脆苦戦―トラウマを越えて― 6
「そう何度も同じ手はくらいませんよ……」
足元に転がる
佐久川 燧を蹴り倒した、脆苦は言う。
その瞬間、
ラヴィーネ・リヒトレーヴェが【幻創の魔石】で創り出していた、未だ”トラウマに苦しむ燧”の姿は消える。
既に、脆苦の術中に嵌ったふりをして脆苦に反撃をしてきた者の攻撃を何度か受けているが故に、脆苦はトドメを刺すまで相手への警戒を怠らないようにしていた。
「後ろですか……?」
ラヴィーネが錬成した【氷刃】を受け取り、影潜でひっそりと脆苦の背後に回っていた燧は、気づかれたかと息を飲む。
しかし振り返ろうとした脆苦に、
神志那 イツルの【光焔のイフリータ】による炎弾が放たれる。
炎によるダメージは脆苦には通じないが、気を引く効果はあったようだ。
「やーいやーい牛頭☆悔しかったらこっちにおいでー」
「……いいでしょう。まずは貴方から始末しましょうか」
地球で見聞きした知識に則り、モロクが持つという【炉】の火を消せるならと、考えていた燧だったが、ブロンズ製の脆苦の体には、そのような物は見当たらない。
「同じとはいかないか……」
少々、先走った考えを改め、燧は直接攻撃へと作戦を変更する。
「やれ、イツル」
「オーケー! ふっふっふ、カレーなレンケープレーってやつ?」
イツルが【シャイターンハンド】を脆苦に叩きつけるのに合わせて、姿を現した燧が【ブラッドブレイド】を絡ませた【氷刃】を脆苦に斬りつけた。
イルファン・ドラグナは【ダブルポゼッション】により、【エンジェリックソード】と【エンジェリックティアー】に宿る二体の天使を憑依させると、【聖者のメダイ】で憑依する天使の力を高め、【エンジェリックティアー】による【ソルドブレイク】を脆苦に繰り出す。
すぐ隣に立つ
津久見 弥恵は、脆苦の炎を警戒し、【汎用アシストユニット】を起動しアバターとの同調を高める。
【地獄の炎陣】を発動し、脆苦の火炎との相殺を試みると、【聖銃パニッシャー】でイルファンの攻撃を援護する。
イルファンの攻撃が深く入ったのを好機と見て、イルファンは【ディバインパニッシャー】を発動し、弥恵に向かって叫ぶ。
「二人で力を合わせれば、倒せぬ敵など居はしない。弥恵、この一撃で決めるぞ―――!」
「はいです、貴方とならどんな敵でも討ち砕けましょう」
イルファンの言葉に、力強く応じた弥恵は、【暝月】の力を解き放つ。
そうして、イルファンと同時に【ヘブンアンドヘル】を脆苦の首元から叩きこんだ。
「受けなさい、二人の絆が紡ぐ…断罪の秘技を!ダブル―――ヘブンアンドヘル!」
「受けよ、二人の絆が紡ぐ…断罪の秘技を!ダブル―――ヘブンアンドヘル!」
重い一撃に、流石の脆苦も肩を抑えて、その場に倒れ込む。
すかさず、滑り込んできた
クイン・ブロウハートが【大天使の盾】で身を守りつつ、脆苦に【シャイターンハンド】で肉弾戦を挑む。
攻撃を受け止め、どうにか立ち上がった脆苦の足に向けて、
水無月 望がそれぞれの手に持った【Ketzer】と【Fanatiker】を時間差で牽制射撃する。
息つく暇もない連撃が作りだした隙を【瞬刻の見切り】で見極めた望は、わざと一発を今までの照準から外し、脆苦の頬へ向けて撃った。
「ぐぅ……」
攻撃の照準が移ったことで、脆苦に僅かの動揺が走る。そこで照準を再び足へと戻し、【ソルトブレイク】による呪いの弾丸を狙い撃った。
「がはっ……!」
膝を撃ち抜かれた脆苦は、バランスを崩して倒れ込む。
そこへ、【ATDアシストユニット】でスピードを高めた
草薙 大和が、脆苦の間合いに飛び込んだ。
【弱点「流水」】、【コルリス流剣技】で威力を底上げした【ブラッドブレイド】に大和の剣に、
コロナ・ブライトの【先の先】による呼吸のあった剣の攻撃が合わさる。
大和の剣の切っ先は、冷静なようでいてトラウマによって自身とコロナの想い出を弄ばれた怒りが宿り、冷静に、冷徹な攻撃が、一片の容赦もなく脆苦を襲う。
「そう簡単に、首は取らせませんよ……」
