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ネコの死んだ日

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ネコの死んだ日
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さんぜんねこは だれのてに




「ここなのー? 」
「クスカちゃんは間違いないってー」
 クスカからの連絡を受けて、馬に乗って現場に駆けつけた河上 桜の問いに、同乗していたノラとクルツが同時に頷いて答えた。よく見れば、詩歌から連絡を受けたらしい、他の特異者達が近付いて来るのが見える。桜はそんな彼らを片手で制した。
「あまり大人数だと、相手を刺激してしまいますよーう」
 相手は、特異者として招かれながら、誘拐に手を染めるような手合いだが、だからこそ、やけになって何をするか判らない連中だ。
「とりあえず、私が交渉してきますねー」
「大丈夫?」
 双子が心配そうな顔をするのに、その頭を軽く撫でて、桜は「大丈夫ですよーう」と微笑んで見せた。
「ただ、相手次第では力づくになっちゃうかもしれませんからねー」
 準備だけはしておいて欲しい、と告げると、ドリームウェポンで銃を生み出すと、双子達がアジトらしい建物の死角になる位置に潜むのを待って、桜は「すいませーん」と声を上げた。
「そちらに、猫さんが保護されていると伺ったんですがー」
 その声にぞろぞろとアジトから姿を現したのは、いかにも誘拐犯です、といった様子の住人達と、子猫のさんぜんねこを抱き、その頭に銃口を突きつけたしぐねだった。ほんの僅かに眉根を寄せながら、桜はできるだけ彼らを刺激しないように一歩をつめて首を傾げて見せた。
「その猫さん、こちらに渡していただけませんかー?」
「いや」
 対してしぐねの返答は端的だった。堂々と特異者と相対するしぐねの態度に背中を押されたかのように、ごろつきめいた特異者達もにやにやと下卑た笑みを浮かべて、桜に指を立てて見せた。
「この猫は、あのさんぜんねこなんだろ?」
「こんな金ずる、はいそうですか、と渡せっか」
「よそさまの世界を救おうなんていう、正義の特異者サマともあろう者が、身代金をけちったりしないよな?」
 口々に吐き出される、どう聞いても三下の物言いに、息をつきそうになるのをこらえながら、桜はふたつの秘石を取り出して見せた。チンピラなりにその価値は判るのだろう、彼らが目の色を変えるのを確認して「これで不足はないですよねー?」と、秘石と銃を足下へと置いた。そして、このまま下がったら、猫を解放すること。猫を保護したら、そのままこの場を去るということを説明すると、ちんぴら達は疑わしげに眉を寄せた。
「んなこと言って、解放したらズドンとやるんじゃねえのか?」
「『取引』で嘘つくほどボケてねぇよ……ですよーう?」
 一瞬、ぞくりとするほどの威圧感を放った桜に、びくっとチンピラ達は怯んだようだった。それを隠そうとするように、ことさら大げさに「よおし」と威張ったように言って、チンピラの一人が桜に向けて銃を突きつけた。
「乗ってやろうじゃねえか。ゆっくり下がりな!」
 言葉に従って、桜がゆっくりと距離を取ると、じり、じりとチンピラ達が前へ出た。が、それ以上の度胸はないのか依然その先頭は相変わらずしぐねである。こちらは特に気負った風もなく前へ出ると、ひょい、と秘石を拾い上げた。その時だ。案の定、と言うべきかなんというべきか。チンピラ達は一斉に持っている武器を桜に向けて構えたのだった。
「これはありがたく貰っておくぜ」
 と、チンピラの一人が言い、半ば呆れながらも桜が行動に出ようとした、まさにその瞬間、しぐねはさんぜんねこに秘石を握らせると、さんぜんねこごとぽーんとあらぬ方向へと投げたのだった。
「っと、おお?」
 ゆっくりカーブを描いたさんぜんねこは、皆がぽかんとしている中、隠れていた場所からとっさに手を伸ばした仁の手の中にすぽっと納まった。その瞬間のやわらかもふっと感に、仁が至福、と思わず表情を緩めたのだが、それは別の話として、その状況にあっけに取られる一同の視線の中心で、しぐねはおどけるように「ごめんね」と口を開いた。
「ここまでぜーんぶ、ペ・テ・ン☆」
 それには、チンピラのみならず特異者たちの方もあっけに取られるしかなかったが、それに業を煮やしたのかしぐねは追い払うように手を振って見せた。
「ほらほら、何してるの。行った行った!」
 その言葉にはっと我に返って、陰に隠れていたノラたちも飛び出すと、即座に後を追えない様にノラの召喚した炎を壁にして、揃って駆け出した。そこでようやく我に返ったためらい街のチンピラ達は「てめぇ!」とさっきまでの態度を翻して、怒りも顕にしぐねに武器を向けたが、その時には既にしぐねも逃げの体勢だ。
「僕の事殺したいほど憎いでしょ! 残念腰抜けには殺せませ~ん!」
 その上尚も、しぐねはけらりと笑ってチンピラ達を挑発すると、くるりと翻した姿は、あっという間に遠ざかっていく。
「だけど結構楽しいよ、命かけるっていうのも!」
 逃げ出したしぐねには、その言葉が何人の耳に届いたかは、判らかった。



「三千回生きたねこ、って、三千回転生したねこ、って意味なのー?」
 ドリームウェポンを使った反動で、眠気に襲われている桜を、両側からコークフィアを飲ませたり、ぺちぺちと頬を叩いたりしつつ、馬上から問いかけたクルツの言葉に、さんぜんねこは小さく肩を竦めて見せた。
「数字は苦手……ミャ。三千以上は数えられないの、ミャ」
「それって……」
 子猫のせいか、まだややたどたどしい口調のさんぜんねこの言葉に、クルツは更に訊ねようとしたが、それどころじゃないミャ、とさんぜんねこは仁の腕の中、後方を見やった。
 後ろからは、しぐねを追いかけた者達とは別に、あくまで金ずるにご執心な数人が、さんぜんねこを抱えた仁と共に、全力で走る一同を追いかけて来てるのだ。実力的に見て、勝てない相手ではないが、今は急ぐ必要がある上、子猫がいるのだ。下手に戦って傷を作らせるわけにはいかない。だが、街の地理については、チンピラ達のほうが利がある。あわや追いつかれる……と思った瞬間、上空から響いた不協和音が、チンピラ達の足を強制的に止めさせた。
「猫さん!」
 そのまま、さんぜんねこたちの傍にふわりと舞い降りてきたのは織羽だ。
「よかった、無事で……それから、新しい誕生日おめでとう」
 そのまま、涙ぐみながらさんぜんねこの頭を撫でていたが、チンピラのほうもしぶといようだ。その執念をもっと別の所に使えばいいのに、と思ったのは一人や二人ではないだろう。だが、全てを相手にしている余裕は無い。織羽はぐいっと涙を拭った。
「急いでみんなのところへ運ばないと……!」
 その言葉に頷き、仁は馬へ乗った桜たちへと、さんぜんねこを差し出した。ワールドホライゾンの中なら、アーライルの翼よりも馬の足の方が速い。クルツとノラがもふっとさんぜんねこを受け取ったのを確認して、仁は追って来るチンピラを迎え撃つべく、くるりと踵を返した。
「後ろは任せろ……頼む!」
 頼もしい言葉を背中に、クルツ達の乗った馬は、ヴォーパル達の待つ場所へと一気に駆け抜けて行ったのだった。

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