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ネコの死んだ日

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ネコの死んだ日
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混乱の最中で




「なんだか、情報が錯綜してるなぁ」

 ためらい街を歩き回りながら、月音 詩歌は呟いた。
 何かの情報が転がっていないかと、感覚を頼りに聞き耳を立てて回っていたのだが、慌しく探し回っている者や、気だるそうに探している者、妙にぎらぎらと目を輝かせている者など様々で、彼らの口走る理由も、まともなものからそうでないものまで様々で、場合によってはそれらが混ざってしまっているものある。その中には、苑香や瑪瑙、刃たちの言葉に動かされた者、あるいは茉由良たちに協力する者達もいるようだ。
「なんて言うか、良くも悪くも流されやすい、のかな?」
 詩歌は首を捻った。特異者と呼ばれていても、元々は地球の何でもない人たちが殆どなのだ。善意から、あるいは悪意からでも、周りが動けばつい一緒に動いてしまうのは、仕方が無いのかもしれない。ためらい街から、少し、躊躇わずに動いきはじめた人々の動きに目を細めながら、喜ばしい反面、厄介なこともあって、詩歌は複雑に苦笑した。
「人手が増えるのは助かるけど、変な事にならないといいけど……」
 呟いたその時、ふと耳に飛び込んで来た言葉に、詩歌は聞き耳を立てた。
「……これって」
 その内容の不穏さに、詩歌は思わず眉を寄せたのだった。


 一方その頃、さんぜんねこを探していた特異者たちのほうでも、動きがあった。
「あ、あれ! 光ったにゃ、ご主人!」
 戒の腕に抱かれたうずらが、路地裏の一角を指差した。そこからは確かに、金属の反射する光、それも移動しているのが見て取れた。
「でも、子猫にしては動くのが、早い……よう、な」
 答えた戒の飛行高度が、唐突にかくんと下がった。ドリームキャスターとしての能力を使いすぎたせいで、眠気に堪えられなくなったのだ。なんとか屋根に不時着した戒の腕から降りて、ニャトゥグアと共に光った場所へ向かったうずらの隣で、屋根を渡ってすばるも合流した。
「あれで間違い無さそうだな」
「そうだにゃ……て、あれは!」
 うずらが指差すのに、すばるは眉を寄せた。移動の速さの理由は簡単だ。特異者――おそらくは、ためらい街の住人たちが、無理矢理に運ぼうとしているからだ。屋根を渡って駆け寄ろうとしたが、さすが地理を知り尽くしているだけあって、早い。このまま建物の中にでも入られたら厄介だ、と思っていたところに、彼らの正面へ飛び込んだのは三体のティンダロスの猟犬を従えた慧業だ。助けに来たのは判ったのか、目を輝かせたさんぜんねこに、慧業は僅かに眉を寄せた。
「勘違いしないでよ……お前を生かしに来たんじゃない…お前を殺さないために来たんだ」
 そうは言いながら、ねこを抱えた特異者たちを逃がさないように、立ちはだかる。そしてその間に、死角からすばるとうずら、ニャトゥグアが特異者たちに襲いかかった。思わぬ奇襲に、特異者たちはあっけなく気を失い、ぽーんと投げ出されたさんぜんねこを、慧業がとっさにローブでキャッチした。
「ふう……っ、全く、手を煩わせてくれるよね……」
 ここまで面倒をかけたのだから、諸々の隠し事は全部話してよね、とじっとりと向けられた視線に、ごまかすようにしゅんとして見せたさんぜんねこに息をつき、慧業はローブごとひょい、とすばるへと投げて寄越した。後はよろしく、と言う意味だろうか。受け取ったすばるは、安堵と同時に、誘惑に負けてもふっとその毛皮に頬擦りした。
「……やわらかい……」
 ふかっとした毛並み、子猫ならではの柔らかさと温かみ。至福、と思わずすばるが呟いていると、さんぜんねこを探していたほかの特異者たちも合流した。
「よかった、見つかったんですね……」
 カメリアがじわっと涙目になりながら駆け寄り、ありすと二人その頭を撫でて、隠れたり逃げたりして疲れたはず、と小魚のクッキーを差し出したり、碧の癒しを与えていると、途中で手分けすることになった仁達に連絡していたリダールートとクラリッサが、そろって目を輝かせた。
「わわわっ、ち、ちいさーいっ!ちゃんと鍵付いてるし……」
「にゃーん、もふもふにゃーんっ! かわいいーっ」
 それどころではない、とは判っていたが、その柔らかくて小さい毛皮の放つ魅力には抗えない。駆けつけたそれぞれが、もふもふっとその毛皮を味わっていたが、当のさんぜんねこはじたじたと暴れると、ぴょいっとすばる達の腕から逃れて「そんなばあいじゃあ、ないミャ」と焦ったように言って小さな足で走り出した。
「こっちミャ、急ぐの……ミャ!?」
 そうして、慧業が待て、と止めるより早く路地を曲がろうとして――その体が、飛び込んできた人影にひょいっと掴み上げられてしまったのだ。
「な……!」
 すぐに皆駆け出したが、曲がったときには既に姿は遠く、すぐに角を曲がって姿が見えなくなってしまった。その速さから考えるに、ためらい街の特異者だ。どの情報をもとに行動したのかはわからないが、少なくとも子猫がさんぜんねこだと判った上での行動だ。当然、善意のはすがない。狙い澄ましたタイミングから見て、特異者たちが探し当てるのを待って、横取りするつもりで動いていたのだろう。
「ち……世話の焼ける」
「ど、どうしましょう……!」
 慧業が舌打ちし、カメリアがおろおろと戸惑う中「大丈夫だよ」と声がした。詩歌だ。
「物騒な話をしてたから、後をつけてたんだ」
 人数が多かったため、一人では下手に手出しする方が危険、と、ここまで様子をうかがっていたらしい。
「あいつらのアジトは判ってるよ。ともかく、急がなきゃね」
 


 そして同じ頃。
「面倒なことになったみたいねぇ」
 ザッパーボスと共に、情報収集に奔走していたクスカ・エリヴァは、「あんた達と余計な確執は作りたくないから」という、ためらい街でもそこそこ良識側にいるらしい人物から、妙な動きをしていた一団の情報をもらってその後を追っていたのだが、どうやら彼らの仲間が、子猫のさんぜんねこを捕獲したらしい。せわしなく合流の連絡をしている様子に聞き耳を立てながら、クスカはノラ・アスールクルツ・アスールの双子に向けて携帯の通話ボタンを押したのだった。


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