特異者たちだったが、敵の手数の多さは、今前衛についている人数だけで対処するには負荷が大きかった。
と、周囲に癒しの雨が降り、接近戦を繰り広げていた面々を癒していく――雨を降らせたのは、
九曜 すばるだった。
さらにすばるは、皆が態勢を立て直している間、鬼屠を振るって敵の脚を牽制していく。まだもう少し、時間を稼いだ方が良さそうだと判断すると、ぐっと抹茶を飲んで自身の体力を回復させた。
百足の注意を引き付けている面々の邪魔にならないようにと、様子を見ながら行動していたすばるだったが、手数の足りないところへ皆を守るように入り、複数の脚による攻撃のうちの一部を引き受ける。
聖の僧衣を纏ったすばるは、振り下ろされる脚を交差するようにして受け止め、その衝撃を流水によって外へと逃がす。
前衛陣が粘っている隙に、紗や季長もさらなる追撃を仕掛けようと態勢を整えている。
そこに「季長さん」と声をかけたのは、
優・コーデュロイだった。
その傍らには
朝霧 葵の姿もある。
季長はそれに気づくと目を見開いた。以前鬼化した際に顔を合わせている。
優と葵が声をかけたのは、この後の自分たちの動きを伝えるためと、季長や紗、マカミに協力を申し出るためだった。
一度助けられた身でもあるし、何しろ今は強力しなければ乗り切れない状況だ。季長はすぐにそれを承諾した。
優は起請文を書き、物理攻撃を行わないことを条件として力を得る。その力は葵や季長をはじめ、周囲にいた者たちにも広がっていった。
一方の葵は、吸穢によって周囲の穢れを吸収すると共に、自分を巨大化させていく。
さらに、葵は療養のお香を焚いて精神を安定させると、妖力解放を行って自身の纏う零の妖気を活性化させた。
そうこうしている間にも、前方では複数の脚を持つ百足を相手に苦戦を強いられている。
この状況を打破するべく、すばるが小柄な体躯を活かして動いた。
するりと、百足の脚の間を抜ける。煽るように交わしていくすばるに、百足がしつこく脚を振り下ろす。すばるはそれをなるべく避けるが、避け切れないとみると受け止めて流水で衝撃を逃がし、百足の腹を鬼屠で突く。
手足に集中していたために無防備だった腹を狙われ、体勢を崩しながらも百足はまだ、すばるを退けようと手足を振るってくる。
すばるは無心無想に至って鬼屠を構え直し、「そこだ!」と百足の隙を突くように、明鏡止水による一撃を叩き込む。
強力な一撃をまともに食らい、百足がやや後方へと弾かれ態勢を崩す。
すばるの攻撃でバランスを崩した隙に、季長たちも一気に攻撃を仕掛けていく。この時にはもう、優たちの準備も整っていた。
始巫の装束に身を纏った優が、後方で周囲の穢れを浄化し始める。ルナブレスレットによって効率よく力を扱えるよう強化し、紙垂を巻いた神楽鈴を鳴らしながら、神楽舞を舞う。
葵は周囲で戦闘している季長たちと協力しながら、前衛へ躍り出て百足に挑む。
一気撃滅の勢いで突撃していくと、鬼力を活かして百足に攻撃を仕掛けていく。狙うのは頭や鳩尾――人としての急所にあたる部分だ。今はこの状態とはいえ、当てずっぽうに狙うよりも効果はあるだろう。
葵や季長たちの一斉攻撃を受け、さすがの百足も身動きがとりづらそうにしている。その間に優が、舞いながらも徐々に百足の方へと距離を詰めている。
理性を失っているとはいえ、穢れを祓いながら近づいて来る優の存在は厄介に思えたのだろう。百足がちらりと、そちらに視線を送る。優はなおも舞いながら、百足に近づいていく。
そして百足が完全に優をターゲットと捉え、攻撃を仕掛けてきた。
すると優は神懸りを宿し、浄化の力をさらに強める。そして衝撃を受け流すように敵の攻撃と反対方向に跳びながら、百足に向かって清滅をぶつける――。
このタイミングを、季長たちは待っていた。事前に受けていた共闘の要請通り、清滅に怯んでいる隙に一斉攻撃を叩き込む。
葵もそれに続き、この隙に背後へと回り込むと、百足に殴りかかった。
しかし。
百足は確かに攻撃を受け、傷を負いながらも、まだ止まる気配を見せない。
反撃を放とうとしているのか、ふいに周囲の穢れを吸収し始めた。
それを見て咄嗟に防御しようと身構える紗たちだったが、直後、誰かが放った小さな瓶が上空を飛び、百足の方へと投げ込まれた。
「栄光の小瓶です!」
とそれを投げた張本人――佳宵が叫び、周囲にいた者たちが目を伏せる。眩い光と音が広がり、百足の動きを一瞬怯ませ、穢れの吸収は中断された。
本来、百足がこの程度で怯むことはない。あくまで光に対し、反射的に身構えたに過ぎない。
さらにその隙に、ウォークスが動く。
「八陣封殺を使う! 出て来る時に備えろ!」
と伝えると宣告通り、八陣封殺を放つための霊符を配置していく。
態勢を立て直した百足は再度反撃を仕掛けようとするが、ギリギリ、ウォークスによる八陣封殺が発動して百足を異空間に閉じ込めた。
百足の力を考えれば、長時間の拘束は難しいかもしれないが、トドメを刺す準備を整えるには絶好のチャンスだ。
八陣封殺が綻び、皆今度こそトドメを刺すべくそれぞれの武器を構える。
皆が見据えるその道を、
砂原 秋良が声望ある婆娑羅として、堂々たる姿勢で守りに入った。
天衣無縫の境地に至り、絢爛華麗に振る舞う秋良に、周囲の妖魔たちは怯んでいる。
「大丈夫……通しはしないよ、この私が!
だから、進め! 己が成すべきことを成すために!」
秋良によって開かれた道の先で、八陣封殺が突破され、再び百足がその姿を現した。その道を何者かが放った刃が通り過ぎ、真っ直ぐに百足に襲い掛かる。
放ったのは、秋良と行動を共にしていた
天音 雷華だ。
戦気の胸当を身につけ戦神気を纏った雷華は、神器化した雪桜を手に、遠距離から裂空を放っていた。
雪桜の神通力によって冷気を纏わせたそれを、何度も百足へと叩きつけていく。
「折れぬとも! 揺るがぬとも!
私がそうすると! そう在ると決めたのだから!」
一方で、夜天月華を盾に皆を守りながら秋良が響かせる言葉は、周囲の人々の心を奮い立たせ士気を高めていく。
「気負うことなどなにもない! ただ、できることをやればいいのさ!
独りではないのだから! 皆が共にいるのだから!
そうだろう! 紗よ、マカミよ、季長よ!」
それに紗たちが顔を上げ頷き、百足に接近していく。
「そして行け! 雷華よ!」
と秋良の声がこだまし、雷華も百足の方へと走り出す。
「今こそ、その刃をもって己の意思を通してみせろ!」
その言葉に背を押されるようにして、雷華は不離一体の動きを見せた。刃化した符によって牽制し、直後、抜刀して百足に斬りかかった。
その連続技で周囲の穢れを浄化すると共に、神通力による冷気がダイレクトに百足にぶつけられる。
裂空を放ち続けたことで既に冷え切っていた百足の、足元が一部完全に凍り付いた。何本かの脚が突如として動かせなくなり、攻撃を受けるのも気にせず暴れ回っていた百足も、ようやっと自分の足元を見た。