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ネコの死んだ日

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ネコの死んだ日
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魂を乗せて


「よーし! 一時はどうなるかと思ったけど、幻覚が払えちゃえばこっちのもの!」
 体の自由を取り戻した八上 ひかりが肩を回す。
「二人とも! 態勢を立て直すよ!」
 ひかりの言葉にパートナーである神崎 きよみ和田 あいが返事をする。
「わかったわ」
「かしこまりましたわ」
 幻覚から覚めてから間もなく、迅速に行動を開始する三人。
「あたしは常に前線にいた人たちを救護するから!」
「わたしたちはこれから前線に出る人への補助をするのね」
「それでは、私ときよみはあちらに」
 一旦二手に分かれて特異者たちの救援へと向かう。
「うわっ、こっちは手ひどくやられてるね……」
 ひかりがやってきた場所には常に前線を駆けた特異者たちがいた。衣服はボロボロ、生傷はこれでもかというほどある。
 先ほどの幻覚攻撃の際にも分体から攻撃をされていたようだ。
「状態異常は……なさそう。なら単純な回復でいいかな」
 かなりの人数が負傷しているのを見てひかりは『碧の癒し』を使用する。
 癒しの力が複数の特異者たちの傷を塞いでいく。
 完治、とまでは行かないがこれでまた十分に戦うことができるだろう。
「あまりにもボロボロな人はあっちの救援スペースに、いたらあたしが案内するよ!」
 あくまでも支援に徹するひかり。しかし、この状況ではそういった役目もまた重要なポジションである。
「こちらの方たちですわね」
「みんな集まって。今までの前線組みに変わる人がいなければ、戦況は厳しくなるわ」
 その一言に特異者たちが次々と集まってくる。
「それじゃ、やれるだけやりましょう」
「そうですわね……みなさん、今度は界霊を消滅させてはいけません。見たとおり、ヴォーパルの浄化の力以外での消滅は不可能に見受けられますから」
 そう言いつつ集まってくれた特異者たちに『加護の唄』を。
「それと、特に前線にでられる方にはこの『勇気の唄』を」
 攻撃の中核を担う者達には『勇気の唄』を歌い、心を奮わせていくあい。
「わたしからは、属性耐性ね。幻覚耐性なんて技は持っていないけれど。念のためね」
 そう言って光の結界を張り魔性の力から身を護る『スベキュラ』を唱えるきよみ。
 反射こそできないものの、また幻覚攻撃があった場合にその効力を弱めることができるかもしれないとの判断の上で使用したのである。
「あとは、そう多くの人は癒せないけれど『レフェクト』がある。限界だと思ったらわたしのところまで来て」
「もちろん、私たちの方でも駆けつけるつもりですわ。……界霊も弱ってきています。あと少し、戦いましょう」
 三人の心強い言葉と援護を信じて、特異者たちがまた界霊へと向き直る。
 当初の巨躯はなりをひそめていた。このまま戦闘を続ければ、必ずヴォーパルが浄化を開始できるはず。
 ……と、戦いの結末が見え始めたころ。
 界霊と特異者たちが死闘を繰り広げる岬で、何故かレジャーシートを広げる者がいた。
 雛宮 たま羽切 藤野
 彼女たちは界霊を眺めながら幸せそうにデートを満喫していた。
「ふじのん、どうですか? 美味しいですか?」
「はい。美味しすぎて、いくらでも入ります」
「それはよかったです」
「いつも美味しいご飯を作って頂きありがとうございます。たまさん」
 界霊がいようがお構いなしにピクニックを楽しむ二人。どうやら今日のメニューは愛情たっぷりの【バーガー】らしい。
「ここの所は休む暇もなかったですからねえ……」
「私たちは見ているだけです。お弁当をひっくり返されたりしない限り……」
 その刹那。界霊分体から流れ弾が二人へと、正確には弁当箱へと向かう。

パコーン……!