トラウマから立ち直った者たちの、揺るぎない強い意志を持った攻撃を受け続け、脆苦は自身を守る為、本気の炎を纏わせる。
その温度は、鉄すら融解させてしまうほど超高温だ。迂闊に近づくことは出来ない。
「まだ……まだですか……」
少しずつ、少しずつ、絶え間なく続く攻撃に、脆苦の体にも限界が近づいていた。
燃え盛る炎が、徐々に力を失い、弱々しく消えていく。
「くっ……何故私に刃向うのです。貴方たちには関係のないことでしょう!?」
受けてきた体への傷が重なり、ボロボロの体で本気の炎を吐き出した脆苦のダメージは大きい。
体をよろめかせながら、悔しげに言う脆苦の前に、
信道 正義が立つ。
「確かに、ゴモリー派だとかソロモン派だとか、そんなものはどうでもいい。俺自身、どの派閥にも一度は剣を向けた身だ」
「だったら――」
「けどな。あんたらの派閥争いなんかに、関係のない人達まで巻き込まれてたまるか。世界を救って願いを叶えるために、ここで退く訳にも、負ける訳にもいかない!」
脆苦の言葉を遮った正義は、【エンジェルライド】で身体能力を上げ、脆苦の懐へと一気に飛び込む。
「くっ……」
体力も根こそぎ奪われ、動きが鈍くなっている脆苦は、易々と正義の接近を許した。
「くらえ!」
正義は脆苦の腹に直接拳を入れると、【ハンドメイドマイン】を直近で爆破する。
すぐに身を引いたものの、自身も爆風に煽られるが、多少のダメージは気にせず、正義は次の攻撃へと移る。
爆風で視界が悪くなったのを利用して、幻創の魔石で分身を作り、脆苦の前に立たせる。
一瞬でも脆苦が気を取られてくれれば、充分だ。
脆苦が正義の分身に気を取られ、前方へと身構えた隙をついて、正義は脆苦の背後へと回り、【インファイト】で【エンジェリックソード】を振り下ろした。
「ぐあああっ」
「まだまだ行くぞ!」
【エンジェルラッシュ】で反撃の隙を与えずに、畳み掛ける正義。
時折、最後の力を振り絞り、脆苦からの重い一発を食らうこともあるが、それは【ゴダム魂】で耐える。
「なかなか良い攻撃ですが、私にトドメを刺すには、重みが足りませんよ」
脆苦の言葉は全くの強がりという訳では無く、事実、正義の攻撃はあと一歩というところで、脆苦を倒すには至らない。
「くそっ……あと少しだってのに……」
己の体力の限界を感じ、悔しげに呟く正義の頭上で、
ジェノ・サリスが叫んだ。
「どけ!!」
即座に反応した正義は、脆苦を残し、後方へと身を引いた。
そこへ、召喚した【イノセント】に乗り、遥か上を飛んでいたジェノが、脆苦目がけてイノセントの光弾を放ちながら、急降下してくる。
(トラウマか……)
ジェノは下降しながら、自身のトラウマに思いを馳せる。
少年だった頃に見た、人類同士の戦いの物語。その中で、ヒーローが持つ光の最終決戦兵器が、世界を滅ぼした。
それによく似た兵器【サテライトパニッシャー】を手に、ジェノはエクソダス事件最終局面において、【犠牲なき選択】を選び、戦艦二隻を同時に撃墜した。
トラウマを克服し、手に入れた世界を滅ぼした力に似た【サテライトパニッシャー】は、今では、ジェノの最も得意とし、愛用する装備だ。
人は立ち止まり、それを乗り越えた時にまた新たな力を得る。
そのことを知っているジェノは、トラウマを恐れない。
(あのトラウマを乗り越えた時の祈りは、まだ終わっていない。だから、何度でも唱えよう)
ジェノは、【ディバインパニッシャー】と【エンジェリックブーツ】で身体能力を高め、脆苦への直接攻撃に備える。
「天使達よ、我を導け!全ては、明日の夜明けを勝取る為に!」
地に着く間際に、イノセントの背を蹴り、光弾を受けてもがく脆苦の前に降り立ったジェノは、二挺の【エンジェリックティアー】による【ソルトブレイク】の連撃を至近距離から叩き込み、ついに脆苦のブロンズ製の体に風穴を開けることに成功した。
「……出来れば塩の柱としてモロク派の連中の見せしめにしてやりたかったが……流石に、状態異常は効かなかったか」
ぐふっ、と静かに横たえた脆苦を眺め、ジェノは口惜しそうに呟いた。