脆苦戦―トラウマとの対峙― 5
「まだ抗いますか……しつこいですねえ」
未だ脆苦の精神攻撃から立ち直っていない特異者たちのことは、既に脆苦の警戒の対象から外れている。
戦闘の最中不用意に、その足が倒れている
飛鷹 シンの頭上へ来た時、シンの手にした【太陽光線照射装置】から強烈な光が放たれた。
「何……!?」
不意打ちに視界を奪われた脆苦へ向けて、【火炎瓶生成】で用意しておいた【火炎瓶】を投げつける。
火炎を操る脆苦だからこそ、火の苦しみを味あわせてやろうという思惑だったが、脆苦に火で対抗するのは無謀だ。
すぐに体勢を立て直した脆苦は、興味深そうにシンを見る。
「罠にかかった振りをしていたのですか……実に小賢しいですねえ」
「俺にだってトラウマくらいあるさ。だが、それはそれとして受け入れた俺に、怖いものはねえよ」
シンには、自分の過ちで両親を失い、多くの人を傷つけた過去がある。
けれどそれには、十分間の地球帰還を許された際、自分なりの決着をつけ、過去を悔やむのではなく、全て自分の罪として認め、全て受け止めることで、シンは前に進むことを選んだ。
同じことで再び立ち止まることは無い。
「アタシもシンと同じよ。自分の過去くらい、自分で責任を取るわよ」
シンと並び、
アリア・ファールスも、きっぱりと言い切る。
訓練兵時代の只管貪られ、奪われていた日々は、確かに目を背けたくなるような過去だ。
けれど、それがアリアを形作った一部であることは事実で、アリアはそれを否定する気は全く無い。
「アタシの思い出は一片たりともあげる気はないの。土足で踏み込んだ貴方は思い出にすらモッタイナイ……消してあげるわ!」
「ほう、それでどうしようと言うんです?」
アリアの怒気を含んだ言葉に、脆苦は楽しげに口の端を釣り上げる。
「こうするのよ……!」
アリアは、瞬時にアクティベートした【EMスピア】の放電機構を起動させると、【スローイングウェポン】で脆苦へ向かって投擲する。
それと同時、【ライトニングスピード】を発動し、【ロートブルート】で全力で脆苦に斬りかかる。
傷口から刃先に血を吸わせるつもりだったが、脆苦のブロンズ製の体には刃は通らない。
「こちらからも行きますよ……。いかにも火に弱そうな吸血鬼の御嬢さん」
脆苦の吐き出した火炎が、アリアを包む。
一瞬で焼き消えたかにみえたが、アリアはロリータドレスの下に着込んだ、【防爆スーツ】のお陰でなんとか耐える。
「ちょっとは驚いてもらえたかしら?」
アリアは挑発的な笑みを浮かべ、【セルフヒーリング】で回復しつつ、反撃の機会を伺うが、脆苦の激しい火炎を前に、じわりじわりとアリアの体力は削られていく。
「ホーッホッホ。さて、いつまでもちますかねぇ……」
限界が近づくアリアの手を、黙って見守っていたシンが強引に引っぱり、駆け出した。
「シン!?」
「今は引く。転がってる連中を叩き起こすのが先だ。俺たちだけじゃ無理っぽいからな」
「分かったわ……」
冷静に戦況を見極めたシンに反論も出来ず、アリアは大人しく従った。
「やはりトドメは刺しておくべきですね」
トラウマに膝を折った者たちに、脆苦が容赦なく攻撃を加えようとした、その時。
脆苦の正面に、二つの人影が飛び込んで来る。
「そこまでだ、脆苦!」
「好き勝手はさせませんよ!」
脆苦の前に並んで剣と太刀を構えたのは、
草薙 大和と
コロナ・ブライトだ。
「おや……先ほどの攻撃に耐えましたか」
興味深そうに片眉を吊り上げた脆苦に、大和は自信たっぷりの笑みを浮かべてみせる。
「生憎と君につけ入らせるような心の隙は持ちあわせていないんでな」
「そうです! ししょーは絶対大丈夫です!」
大和に絶対の信頼を寄せるコロナ。そしてその期待を一身に受け止める大和。
一目で二人の絆を見て取った脆苦は、「ホッホ」と口元に下卑た笑みを浮かべた。
「いやいや、随分と仲の宜しいことで。いいですねぇ……素敵ですねえ。しかしその信頼……果たして本当に絶対のモノでしょうか?」
「何?」
「見えますよ……あなたの――いえ、あなた達の心の隙間がね」
脆苦が前方へ向かって勢いよく人差し指を突き出した瞬間、大和は脳を直接殴られたような衝撃を受ける。
「――ぐあっ!?」
「ししょー!!!」
太刀を突き立て、その場にしゃがみ込んだ大和にコロナが近づく。
大和が心の奥底に仕舞いこんでいた悲劇が、脆苦によっていとも簡単に引きずり出される。
それはこの手で、コロナを斬ってしまったことだ。
敵の術に嵌り、視界を奪われた上での、事故のようなものだ。
仲間たちと共に、必死で戦っていた。戦闘中の混乱は、誰に咎められるものでもない。
やらなけばやられる。
そんな極限にあれば、誰だって見誤ることはある。
言い訳は幾らだって出来たし、コロナも勿論、許してくれた。
大和自身、済んだこととして決着をつけたはずのことだったのだ。
けれどそれは、表面上のことだった。自分を守る為、大和が自分で自分の心に蓋をした結果に過ぎなかった。
今でも、大和の心の奥底では、あの時の心の弱さを悔やむ気持ちが、重たく横たわっている。
「コロナ……すまない……」
絞り出すように、大和の唇から漏れた謝罪の言葉に、コロナは大和のトラウマが何であるのか、正確に理解した。
いつだってコロナを何より大事に想ってくれる大和。だからこそ、彼の心を深く傷つけることが出来るとすれば、それもまたコロナでしかない。
「あの時のこと……まだ気にしてるんですね、ししょー……」
その手でコロナを傷つけたこと。それがどれだけ大和の心に傷を負わせたのか、コロナには分かる。
「ししょー。ちゃんと、目を開けて、前を見てくださいです!」
コロナは大和の頬に両手を添えて、自分の方へと向けさせる。
その当時、酷く落ち込んでいた大和をアルテラの祭へと連れだし、元気を取り戻させた時と同じ言葉を彼に告げる。
「わたしはちゃんと、ここにいるですよ!」
「――っ」
大和の視界に、はっきりとコロナの笑顔が映る。
彼女を切り裂いた感触が残る両手には、彼女に抱きしめられて、触れた暖かな感触が蘇る。
「……そうだ、あの時に誓ったじゃないか。コロナを、この手で必ず守り抜くって……」
コロナが大和を許してくれた、あの時の記憶に今大和を苦しめている記憶が急激に塗り換えられていく。
「今、目の前にコロナを襲う敵がいる。過去を悔やんでる暇なんか、どこにもない……!」
立ち上がった大和は、再び【虚ろう碧の太刀】を正眼に構え、脆苦の前に立つ。
コロナもまた、師匠に倣って【猛き炎の剣】を正眼に構える。
「行くぞ、コロナ!」
「はい、ししょー!」
駆けだした大和の背中を追いながら、コロナは小さな声で「おかえりなさい、ししょー」と呟いた。