 全てはその事態に収束するかのごとく。弁当箱は宙を舞い―――。
 地面へと落ちた。(バーガーの心情:「オレ、無事に着地できたら結婚す……うぎゃああああぁあぁぁぁあぁ!!」)
「……」
「……」
 しばらくの間、二人は弁当箱を見つめた。無残にも、めちゃくちゃになった愛情たっぷりのバーガー。
 すると、二人が無言で立ち上がった。その目に明確な(殺意にも似た)闘志と、背後から異様なオーラを漂わせて。
「楽に、死ねるとは思わないことです……この世に存在したことすら残しはしません……」
「ヒトがせっかく嫁のために作ったお弁当に……なにするですかー!」
 最早、我慢ならぬ!といった様子で怒りのボルテージが振り切れた二人。
 弁当の敵討ちをするべく、界霊に全力の攻撃を開始する。
 二人の『炎の御手』が群れをなし、藤野の【レメゲトン】から発せられる突風が界霊を襲う。
 一切の容赦はなくその身を焦がし吹き飛ばす。
 近寄る分体はたまの豊潤な中段蹴りの前に無に還る。
 ピクニックにも関わらずフル装備でこの場に来ていた二人。
 予想だにしない力が界霊へと(稀に特異者たちを巻き込みそうになりながら)ぶつけられていく。
 人の恋路を邪魔をするものはなんとやら、と言うか、触らぬ神にたたりなし、というか。
 人を操れても、空気を読むことはできない、ということなのかもしれない。
 ……ちなみに、この後二人は夕ご飯をきっちり楽しんだらしい。

「さて、ここでの地球人アバターがどんなものなのか、試させてもらおう」
 界霊が弱っていることを確信した葵 響佑が姿を現した。
「あまり無茶はしないでね、響佑」
 響佑の隣には浅井 侑果と、聖唄の唄い手の姿もあった。
「わかっているさ。……それでは一通り使わせてもらおうか」
 懐から【光輝の書】を取り出す。
「最初はこの魔道書に内臓された、光属性のコードを味わといい!」
 魔道書から無数のコードが飛び出し、界霊めがけて飛んでいく。
 コードは界霊の分体へとからみつき、そのまま消滅させる。
「分体にはまずまずのようだな……ならば、次は本体だな」
 界霊の本体を斜め上に見上げながら、手を突き出す響佑。
「闇属性の魔法が効くかはわからないが、ゴダムに溢れる瘴気はどうだ!」
 ゴダムの大気中に溢れる瘴気、それを凝縮させた『瘴気の一撃』が界霊本体へ放たれる。
 おぞましい界霊と薄らぐらい瘴気が混ざり合う。一見しただけでは効いていないようにも見えるが、攻撃は通じていた。
 攻撃を続ける響佑の隣では聖唄の唄い手が『レクイエム』を唄う。
「……効きはするが、力不足は否めないか」
「響佑! 下がって!」
 響佑からの攻撃に気付いた分体たちが襲い掛かる。
 それを見た侑果が即座に行動する。響佑の前に立ちはだかり、分体を寄せ付けない。
「響佑は、私が守る。そのために今日はとっておきを解放してあげるんだから」
 マギウスである彼女が『スピードリーディング』を発動させる。また、響佑と同じように魔道書を懐から取り出す。
 天高く魔道書を掲げる侑果。
「我が魔力を吸い上げ、仇名す彼の者たちへと邪悪なる神々の鉄槌を下せ!」
 そして放たれる邪神たち。本日二度目の『門の解放』、邪神たちの行軍が界霊の分体を蹴散らしていく。
「……さあ、あと少しだ。今一度、その心を振るわせてくれ! 英雄(ヒーロー)たちよ!!」
 侑果の攻撃に乗ずるように響佑『ビューティー☆スマイル』を使用する。
 地球でよく歌われる沈んだ心を震わし励ます曲が美しい歌声となり、特異者たちの背中を押す。
「……ふむ。この戦闘はよき経験になるだろう。……地球人のアバターの強さは、これから探していけばいい」
「? 何かいった?」
「いいや。他愛のない独り言さ」
 侑果の問いにうやむやに答えて、ホライゾンを守るために響佑も攻撃を続ける。
「あと一息、最後まで全力でいかせてもらう!」
 他の特異者と共に戦い続ける八神 秋水
「ヴォーパルの浄化のためにも、少しでも多くのダメージを与える!」
 自身にできる最善の攻撃を常に界霊へと叩き込む秋水。
 『リミットカット』を発動しつつ、【フォトンカービン】二挺を巧みに扱い、射撃での攻撃。
 迫り来る分体をかわし、撃破しつつも前進。界霊本体へと近づけば、近接攻撃で牙をむく。
「はあああああああぁぁぁぁっ!!!」
 腹の底から声を張り上げ、咆哮しながら界霊のすぐ側で『フォトングラップル』で暴れまわる。
「いい気合だ。あんな霧だか雲だかわからん奴の好きにはさせん!」
