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≪ワールド・ピース≫三戦国志~そして~

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平和とは【1】




 <5>洛陽、西王母の宮殿。
 かつて相争っていた千国各地の覇者と名だたる英傑たちが一堂に会し、物々しい雰囲気もなく同じ卓を囲っている。千国という戦乱の世を運命づけられた世界においては、かなり珍しい光景ではある。以前ならば、こうなる前に一戦あっただろう。
 だが、戦乱は終息した。これより先は、平和な世界として歩まなければならない。
 この期間をどう過ごすか。新たなる覇王のもと、この世界はどうあるべきか。自分たちには何ができるか。それらを議論するべく、英傑たちはこの場に集まっている。
 英傑たちは皆一様に緊張している。各地の覇者であるナポレオン、ジャンヌ、クレオパトラなどは殊に大きな緊張感に苛まれているだろう。覇王である織田信長という絶対者の下につくことに多少の安心を覚えつつも、彼の一存で自分たちなどどうにでもなってしまうという不安も併せ持ち、気が気ではない。
 勿論、信長は千国の世を自分の思うがままに操りたいなどとは露ほども思っていないため、覇者たちの不安は全くの杞憂だ。ただ、信長もまた、そんな覇者たちの不安を理解している。如何に自分が各地の覇者、英傑たちと平和的な関係を築きたいと願っていても、受け取る側が信用してくれなければ意味がない。
 では、どうすればいいか。どうすれば平和を維持できるか。その具体的な解決策が信長には浮かばなかった。他の英傑たちの力を借りることで問題の解決を目指すという、いつもの信長らしい采配でこの場を設けはしたが、英傑たちも平和には慣れてはいない。そうそう明確な答えなどは得られないだろう。
 そんな重々しい空気を裂き、口を開いたのは数多彩 茉由良の一行だった。
「みなさん、へいわについておまよいのごようす、ですね」
 卓を囲う英傑たちが一斉に茉由良に目を向ける。何か取っ掛かりが欲しいところだったのは皆同じだったようだ。
「まずは、ごうぎのばによんでいただきまして、ありがとうございます。まゆら、ともうします。みなさん、よろしくおねがいしますね」
 茉由良は丁寧にお辞儀し、この場に敬意を表する。
「アシュトリィですわ。よろしくお願いしますわね」
「ティスラスでございます。皆様、御見知り置き下さいませ」
「カラビンカでございますわ。皆様、よろしくお願いするのでございますわ」
「ベネディクティオよ、よろしくね」
 次いで、茉由良のパートナーであるアシュトリィ・エィラスシードカラビンカ・ギーターティスラス・サーガラベネディクティオ・アートマの四人も同じく自己紹介した。
 そして茉由良は一つ咳払いをすると、自分の考えを述べ始めた。
「へいわ、とひとくちにいいましても、そのいみするところは、いろいろとあるとおもうのです」
「皆様の思われているのは、どちらかと言うと、どちら側なのでございましょうか?」
 茉由良の台詞に応じ、カラビランカが英傑たちに問う。しかし、英傑たちは首を傾げる。流石に戦乱の世に生まれた英傑たちであっても、平和がどのようなものかはわかっている。統一された意識こそないものの、漠然とこうだ、という考えはある。ただ、「どちら側」と問われると、首を傾げざるを得ない。
「ただ漠然とある現状でしょうから、今どちらと思っているか? を訊くのは難しい事と思うのでございます」
「難しい事を言うつもりはありませんわ。只、今後を見据える上で……ちょっと立ち止まって考えて欲しいだけですわね」
 ティスラスとアシュトリィは疑問符を浮かべて必死に考える英傑たちをリラックスさせ、柔軟な思考を持つよう促す。しかしやはり、どちら側か、という二択がそもそも発想にはないようだ。
