勇気の意味
モロク派の魔人たちが総攻撃を仕掛けてきたことによって、避難場所に向かっているアンダーグラウンドの住民にも不安が広がっていた。
音舞 重韻らはそれを感じ取っていた。
オルト・サイファーは【空間知覚】を使いながら、周囲に警戒を怠らない。彼は周りの仲間と連絡を取り合い、危険なルートを避けて避難場所へ向かった。
先行し、ルートを確認するのは
偵察者である。
オルトは偵察者の連絡を受けて、重韻たちを導いた。
「みんな、こっちだ」
「まあ待つで御座りますよ、オルト殿。中には怪我をしてる人もいるで御座います」
そう言うのは
佐々 成実だった。
彼女は【癒やしの祝福】で怪我をした市民を治癒しながら歩を進めていた。
肩を貸すその姿はまさに民を守る聖騎士そのものだ。
「リーネ殿、敵の姿は見えるで御座いますか?」
「ううん、大丈夫。問題ないよ」
そう答えたのは
リーナ・ファウネスだった。
彼女は【ホーリートーカー】を聞きながら、周りに視線を配っている。
ホーリートーカーの教えてくれる安全な道を模索しているのだった。
「まったく……それにしても非道いもんだな……」
そう呟いたのは重韻だった。
その言葉に他の四人も頷く。
いまや誰もが同じことを思っていた。
「どうして、こんなことを……」
無論、その理由は分かっている。
しかしそれでも、リーナには人々が生け贄に捕らわれるということが耐えられなかった。
一番苦しいのは民だ。何の罪もない彼らを捕らえ、利用している。
「…………」
リーナは胸の痛みを堪えるように悲痛な表情を見せ、それを成美や重韻が心配そうに見つめていた。
「――気にするな、リーナ。お前のせいじゃない」
「うん、分かってる……分かってるけど……」
と、リーナが答えたその時だった。
「やばいみんな! 敵だ!」
オルトが真っ先に魔人たちの強襲を察知して、皆に知らせた。
急いで迎撃準備をする重韻たち。
リーナは『デモンハウリング』で銃撃し、成美は槍を使って迎え打った。
「はあぁぁぁぁぁッ!」
その勢い、獣のごとし。
成美とリーナの凄まじい戦いぶりに、オルトらも士気が高まる。
彼は銃撃で相手の動きを妨げるように狙撃し、それをリーナたちが狙った。
やがて――敵の包囲を抜けるリーナたち。
「はぁ……はぁ……こ、ここまで来たら……」
人々を導きながらどうにか安全な場所まで逃げて、彼女たちは息をついた。
――その時である。
重韻がトランペットを鳴らし、演奏を始めたのは。
「重韻……」
リーナが彼を見る。
重韻はトランペットから流れるように【オーケストラ】を発動し、【ワールドイズマイン】や【幻創の魔石】などを利用して、辺りに幻の空間を作り出した。
それは小さな妖精たちが飛び交うファンタジックな空間だった。
それが人々の癒やしとなる。
オーケストラのドラムやサックスといった音が背景に、人々はその幻想空間に目を奪われた。
(せめて今は、小さな安らぎを……)
そんなことを、重韻は思う。
彼の視界の中で、人々には少しずつ笑顔が戻ってきていた。
一方その頃――
御巫 ユキは逃げ遅れた人々を救出しに向かっていた。
彼女は『聖翼のドレス』や『天翼のブーツ』を身に纏い、背中に天使の翼を広げて急ぐ。
残されていた人を発見すると、彼女はその傍にふわりと舞い降りた。
そして、微笑む彼女。
逃げ遅れていた子供の男の子は、彼女を見て驚いた顔をしていた。
「大丈夫? 怪我はない?」
優しく微笑みかけて、ユキは男の子に【ホーリーキュア】をかけた。
男の子は怪我をしていたのだ。
どうやらそれで逃げ遅れてしまったらしい。
ユキの治療によって男の子の膝の怪我や癒やされる。
その様子を、まるで本物の天使が現れたかのように男の子は見ていた。
「天使さん……すごぉい……」
「ふふ……ありがとう。でも、今はそれよりも、急がないとね。さ、一緒に行きましょう」
そう言って、男の子の手を取るユキ。
彼女は再びふわりと舞い上がり、男の子を連れて仲間たちのもとへ急ぐ。
男の子の笑顔が見られたことが、今は何よりも彼女の心を満たしていた。
人々の避難場所で、
青島 想那と
西村 由梨は怪我をした者たちの治療に当たっていた。
それを手伝うのは