 秋水に呼応するかのようにアベル・アウディも攻撃をしていく。
「意志を奪うとか、そういうやり方は気に入らない。……消してやる」
 秋水と同じく『リミットカット』で己の力を高めた上で、界霊本体へと直進するアベル。
 その進行を阻むべく分体が群がってくる。
「霧如きが……賢しいんだよ!」
 無数の反撃を掻い潜りながら分体の群れの中を進むアベル。
 致命傷となる攻撃をかわしながら本体へと猪突猛進のごとく駆ける。
「ついたか、そこのあんた! 加勢する!」
 秋水に追いついたアベルが『フォトンクリーブ』にて界霊を薙ぎ払う。
 邪神群に抗う術であるフォトンが界霊を打ち払っていく。
 界霊からの攻撃を受けながらも、二人は決して退きはせず、界霊と一番近いところで戦い続ける。
「……ここまで戦っても浄化はまだ、か」
「これで信頼しろと言われても、難しい話ね」
 ここまで必要最低限しか動かないヴォーパルを見て言葉を漏らす霧雨 透乃柚木 椛
「見たところ、どのアバターでも通常戦闘には支障がないくらいには戦えるようだけれど」
「どこもかしこも大技のオンパレードだし、なんとかなるかな」
 冷静な二人。その前では、分体を退け続ける楠木 一美がいた。
「数が多いけど、二人には触れさせないよ!」
 ディフェンスを任された一美は懸命に二人を守り続ける。
 幸い、他の特異者たちに分体が分散していることもありどうにか守り続けられている。
「考えていても答えはでないわね。突破口は任せなさい」
「任せたよ」
 透乃は加速し、椛は詠唱する。
「念のために、これを!」
 『フォトンフィールド』を展開し、二人をフォローし続ける一美。
「さて、そろそろご退場願うわよ?」
 妖艶に笑う椛。同時に詠唱が完了し光の魔法『ルミナリア』が界霊へと放たれる。
 それだけには留まらず、間髪入れずに『黄衣の風』を界霊に吹かせる。
 矢継ぎ早の攻撃に、広範囲に広がっていた分体たちが本体へと戻り防御のような体制をとり始める。
「あら。風で纏めようとしたのだけどそっちでまとまてくれるなんて、優しいじゃない」
「透乃ちゃん! そのまま進んで!」
 射撃のギリギリ届く範囲まで手広くカバーする一美。
 椛、一美のフォローを受けて全ての意識を攻撃へと傾ける透乃。
 その身は一点に集まり始める界霊へと向かう。
「聞きたいことは色々ある。けど、その前にやらなきゃいけないことを終わらせる」
 その眼光は界霊をロックして離さない。逃がさない。
 近づくにつれて、透乃の体に力が入る。
「大技は満喫したろう? ここらで一発、魂の力比べといこうじゃないか」
 口の端を上げて不敵に笑う。『不屈の炎』を魂に、『炎の拳』を左拳に纏わせて。
 きつく巻いた【セスタス】を口を使って更にきつく締める。
「あんたに魂はあるかい? いいや、ないだろうね。……だからあんたは霧散する」
 足に力を入れて、地面を思い切り蹴り、跳躍する。
 周りから分体の攻撃があろうとおかまいなし。
 一美を信じ、椛を信じ、自分を信じ、その瞳は界霊本体のみを見続ける。
 その信頼に応えるように一美が、椛が分体を薙ぎ払う。
「味わうといい。これが、私の魂の重さだよ!」
 炎と魂が入り乱れる透乃の左腕が界霊本体へと突き出される。

―――ボシュッッッ!!

 防御の姿勢に入るかのように身を縮こまらせた界霊の体が盛大に吹き飛ぶ。
「俺も続く! おおおぉぉぉっ!!」
「消えろ! 霧野郎!」
 既に体の限界に近い秋水とアベルも自身が出せるありったけの魂をのせて攻撃をする。
 技に満たないただの攻撃、それでも魂が乗せられた一撃は界霊に重く響く。

―――――――――ッ!

 またも高周波の金切り声のような音が響き渡る。それは界霊が悲鳴をあげているかのようにも聞こえた。
 広範囲に分散していた界霊の分体たちが本体へと戻っていく。
「……時は満ちました」
 ヴォーパルが動く。両手を広げたヴォーパルから温かな光が放出される。

―――――――――ッッッ!!!

 途端、界霊の姿が次々と変わっていく。まるでヴォーパルから発せられる光が嫌がるように。
 しかし、界霊は消えない。浄化は完璧ではない。
「少々、時間がかかります。援護をお願いして頂きたく」
 浄化には時間がかかる。その間ヴォーパルを守らなければならない。
 界霊消滅まで、あと少し。
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