脆苦戦―トラウマとの対峙― 1
区内の魔人や魔獣の露払いが済んだ頃、魔獣を率いて区の最奥に拠点を構えていた、戦禍の元凶脆苦覆臓のもとには、彼を討つべく集まった特異者たちが、続々と辿りついていた。
「度し難いクズ野郎……殺すのに躊躇する理由がないな……」
「ここで、あなたを止めさせてもらいます!」
激しい怒りを内に秘め、
桐ケ谷 彩斗は
久遠 奏と共に脆苦の前に立つ。
【ホーリートーカー】でそれぞれ憑依した存在に耳を傾けながら、攻撃の命中率と回避率を上げ、【絆のエンブレム】でお互いの連携を高める。
【グヴァザン】を【完全憑依Ⅱ】でその身に宿し、身体能力を上げつつ火に対する耐性を大幅にあげた彩斗は、更に【完全憑依Ⅲ】で【ゼノ】も巧みに操る。
【エンジェリック・ウィング】を立体機動的に活用し、前衛で【ゼノ】による斬撃や突きを繰り出す彩斗の攻撃に合わせて、後衛の奏が【エンジェリックティア】と【デモンハウリング】の二丁拳銃による連射で脆苦の動きを封じる。
「おやおや。これはまた随分と威勢の良い方たちですねぇ」
怒涛の連携攻撃に、防戦一方となった脆苦だが、余裕の笑みは崩さない。
「墜ちなさい」
立てた人差し指を、脆苦が彩斗と奏に向かって突き出すと、二人は同時にトラウマの世界へと突き落とされた。
彩斗にとってのトラウマとは、地球にいたころの自分そのものだ。
誰からも存在を望まれず、死にたくないから生きていただけの弱い自分を思い出し、彩斗は身を竦ませる。
(俺は何故ここにいる……?)
過去彩斗を苦しめて来たのと同じ言葉が、再び彩斗へと問いかける。
けれど今の彩斗は、ここ三千界へと望まれてやってきた存在だ。
様々な世界の戦いでの記憶と共に、その時に感じた強い想いが、彩斗の心に蘇ってくる。
何故自分は強くなりたかったのか。
死にたくはないのに、自分の身を犠牲にしてでもやり遂げたい何かを常に追い求めたのは何故か。
それは彩斗が本当に恐れているのは、生物としての死ではなく、桐ケ谷彩斗という存在が、誰の中にも何も残らないことだったからだ。
「俺は……ここにいる!!」
無茶をしてでも残したい物がある。桐ケ谷彩斗という存在を、刻み付ける為に強さを求める。
そしてなによりも、こんな自分を慕い、生きることを望んでくれる人達がいることを、彩斗はもう知っている。
「俺は……俺は……死なない!! こんなとこで、無意味に死んでたまるか!!」
心の弱さを打ち砕くように、彩斗は咆哮する。
生きながら死んでいた地球の自分はもうここにはいないのだ。
「感謝するぞ……脆苦。久しぶりに俺の原点を思い出した。その礼に殺してやろう……!」
彩斗の瞳に獰猛な色が宿り、口元には自信を取り戻した笑みが浮かんだ。
それと同時、奏も彩斗の隣で叫ぶ。
「そうですよ! 今のボクには何よりも大切な居場所がある! こんなものに惑わされません!」
奏は、ゼストで記憶喪失になり、軍人として役に立たなくなったため軍を追われ、突然に居場所を失った。
そして生きるあても無く彷徨っていた頃に、彩斗と出会ったのだ。
あの時、彩斗と出会ったことで、とっくに奏の心の傷は癒えている。
彩斗と出会い、新しい居場所を得て、友人も出来た。
すぐ傍で彩斗の声を聴き、奏は自分が一人でないことを思い出した。
囚われていたはずのトラウマは消え去り、奏の心は静かに凪いでいる。
「終わりです……!」
「終われ!」
二人の声が重なり、奏は【ディバインパニッシャー】で能力を飛躍的に引き上げ、脆苦の胴へ向けて【ゴッドクロス】を放ち、彩斗はそれに合わせて【ソルトブレイク】で脆苦の首に狙いを定めて斬りかかった。
