魔人・魔獣掃討戦 3
「やめて……! 子供だけはどうか!」
ひっそりとした路地裏にある小さな家に、まだ年若い母親の悲痛な叫び声と、危険を察知した赤ん坊の泣き声が木霊する。
「うるせえ。一緒に連れて行け」
乱暴に母親を足蹴にした魔人は、傍に居るもう一人の仲間に向けて指示を出す。
まだ赤ん坊である、子供取り返そうと暴れる母親に、再び蹴りがお見舞いされようという時だった。
「……! 何やってんだてめぇ!」
突然の怒号と共に、
水城 頼斗の錬成した【銀槍】が、母親と魔人との間を裂くように打ちこまれる。
ふいの攻撃に魔人たちの注意が反れた隙に、【片翼の衣】で飛翔し、空から様子を伺っていた
ジュディス・L・アルテミシアが、急下降し魔人の手から赤ん坊を奪う。
【エンジェリックブーツ】で、飛翔能力が強化されたジュディスの動きは早い。魔人たちからの反撃を食らう前に、母親の元へと子供を受け渡す。
「なんだぁ?」
「ソロモンかゴモリーの奴らか?」
従えた魔獣を呼び寄せ、二人の魔人は槍が飛んできた方へと視線を向ける。
「派閥争いはともかく、一般の人に手ぇかけるなんざ気に食わねーなおい。数揃えれば目的達成出来るとでも思ったか……? 甘いな」
「ん……力で。人を……従わせる、のも。……関係の。無い……人々、を。……生贄に。される、のも。黙って……見ている。訳、には。……行かない」
頼斗の言葉に応じるように、
遠近 千羽矢が前へと進み出る。
「夜ちゃんもサンジョー☆ もーダイジョーブだよ!」
千羽矢のパートナーである
無月 夜も、千羽矢と共に並ぶ。
夜は、【サルヴァトーレ】に宿る天使の力で【エンジェルライド】を発動すると、そのまま【Angelic Origi】で背に純白の翼を展開すると、ふわりと身軽に身体を浮かせた。
「はっ……いいだろう。お前たちには、その親子の代わりの生贄となってもらおうか」
魔人たちの指示で、魔獣たちが一斉に頼斗たちの方へと飛びかかる。
「あんなもん許せるわけねぇ。全員ぶっ飛ばすつもりで行くぞ、皆!」
「はい、行きましょう! ジュディス・L・アルテミシア、参る!」
ジュディスは、【聖白槍・シグルドリーヴァ】と【ライトセーバー】を構えるが、二刀は扱い難く、魔獣たちへと槍の穂先を投擲するに留める。
「後ろは……任せた、ぞ。……相棒」
頼斗を後方に残し、前へと駆け出した千羽矢は、首に掛けた【桜と炎のネックレス】を握り締め、頼斗の檄に応じる。
「行けー……!」
頼斗は、【哲学者の水銀】を用い、【風刃師の指貫グローブ】で錬成の純度を上げると、【土龍】を錬成する。
放たれた土龍は魔人たちへ向けて一直線に進んで行き、千羽矢たちの行く手を阻む魔獣の群れの中に道を作る。
「ぱらでぃんとしてのハツシゴト、がんばるぞーっ☆」
張り切る夜は、【ホーリーゴースト】を身に纏い、魔獣たちを翻弄するように飛び回る。
デモンズブレスの焦点を定めきれない魔獣たちへ向かって、【サルヴァトーレ】から放つ【エンジェルフレア】を撃ち込み、魔獣たちを仕留めていく。
「ん……護る。……大丈夫、だ」
戦闘が激化する中、端の方で抱き合って震えていた親子に声をかけ、千羽矢はジュディスの誘導に従うように告げる。
「お師匠!」
「おう。受け取れ!」
ジュディスが声を受けて、銀槍を錬成した頼斗がその槍をジュディスへと投げる。
「この槍撃……生半可では受けきれないと知れ!!」
ライトセイバーを仕舞い、投げられた銀槍を受け取ったジュディスは、【チャージ】で力を溜め、向かいくる魔獣を、すれ違い様に【エンジェルラッシュ】で切り裂く。
自分用に銀槍を錬成した頼斗も、ジュディスの攻撃に合わせて槍を放つ。
「さぁ、今の内に安全な所へ!」
頼斗との連携で、親子の周囲から敵を遠ざけたジュディスは、親子を連れてより安全な場所を探す。。
「こっちへ……! 道の突き当りを行った先に、まだ戦火が及んでいない集会所があります」
ジュディスに声をかけたのは、周囲で一般人の救助に当たっていた
ユーフォリア・フォールンだ。
「頼めるか?」
「はい」
ジュディスの問いかけに頷いたユーフォリアは、赤ん坊を抱いた母親の手を引き、先を急ぐ。
「怪我を治療していますね、癒しの祝福……!」
ユーフォリアが手のひらを翳すと、母親の魔人に蹴られた痕の腫れが引いて行く。
戦闘を避けて道を選んではいるが、至る所に放たれたモロク派の魔獣たちは、早速ユーフォリアたちの匂いも嗅ぎ付け、集まって来る。
「ちょっとした罠をしかけますね」
ユーフォリアは【ザ・ハンド】に【カボチャの鏡】を持たせて、魔獣たちの裏手へと回させる。
横をすり抜けると同時に、【エンジェルレイ】を鏡に向けて放ち、反射した光線で敵を死角から狙い撃った。
「これで少しは時間稼ぎできます。さあ、急ぎましょう!」
