――最大限の力の為に――
大して広いわけではなく、かといってさほど狭くもない拠点は界霊戦艦と戦う特異者たちの機体や武装が所狭しと並んでいた。
ネバー・セイ・ネバーを合言葉に
エーファ・アルノルトと共に戦うことにした
ハルマ・ウエスギの機体もまた、
アーヴァイン・シミグウィの手によって調整が施されている最中だった。
「限られた時間、多いタスク、ずいぶんと激務でありますが……やれるだけはやってみるであります」
ハルマの機体と並べられているのは、
カネツグ・ビダンの機体だった。彼もまたハルマと共に戦域へ向かうのだ。
頭の中にある基礎量子知識を総動員する気持ちで手早くウェアラブルPCを操る。
ハルマとカネツグの機体の扱い方、得意不得意、今回の戦いで必要とされるであろう動作を総合的に考えていく。
ハルマ機へはセンサー機能と通信系統の微調整、それから射撃精度を上げる。
カネツグ機へは防御力と反応性、安定性を重視したチューンアップを行っていく。
「まだまだであります……! お二人が命を預ける機体に、整備員たる小官が命を賭けずしてなんとします!」
もう終わったのかと思ったがそうではなく、アーヴァインは軍用サプリを噛んで、作業を再開する。
最適化の作業は機体調整の最終段階ではあるが、それだけ重要視しなければいけないところでもある。
アーヴァインの言葉は大げさなように聞こえたが、その言葉はシークレットオフィサーとしての誇りに満ちていた。
アーヴァインが機体調整を行うその隣では、
プログラマーがエーファの機体をエーファのオーダーに合わせる形で調整している最中だった。
敵を兎に角、撃ち落とす方針のエーファのため、高い機動力を残しつつ、射撃能力を高める方向でチューンアップしていく。
アーヴァインたちはほぼ同じタイミングで調整を終え、その機体を乗り手へと受け渡したのだった。
入れ替わるようにして、
天目 宗国が
逢坂 昴と
アリーサ・リトヴァクの機体を調整し始めた。
「ま、俺のやることはいつも通りだな」
他の機体調整をしている特異者と同じように宗国もまた基礎量子知識を念頭にウェアラブルPCを操っていく。
昴のラースタチカ ライトニング・オウルとアリーサの乗る訓練用IFの両方を調整するのは大変だが宗国は至って当たり前のような顔で作業を続ける。
何度かやったことがあるお陰で、チューンアップするその動きに迷いはない。
せいぜい調整しなくてはいけないとするならば、その時その時の戦いに合わせることくらいだった。
完璧に仕上がった機体に昴とアリーサを乗せ、作戦の成功と戦いの無事を祈りながら送り出す。
飛び去っていく姿を見守りつつ、宗国は軍用サプリを噛んだ。
「さて、技の使いすぎでへばるまでは束の間の休憩だな」
いつ戻ってきてもメンタルケアを行えるように準備をしながら、宗国は大きく伸びをした。
今回の戦いで、最大の人員数であるネームレスの機体調整や武装強化もまたここで行われていた。
メソスケール ヴィテキシーと
一姫 モドキ、
藤堂 エセルが集めてくれた5名の
ブルーサイエンティストがその作業にあたっている。
かなりの数の機体等の調整を行うことになったのだが、ヴィテキシーは面倒な素振りもなく、着々と作業を進めていた。
その理由は、戦いが終わったら
メソスケール・スローテンポ持ちでスイーツ狩りに行けるからだった。
もしかしたら、ゴダム魂もその一助となっていたのかもしれない。
(スイーツ狩りが私を待っているのです!)