「平和期間を二つにわけると、一つには波風を立てず、人々が穏やかに暮らしていける期間という意味がございます」
 カラビランカの台詞に、英傑たちの一部が頷く。というより、それが平和というものであり、それ以外に何かあるのかとすら思っているだろう。そしてそれは言われるまでもないことだ。
「もう一つは、戦争と戦争の間の休憩期間……骨休めをしながら、次に備えて力を蓄える期間っていう意味ね」
 ベネディクティオの台詞に、英傑たちはどよめく。それは再び戦乱の世に戻ろうとする行為であり、あってはならないものだ。しかし、そう考えている英傑がまるでいないとは言い切れない。
「こじんてきには、ぜんしゃであってほしい……とは、おもいますけれど。ひとのおもいは、ひとそれぞれ……ですしね」
 茉由良の言葉には半ば諦めの色が見える。どうあっても、人は争う方へと向かってしまうというのは、様々な世界の様々な歴史が証明している。平和の破綻は防げないものであることを知っているからこその諦念だ。
 今は信長の首を取り、自分が覇王に成り上がろうと考えている者はいないかも知れない。だが、そんな状態がいつまでも続くと考えているならば、あまりにもお気楽と言わざるを得ない。平和が長く続くのはいいことだが、永遠には続かない。
 では、どうすれば平和を健全な状態で維持できるか。茉由良は言葉を続ける。
「へいわときいてまずおもいうかぶのは、みなさんがてとてをとりあっていきていく、というものですよね」
「良く言えば共存共栄の状態。悪く言えば相互依存の状態、でございますね」
 まゆらの言葉に頷きかけた英傑が、間髪を入れず言い放ったティスラスの台詞に、その動きを止める。共に栄え、共に生きて行くのは、一見すると健全な状態に見えるが、実際は共倒れの危険を孕む危険な状態でもある。
 また、他国に頼り過ぎて自国が堕落するという可能性もある。一人で立てなくなった国は他国から切り離され、没落する。それだけならまだしも、略奪のために争いが起きるかも知れない。そうなれば再び戦乱の世に逆戻りだ。
「へいわには、もうひとつのほうこうがあります。それは、たがいにかんししあうほうこう、です」
 これについては、千国の英傑たちにとって説明されるまでもない。先ほど話に上がった、次の戦に備える期間という考え方に関するもので、大規模な戦の準備をさせないよう、各国が監視し合い平和を維持する、という手法だ。漠然とした平和をそのまま享受するより、監視することで脅威がないことを確認できるほうが、もしかしたら生きやすいかも知れない、と考える英傑もいるだろう。
「茉由良殿、少し待ってくれ。それは果たして平和と言えるのか? 監視しても、止められなければ意味がない。いや、そこから止めようとすれば、それだけで戦になってしまう」
 そこへ信長が初めて口を挟む。信長の言うように、監視されても軍備の増強をやめない国もあるかも知れない。その場合は手を出さざるを得ず、戦争が起きる。これは平和とは言えない。
「はい、わたしもそうおもいます……そもそも、このほうこうでへいわをいじするには、おおきなちからをもつくにが、ふくすうひつようになります」
 茉由良は信長の問いを受け、彼に同意しつつも話を続ける。
「そして、おどすのです。もし、つぎにせんそうをおこそうとすれば、じんるいにとってかいめつてきなだげきをあたえるへいきをしようするぞ、と。かっこくが、かっこくにたいして……」
 言わば抑止力を働かせることで、戦争が起きない状態を作り出す、という平和論だ。これは現在の地球にある相互確証破壊という考え方で、似たものに「核の傘」という考えた方もある。
「恐ろしい平和があるものね」
 クレオパトラが呆れた様子で言う。そんな発想があったこと自体には驚きつつも、それは平和か、と言いたげな口だ。クレオパトラは、ともすれば高圧的に民を従わせているという印象が強いが、そんな彼女であってもその状態が歪であることを理解している。