「ぐっ……」
優先的に、彩斗の首への攻撃を【シャイターンハンド】で弾き返した脆苦の、僅かに反応が遅れた体に奏の攻撃が掠める。
「どうだ?」
首を落とすには至らなかったが、その腕でソルトブレイクを受けたとあらば、塩の浸食が始まるはずだと踏んだ彩斗だったが、脆苦の受けた傷口は広がりを見せていない。
「ホーッホッホ!! そのような小細工が私に通じるはずもありません」
「くそっ……状態異常は効かないか」
改めてモロクのブロンズ製の体の頑強さを思い知り、彩斗は唇を咬む。
「オーッホッホッホッホッ! 大したことないですねぇ」
脆苦は高らかな笑い声をあげる。
そこに。
「その耳障りな笑い声をやめろ!!」
異空 学子の【エンジェリックハルバード】による攻撃が炸裂する。
「学兄がいつになくやる気だからね! アタシも気合い入れて行くよ!」
学子の攻撃に合わせて、
東城 カンナの【ゴリアテの巨斧】が振り下ろされる。
見事な連携技だったが、脆苦の屈強な身体を切り裂くには威力が足らない。
ガキィィンと派手な音が鳴り、脆苦に片腕で攻撃を振り払われる。
弾き返された衝撃に浮いた体で、即座に受け身を取った学子とカンナは、揃って脆苦から距離を取る。
そうして、改めて武器を構えると、脆苦の前に立った。
「生贄だなんて、そんなの絶対に許さない!」
【クールアシスト】で極力冷静さを保とうとしている学子だが、その身の内に抱える燃えるような怒りは、はっきりと脆苦には見えている。
「おや……随分とお怒りですね……過去に何かあったのでしょうか?」
「やめろ……笑うな……! 人を生贄にしておいて……何の権利もなく人の命を奪っておいて……面白おかしく笑っている奴を俺は許さない!!」
ニヤリと笑った脆苦が立てた人差し指を突き出せば、怒りに飲まれた学子のトラウマが呼び覚まされる。
学子の脳裏に浮かぶのは、まだ幼い初恋の相手の顔である。
祭りの行事と称して連れていかれたあの子のことを、学子は守ってやれなかった。
大人たちの力を前に、子供である学子の抵抗はあまりに無力だった。
(また俺は……何も出来ないのか……)
その時感じた無力感に、戦意を失いかけた学子の耳に、ふと聴きなれた声が飛び込んでくる。
「学兄!! しっかりして!!」
トラウマを持たないカンナは、精神をしっかりと保ち、学子を庇うようにして脆苦に向かって【ブラッドバッド】を放つ。
脆苦にダメージを与えるような攻撃ではないが、コウモリたちは脆苦から学子を隠すにはもってこいだ。
脆苦の視界を奪いながら、カンナは直接斧での攻撃も休む間もなく与えていく。
「学兄、ずっと一緒にいるって言ったじゃん! こんなとこで立ち止まってる場合じゃないよ!!」
闘い続けるカンナの姿、そして呼び掛けて来る言葉に、学子は自問する。
(あの時、まだ子供で、あの子を守れなかった。でも今は?)
ここ三千界に来て、様々な戦いを経験し、力を手に入れた。
守る術がなかったあの時のように、一方的に奪われるだけではない。
そして過去ではなく、今ここにも、学子が守らばければならない存在がいる。
支えてくれると、一緒にいてくれると言ってくれる、カンナがここにはいる。
「いつまでも、過去に囚われてなんかいられない!」
――きっとあの子も俯いている俺なんて望んではいないから。
学子は武器を持つ手に力を籠めて立ち上がり、渾身の【ヘブンアンドヘル】を放つ。
しかしそれも、脆苦の体に傷を付けることは出来なかった。