ユーフォリア達が無事に路地を抜けたのを確認して、頼斗は呟く。
「さて、そろそろか」
頼斗からのアイコンタクトを受けて、千羽矢は頷く。
「……俺の。目、から。……逃れられる。と……思う、な」
従えていた魔獣たちが一掃され、分が悪いと見て取ったのか、混乱に乗じて姿を消そうとしていた魔人たちの前に千羽矢が素早く移動し、その行く手を阻む。
【広角視野】で周囲に気を配っていた千羽矢に死角はない。
「ちっ……」
「どけ!」
舌打ちをしながら、イービルアイを放つ魔人たちの攻撃を【The Resistance】で軽くいなしながら、千羽矢は頼斗の目線を追う。
「ちはやさま、らいとおにーちゃん、かっとばせー!」
夜が声援を送りながら、【サルヴァトーレ】と【セイクリッド】による攻撃で、敵の注意を引きつけている間に、千羽矢は魔人との距離を一息に詰める。
「……黒漆の、双璧。……『緋炎』。遠近、千羽矢。……推して、参る……!」
「黒漆の双壁、『蒼華』。水城 頼斗……推して参る!」
二人の魔人に向けて、駆けて行く千羽矢に合わせて、頼斗の創り出した【土龍】が後を追う。
「――……【蒼緋一閃】。……これで。終わり、だ」
追いついた土龍の胴体を駆け上り、遥か上空へと跳躍した千羽矢は、呆気に取られて上を見上げている魔人たちの脳天へ向けて【The Bisecter】を振り下ろす。
激しい破壊音と共に、魔人たちはその場に崩れ落ちた。
水無月 ゆずりは【クリムゾンソード】、【鋼手刀】、【ブラットブレイド】と、攻撃の手を変え品を代え、魔人たちの群れを斬り進む。
敵の反撃には【影潜】で身を隠し、反応が遅れて逃げ切れない攻撃には、
大天使に愛されし少女からの援護を受けて、路地をひた走る。
目の前に敵がいるから、取り敢えず倒す。
そんな単純明快な理由で、ゆずりは敵の真っただ中を、怯むことなく突き進んで行く。
(余裕があれば脆苦覆臓をぶん殴りに行きたかったのですが……この分だと無理かもしれませんね)
終わりの見えない敵の数に、ゆずりは溜息を零し、すれ違う魔獣に、振り向きざま鋼手刀を叩きこんだ。
(水無月さん……一人で突出しすぎですね……)
紅月 真奈美は、ゆずりの後ろを着かず離れずの距離を保ち、着いて行く。
多勢に無勢の現状で、一人で敵中を行くのは危険が過ぎる。囲まれてしまえば、一気にピンチに陥ってしまう。
それが分かっているから、多人数で行動している仲間たちが多い中、ほぼ単独に近い状態で先走るゆずりが気がかりで、
真奈美はいつでも援護に入れるようにと、常にゆずりが見える範囲で戦っていた。
特に連携らしきものを取っている訳ではないが、ゆずりの荒業に取り零された敵を、真奈美は一体、一体確実に仕留めていく。
基本的には、【ブラッドブレイド】による攻撃だが、時折見せしめも兼ねて【ブラッドサック】で魔人の首に歯を立てることもある。
返り血を大目に浴びて血を啜って見せれば効果は覿面で、感情を伴わない魔獣はともかくとして、魔人たちは引く者も多い。
そのお陰でゆずりは、反撃らしい反撃を食らうことも無く、前方の敵に専念していられた。
真奈美は、幼い頃に親に捨てられた過去がある。
理由は「疲れた」という、酷く身勝手なものだった。
それ以来、真奈美は「独りになる事、誰かが離れていく事」が極端に恐ろしくなってしまった。
地球にいた頃は、常に誰かと一緒にいようと、人の顔色ばかりを伺って、本当の自分を隠した上辺ばかりの付き合いをしていた。
見た目も、誰からも好かれなければいけないと、気にしてばかりだった。
(けれど、この三千界に来て、私は本当の絆を知りました。本当の仲間が出来ました。その人たちがいれば、トラウマなんかに屈しません)
仲間の大切さを知る自分だからこそ、今度は自分が、一人で戦う者の力になりたいと思う。
――と、快進撃を続けていたゆずりの足が止まる。
見れば、ゆずりと取り囲むようにして、3体の魔人がゆずりを取り囲んでいた。
周囲の魔獣は既にゆずりによって斬り伏せられていたが、【悪魔の翼】で縦横無尽に飛び回る魔人たちの攻撃を見切れず、苦戦しているようだった。
「……危ない……!!!」
即座に真奈美はゆずりに駆けより、【千紫万紅の心得『絢爛』】で自分と同じ姿の幻影を創り出す。
「奥義『榛花 二重桜(シンカ フタエザクラ)』!」
幻影の効果は数分だが、それでも魔人からの攻撃の対象を撹乱するのには充分だった。
「今です!!」
真奈美の声に、ゆずりは【クリムゾンソード】を振り上げ、動きが止まった魔人から斬り伏せる。
真奈美自身も攻撃に加わり、どうにか三人とも仕留めると、次の敵の群れを見据える。
「良かったら一緒に行きませんか? その方が早く脆苦に辿りつけるかもです」
「そうですね。有難う。助かりました」
真奈美の言葉にゆずりも頷き、二人は並んで走り出した。