クリエイティブRPG

脆苦戦―トラウマとの対峙―　3

「全然かんけーない人達を生贄にするなんてひどいよねえ。ささげるんなら自分たちのなかから選べばいいのに」
　ひょいっと瓦礫の山から飛び降りた黒山　羊は、脆苦に文句を言うべく近づいて行く。
「だってだーい好きな『サタン様』の一部になるんでしょ？　それともそんな人数も揃わないほどマイナーな派閥なのかな？」
　くすくすと挑発的に笑う羊に、貼りついた笑顔を崩すことなく脆苦は応える。
「おかしなことを仰いますねぇ。私たちはサタン様にとって手足となる、役立つ存在です。それに比べてあなた達はサタン様に逆らう愚かな存在。
　どちらが無益で、生贄になるに相応しいか、容易にお分かりいただけるでしょう？」
「へぇ、そういう考え方なんだ？　けど、ぼくは……生贄なんておことわりだけどねっ！！！」
「ホーッホッホッホ。分からなければ、今すぐあなたもサタン様の生贄にして、身をもって理解していただきましょう」
　不用意に近づいてきた羊に、脆苦が人差し指をスっと立てると、羊の周囲はたちまち暗闇に飲まれた。

「ここは……？」
　行く当てもなく彷徨っていると、小さくすすり泣く声が聞こえてきた。
　真っ暗な世界の端っこで、一人うずくまり、泣いている子供がいる。
　近づこうとして、羊はあることに気付く。
「あれは……ぼく？」
　羊の両親は共働きで、金銭的には余裕があったが、忙しさにかまけて家族の会話などはほとんど無い毎日だった。
　両親どちらも家にいないことも多く、一言も交わさないで数日過ごすことも珍しくはなかった。
　ひとりぼっちだった羊は、地球に居た頃はあまり笑わず、他人と話さない子供だった。
　両親の無関心から生じた孤独が、今でも羊の心に巣食っている。
　今の羊が、明るく無邪気に振舞うのは、自分の中の孤独を見ないことにして、忘れようとしているからだ。
　一人が怖い。
　誰からも認識されなくなってしまうことが、何より恐ろしい。
（ぼくは、ここにいるのに……！）
　助けを求めるように、羊は【蒼銀翼のチャーム】に手を伸ばした。
　（しんどーさん、らいと、とーちか、彩斗、アルヤ……そして）
　握りしめれば、ギルドの仲間の面々が頭に浮かび、羊は心の中で一心に助けを求める。
「……シン」
　微かに呟かれた名には、しっかりと応える声があった。

「自分で自分を否定してどうしたいんだよ。過ちぐらい認めて立って見せろよ」
　深い闇に落ちた羊の耳に、聞きなれた声が真っ直ぐに届く。
　少し乱暴だが、彼らしい叱咤の声が、羊の心の壁をぶち破る。
「俺は手は貸さない。自分の心の壁ぐらい、自分で乗り越えて見せろ！　――羊！」
　強く名を呼ばれ、羊はハっと意識を覚醒させる。
　真っ暗だった背景は、元通りの光景を映しだし、止まっていた羊の時間が動き出す。
「シン――？」
　まだぼんやりと重たい頭をゆっくりと持ち上げて、羊は目の前の男を見る。
　そこには、火炎瓶片手に羊の顔を覗き込んでいる飛鷹　シンがいた。
「大丈夫か？　皆、苦戦してるみたいだな」
　シンは辺りを見回し、顔を顰める。
「他の皆もトラウマに？」
「ああ……だが、皆それなりに対策は講じてるようだしな。それぞれなんとかするさ。最後は自分の力だ」
「ぼくは、シンに助けてもらったよ……」
「俺は何もしてない。自分でなんとかしろって言っただけだ」
「それが良かったんだよ」
　かけてもらう言葉は何でもよかった。
　ただ、傍にいてくれるのだと。羊という存在を気にかけてくれている人がいると、分かるだけで羊には十分だった。
「イケそうか？」
「うん。大丈夫。一気に行くよ。アイツの攻撃には、イラッと来た」
　羊は、【俊足のルーン】で自身の足を速め、脆苦への攻撃に備えた。
　

「まったく……うるさい人達ですねぇ……どうしてこのように勝ち目のない戦いを挑み続けるのか理解に苦しみますよ」
　うんざりとした様子で肩をすくめた脆苦は、自分を取り囲み、それぞれに武器を構える特異者たちを見回し、ニタリと笑う。
「一人、二人、三人……もう数えるのも面倒になってきました。ここはしばらく、皆さん仲良く闇を彷徨っていただきましょうか」
　脆苦は人差し指を立てると、ぐるりと体を回しながら、周りの特異者たちを次々と指差した。
「あなたたちの心の隙間……覗かせていただきます」
　脳内を直接殴られたような衝撃が、トラウマを持つ特異者たちを襲い、そのままトラウマの世界へと墜ちて行った。