看護者と
白銀の錬金術師である。
想那は『療養の香』を焚き、周りにリラックス効果のある空気を作り出していた。その間に彼女はニャーゴイルに子供の相手をさせている。
ニャーゴイルは子供と戯れて楽しそうだった。
「ほらほら、ニャーゴイルさん。あんまりはしゃぎ過ぎないようにしてくださいね」
と、想那が言うと、
「ニャー」
ニャーゴイルは猫そのものの声で鳴く。
子供たちはくすくす笑っていた。
一方、由梨は――
「はい、一人ずつねー。順番を守ってー」
そう言いながら、怪我人の応急処置を行っていた。
【ホーリーキュア】を使って怪我を癒やし、錬金術師が順番待ちの人を誘導したりとフォローをしている。
彼女たちの懸命なケアは、避難民たちに勇気を与えるには十分だった。
そして、その頃――
「おーい、出来たぞー」
そう言って仲間に呼びかけたのは
有間 時雨だった。
彼の傍には
機巧兵 ステインがいる。
二人は豚汁の入った大きな鍋をかき混ぜていた。
「みたま、メル、出来た端から持っていってくれ」
「はいにゃー、分かったにゃー!」
「了解。分かったよ、兄さん」
答えるのは
さんぜんねこ みたまと
メル・バージェヴィンである。
さらにそこに
メイドロボが加わって、三人は次々と炊き出しの料理を人々に配っていった。
ちなみに、料理は豚汁以外にもおにぎりと甘酒がある。
豚汁はあっさりして甘く、おにぎりもちょうどよい汁気だ。
人々は料理を口にして幸せそうに喋っていた。
「ふむ……こういうのもたまには悪くないな、兄さん」
そう言って、メルはずずっと豚汁をすする。
時雨も料理を終えて頭に巻いていたタオルを外し、傍にどさっと座った。
「ああ、たまにはな」
言いながらも時雨の顔は浮かなかった。
確かにたまにはよいだろう。
だが、こうした避難場所でのものとなると、手放しには喜べないのが現状だ。
それを分かっているからか、彼は人々の顔を見回した。
――笑顔がある。
――笑い声がある。
――そして時に、空を見上げる時がある。
身体の内部から取り出した調理器具で、更なる豚汁の追加を作っていたステインは空を見上げ、料理を運んでいたさんぜんねこも顔を上げた。
「にゃー、綺麗な空にゃー」
街は火に包まれているところもあるが、しかし空はまだ残っている。
皆に笑顔が戻ってきたことが、何よりの救いだ。
「きっと大丈夫……みんな、大丈夫ですよ」
想那が人々に小さくそう言った。
彼らの不安を感じてのことだったが、それは人々の胸に熱く残った。
小松智子は名を持つ悪魔を憑依させた魔人と戦っていた。
それに加勢するのは
ルナ・セルディア、
支援者、
レイヴ・レティシアの三人である。
いや――違う。
彼女らだけではない。
青樹洋、風花、乙町空といった特異者が、智子と共に戦っていた。
(みんな……力を貸して!)
智子は懸命に武器を振るう。
それに呼応するかのように、ルナが前へ出た。
「はあぁぁぁぁぁッ!」
叫ぶルナ。
普段はクールな彼女にしては珍しい決死の声。
だがそれがまさに、魔人との戦いが苛烈であることを物語っていた。
「レイヴさん、今のうちに!」
「そうですねぇ……今のうちに助けないといけないですね」
そう言って、レイヴは残された人々を救いに回る。
戦いに巻き込まれそうになっている彼らを、レイヴと支援者が救出していった。
もちろん、中には怪我をしている人間もいる。
それは癒やしのルーンや救急セットを使って、レイヴが治療した。
――そして。
やがては、攻め込まれてゆく魔人である。
それは周りに人がいなくなったことで、全力を出せるようになったルナたちの猛攻のせいであった。
彼女はエンジェリックソードでエンジェルスマッシュを放ち、さらに光闇掌も続けざまに放つ。
その力に、名を持つ魔人は押し込まれた。
「グッ!?」
そしてそこに、智子が攻め込む。
「い、今です、ルナさん!」
「ええ……これで、終わりにッ!」
『栄光の小瓶』の目くらましを食らわせた後で、ルナはエンジェリックソードを振るった。
それは、魔人を叩き斬る。
「グアアァァァァァァ!」
魔人の雄叫び。絶叫。
そして、名を持つ悪魔を憑依させた魔人はついに倒れ伏したのだった。