「しかし、それは不可能なのだ。流石に話を盛り過ぎていて、仮に脅されたとしても鼻で笑ってしまうのだ」
 ナポレオンの言う通り、この世界には核兵器のような大量破壊兵器は存在しない。アジ・ダハーカを駆る直子が代替戦力として考えられるが、それでも一撃で人類の存亡を脅かすほどではない。
「やっぱりあたしたちは、共存共栄する方向で平和を維持したほうがよさそうね」
 ジャンヌもまた、相互に監視し合うことで齎される平和には懐疑的なようだ。仮にそれだけの戦力を持つことができたとすれば、戦争が起きにくいという意味では確かに現実的な平和状態と言えなくはないが、今度は漠然とした破滅の危機に苛まれることとなる。
「はしゃのみなさん、ありがとうございます。うえにたつみなさんが、そこまでへいわについてかんがえてくれるのであれば、そのしたにつくみなさんも、あんしんかとおもいます」
 茉由良もまた、手と手を取り合い発展していく平和を願っている者の一人だ。これまで停止していた英傑たちの思考を再び働かせるのが目的で、別の方向の平和を示していた。
「それで、てをとりあっていくほうこうせいについて、ですが……」
「繁栄を担保に、共存を強要する方向よね?」
 話を続けようとした茉由良に、ベネディクティオが手厳しい意見を挟む。
「まちがってはいませんけれど……ここはたんじゅんに、ひとどうし、りょうちどうしが、たがいをささえあうかんけい、です」
「人であれ土地であれ、得手不得手というものがあるのでございます。ある人が不得意としている点を、得意としている人が支えてあげるという方向性でございます」
 ティスラスは茉由良に合わせ、共存共栄のポジティブな面を強調する。
「基本的には、人々の繁栄が大前提ですわ。力ある者が力なき者を無視して自分だけ発展していくのは、繁栄にはなりません。そもそも、国として一つに纏まっているのはバランスをとるため」
 アシュトリィは平和に対して国というものがどうあるべきかを説く。
「必要なものは、やっぱり国を超えた物流網よね。不足を訴える地にそういったルートがあれば、救える命が増える」
 ベネディクティオの言う物流網は、吉法師の構想にあるものだ。千国が平和となった暁には、各国を繋ぐ物流網を作ろうと、すでに動き出しているかも知れない。もしこの道が各国の末端にまで至るようになれば、平和は更に先へと進むこととなるだろう。
「これはただの理想論にしてはいけないことですわ。皆が努力して、平和な世の中を作り出すんだ、という意思がなければ、とても成しえません」
 カラビランカの台詞に、英傑たちが頷く。理想的な平和など、想像するだけなら誰でもできる。それらのことは、哲学や思考実験の域で終わらせず、多少無謀であっても実行するのが何よりも大事なのだ。
「もう一つ、この平和がどこまで続くか、ということも考えてほしいわ」
 茉由良一行の話に区切りがついたとき、今度は姫宮 徒花が口を開く。
「今の覇者たち、英傑たちは戦乱の世を知っているから、平和を重んじてくれるでしょう。でも、この平和が百年続けばどうなるかしら。当時のことを知らない若者たちが、平和を脅かすような不平不満を漏らし始めることも考えられるわ」
 破滅的な平和ボケの時代は必ず来る。徒花が言いたいのはまさにそれだ。果たして英傑たちに、百年後のビジョンはあるのか。徒花はそれを確認するためここに来ていた。
「戦乱の終わりは確かに文化や経済の発展を促し、人々に豊かさを与えてくれるわ。でもそれは、必ず行き過ぎる。誰もがより豊かになろうとして、自分の豊かさを守るために他者を侵略し始める。そうなれば、再び戦乱の世になるわね」
 徒花はいかにして平和が崩れ、戦争が起きるかを説く。
「そこで戦争を起こそうとする者は、それが悪いことだなんて思っていないわ。それは何故か……わかるかしら」