スイーツ狩りを心の栄養として、整備を進める。
まず、一番重要なのは操縦者の負担を出来る限り軽減させることだ。もちろん、それによって不備が出ないように注意を払う。
その後も無線通信での伝達を調整したり、リンゲージ使用時のことも考えて機体のチューンアップを重ねていく。
合わせて攻撃回避移動動作を操縦者ごとにバランス調整し、最後に操縦者の精神と肉体を考慮しつつ速度上昇のチューンアップをする。
次々とチューンアップを重ねていく傍らで、ブルーサイエンティストたちも忙しそうに動き回りながら手伝いをする。
仕上げに武装とIF本体を搭乗者に合わせて最適化し、報告する。
「ベストを尽くせば結果は出ます。勝てるかどうかはデバイサー次第です!」
言葉はともかく、機体は搭乗者へと受け渡されたのだった。
ヴィテキシーの近くで、一姫 モドキはネームレスのランチャーウィザード部隊の武装のデータカスタマイズを行っていた。
拠点に残るわけではないが、出来ることはなるべく早めに終わらせておいた方がいいためだ。
「カスタマイズダヨー!」
元気に宣言しながら作業に取り組む。
今回の戦いではグラヴィティキャノンを操る三人の武装が成功を左右すると言っても過言ではないため、丁寧に作業をしていく。
ぷにぷになその身体で細かい作業が出来るのかと不思議にも思うが、そこらへんは特に問題ないようだった。
千桜 一姫と
カティア・グリニス、
ギン・キリエル・營のグラヴィティキャノンに、チャージ時間と再使用時間速度を犠牲に出力と耐久性の向上を図れるよう調整する。
「終ワリダヨッ」
効果の程は使ってみないとわからないが、データカスタマイズと最適化の終わった武装を一姫 モドキは三人へと渡した。
崩界霊獣迎撃隊みすみの機体調整風景は他のものとは少し違っていた。
アルフレッド・エイガーと
ヴェルデ・モンタグナがてきぱきと作業をこなす中、機体の乗り手達が二人の様子を温かく見守っている。
「そうしてるとまるで夫婦の共同作業みたいね」
桐ヶ谷 遥のその言葉に反応するように、二人の動きが同時に一瞬だけ止まった。
「ハッハッハ、まるで夫婦の共同作業だってよ。……たまには2人でなんかするっていうのもいいもんだな」
アルフレッドのその言葉に、恥ずかしさを隠すためなのかヴェルデは調整している遥の機体へと視線を向け、手を動かし続けた。
だが、アルフレッドを含む周囲にはバレていた。ヴェルデの頬がほんのりと赤みを帯びていることも、手を動かしているようで作業が進んでいないことも……。
改めて遥の機体をチューンアップし始めたヴェルデへ、アルフレッドが隣からいくつか言葉をかける。
その言葉を聞きつつ、ヴェルデは遥の機体を更に良いものへするためにチューンアップを続けるのだった。
出来るだけ遥の手足のように意のままに……と進めていくヴェルデの隣では、アルフレッドが遥の機体と
レベッカ・ベーレンドルフの機体、そして自分のシンセサイザー型PCがリンク出来るようにと接続準備を進める。
二人の作業が最終段階の最適化へと進む。仲睦まじく作業をする二人をレベッカは何を言うでもなくニヤニヤと見守っていた。
その視線に気づいたアルフレッドが
「へっ、羨ましいだろう? 悔しかったらお前らも彼氏を作るんだな」
と軽口を叩く。
「余計なお世話だ、馬鹿者が」
手近にあった、おそらくは機体調整するときに使った道具であろうと思われるものをアルフレッドの顔面へ投げながら、レベッカが言った。
けっこうな勢いで投げられたにも関わらず、アルフレッドは片手でヴェルデを庇い、もう片方の手でその道具をぱしりと受け止めた。
にやりと余裕そうに笑うアルフレッドの姿は小憎たらしくもあったが、ヴェルデが何やらアルフレッドに質問をしたことで二人のやりとりはそこで終わりを告げた。
やれやれと言ったように肩を竦めるレベッカだったが、アルフレッドを信頼した様子で見上げるヴェルデと、ヴェルデを優しく穏やかな眼差しで見るアルフレッドという二人の姿に、やはりどこか微笑ましく毒気を抜かれるのだった。
こうして準備を終えた特異者たちは次々と崩界霊獣たちと界霊戦艦が待つ戦域へと向かうのだった。