 徒花の問いに、英傑たちは押し黙る。戦乱を経験し、平和を希い続けた者たちにとっては想像もつかないのかも知れない。
「平和をただ漠然と享受してきたからよ。それで、自分の立場が悪くなったから、もう戦うしかない、なんて気持ちになるわけね。平和な状態が維持されていることに何の意味も見出さず、のうのうと生きてきた結果、と言うべきかしら」
 この世界はようやく戦乱の時代を抜けたが、まだまだ平和の前段階というところだ。ここで油断すれば、百年ともたず再び戦乱の世に逆戻りしてしまうかも知れない。充分にあり得ることだ。
「そうならないために必要なものは、平和の真の価値を伝える教育と、それを推奨する法制度を充実させること。人類が平和の意味を常に考え続けるような世界にするのが理想ね」
 徒花が英傑たちに提示したのは大きな理想だった。しかし、必ず成し遂げねばならないものだ。
 特に、覇王としてこの世界を任された信長は徒花の言葉を重く受け止めている様子だ。
「信長さんをふくめ、千国のみなさんはまだまだたいへんかとおもいますが、このせかいにしんのへいわがもたらされることを、おいのりしております」
 茉由良と徒花は信長に一礼すると席に着いた。
 未来という、ある意味で戦乱を収める以上の難題を突き付けられた信長は、やはりこれからも忙しくなりそうだ、と覇王の役割に心躍らせてもいる。
「平和の在り方、か……」
「裏を見ようとしないのも、一つの平和の形と言えますわ」
 信長の呟きに反応し、前に出たのは山内 リンドウだ。その動きは傾城らしく、どこか優雅さが感じられる。
「わたくしは傾城……美を以て他者を惑わし、破滅させるのが使命、でした」
 リンドウの言う通り、傾城とはそういう役割を持った、れっきとした戦士だ。非力ではあるが、時には権力者を操り、その名のごとく城や国を傾ける力を持った油断ならぬ者。それが傾城だった。
「戦乱の世は終わり、わたくしたちはそのような役割から解き放たれ、舞を舞として踊ることができるようになりました。ですが果たして、ただの舞として見てくれるのは、いったいどれほどいるでしょう」
 その言葉は、リンドウと同じ傾城であるクレオパトラに向けられていた。
「わたくしの求める平和は、傾城の舞をただ楽しんでくれることです」
 もはや傾城の技に裏などなく、見た人を楽しめるための技であることを、千国に暮らす人々が理解してくれる世の中こそがリンドウの掲げる平和の形だった。技を磨くのも、見てくれる人のため。美しさを磨くのも、見てくれる人のため。そこに何の後ろ暗さも感じられなくなる。そんな日が来ることを、リンドウは夢見ている。
「その日を掴み取るために、わたくしは助力を惜しみません。埃及の覇者たるクレオパトラ様。貴方様が傾城に対してどのような想いを抱いているか、わたくしには到底理解できるものではありません。ですが、お許しいただけるのでしたら、どうかここで『鼓舞の舞』を舞わせてください」
「……いいだろう。そなたの舞、妾に見せてみよ」
 それは、リンドウからのエールだった。これまで全くかかわりのない両者だったが、リンドウはクレオパトラがどういう立場にあるかをよく理解し、クレオパトラもリンドウが自分の身を案じてくれているということだけは理解していた。ならば、クレオパトラが拒否する理由はない。
 リンドウは40人の亡霊兵を呼び出すと、『鼓舞の舞』を舞い始めた。
 その舞はクレオパトラだけでなく、これから平和を歩み始める英傑たちにも響くものがあった。目を奪われるのは、戦時中でも平和な現在でも同じだ。しかし、戦の最中では決してあり得ぬ静かな昂ぶりに、英傑たちは平和を実感する。そして彼らは心の中で、この世界を再び戦乱の世に戻してなるものか、と平和への意識をより強固にする。



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