ねこをさがして さんぜんり
ためらい街
そこは、一種独特で、異質な雰囲気を持つ一角だ。
ワールドホライゾンの初期に作られたものの、そこに住む者達は、他の特異者たちとは違って、その活動をためらっている者が多いと言う。その理由は様々だが、積極性を欠いた住人達から活気が生まれよう筈もなく、街の雰囲気はどこか鬱屈としており、その空気がそうさせたのか、だからこそ鬱屈した空気を生んだのか、緩慢に治安の悪化が進むその区画は、誰にともなく“ためらい街”と呼ばれるようになっていったのである。
そんな、良い雰囲気とはとても言いがたい街の中へと、子猫の状態で転生したと言う、
さんぜんかいいきたねこを探しにやって来た特異者たちは、早速思い思いの方法で探索を開始していた。
「見付けたら、もふりたいけど、無理か」
そのうちの一人、
皇 仁は、地図を片手にそんな呟きを漏らしながら、できるだけ狭い路地を選んで回っていた。
三月 ありすも、同じように狭い道にそっと踏み込んでは、廃材や投棄された家具等が重なった影の中などを覗き込んで「みゃ~」と猫の鳴きまねをしながら、さんぜんねこを探している。
「さんぜんかいいきたねこさーん、どこですかー? ……名前長いなぁ……。さんぜんねこさーん」
同じように、
リダールート・ダージリスは、ともすればその辺りの空き瓶などを覗き込んでいる
クラリッサ・リズボンがはぐれたりしないだろうかと気をもみながらも、ネコ缶を片手にありすが鳴きまねをする傍らで、ふりふりとねこじゃらしを振ってみたりなどして、さんぜんねこが興味を引かれて出て来はしまいかと試していたが、今の所、反応らしきものはなかった。
「ここも、いなさそうか?」
通って来た道に、バツ印を書きながら仁が言うと、眉根を下げながらありすは頷いた。
「この辺りにはいないみたいですね」
「ここにも、いないみたいだよっ」
どうやら遊んでいるのではなく、真剣にその中を探していたらしく、クラリッサが空き瓶をふりふりとして見せるのに、リダールートは微苦笑と共にその頭を撫でた。
「子猫でも、あの鍵は目立つので……いれば、すぐ判るのですが」
ありすは軽く息をついた。驚かせないように、できるだけ大きな物音を立てないように気を配りながら、いくらか歩き回っては見たが、思ったより広い上に子猫の入れそうな場所がそこかしこにあって、全てを回るのは骨が折れそうだ。どうせ転生するのなら、もっとましな所があっただろうに、と言う思いからか、その呟きは漏れて出た。
「……そもそも、なんでこんな所に居るのでしょうね……」
その言葉に、皆が思わず足を止めて首を傾げる中、リダールートは続ける。
「生まれ変わる場所はどう言う理由で決まるのでしょう……運ですかね?」
「どうかな」
仁は首を捻った。
「少なくとも、ワールドホライゾンに転生するのは“確定事項”なんだろう」
ためらい街に転生した理由までは判らないし、こうやって探し回る必要がある、ということは場所を完全に特定することこそ出来ないまでも、境屋はさんぜんねこがワールドホライゾンの中のどこかに転生している、と疑う様子も無かった。
「ここが特別、と言うのではなくて、さんぜんねこの方に何か、理由があって転生している、のでしょうか……?」
「どこに転生されるのだとしても……死は、悲しいこと、です……」
皆が首を傾げる中で、
カメリア・スノウが、消え入りそうな声で心配に目を軽く潤ませながら言った。
「お怪我はしていらっしゃらないでしょうか……? お腹は減っていらっしゃらないでしょうか……? 」
「落ち着いてください」
自分の方がよほど心細そうな様子に、ありすが宥めるように言うと「心配なのです……」とカメリアはぎゅっと裾を握った。生まれ変わったさんぜんねこは、まだ子猫だという。それが、治安の悪いといわれているこの街で彷徨っているのかもしれないと思うと、居た堪れないのだ。
「大丈夫です。みなさんも一生懸命、探しているのですから」
ありすはそう言って、カメリアの肩を軽く撫でた。
「みんなで、保護してあげましょう」
その言葉に、カメリアは滲んだ涙をごしごしと擦ると「はい」と頷いたのだった。
同じ頃、ためらい街の別の一角。
「あぁ、クソッ! なんで私は、こっちで走っているんだ……!」
合理的じゃない、と自身へ向けて悪態をつきながらも、全速力でためらい街を駆けずり回っていたのは
四十沢 慧業だ。
本当は、ヴォーパルに聞きたいことが沢山あるのだ。さんぜんねこは、どうせ誰かが拾うだろう。自分が探す必要なんて無い筈、と判っているのだが、思いと裏腹にその足は
ティンダロスの猟犬を従えて、ためらい街の奥へ奥へと進んでいた。元の体へ転生するのではなく、新たな体として転生するのであれば、次元の歪みのような物が感知できるかと思ったが、思いのほか街が広い上、界霊出現の影響か、上手くそれを感じ取ることは出来そうにない。慧業は小さく舌打ちして
ティンダロスの猟犬達に街を走らせた。
「さんぜんねこは、子猫状態だと言うが、生まれ変わりと言うならこの街に詳しいはずだ」
この街の危険性について良く知っているなら、目に付きやすい場所を避けて、物陰や狭い路地、子猫「だからこそ」通れる場所を選ぶはずだ。で、あるなら、障害物も気にせず、迂回を必要としない
ティンダロスの猟犬は、この広い場所を探すには最適と言えた。
「さっさと見つけて、色々はっきりさせないと……!」
怒っているような声に、心配の色を覗かせながら、街を駆ける慧業の頭上では、身軽さを利用し、路地裏から一端壁を蹴って屋根の上へ昇った
九曜 すばるが、ぴょんぴょんと飛び回っていた。
「このあたり、ではなさそうだな」
自身のトレジャーセンスにそれらしきものが引っかからないのに息をついて、ぴょん、と先を急ぎながら路地に目を凝らした。子猫でも、さんぜんねこであるなら当然、鍵は刺さったままのはずだ。なら、暗がりでなら逆にそれが目印になるはず、と、すばるはちらと上を伺った。
「いまなら丁度、光源もあることだし……」
すばるの見上げたその上空では、
戒・クレイルが
うずら 君を抱えて街を見下ろしながら探していた。
「どうかな、うずら君」
「まだ、見つかった様子は無いにゃ」
戒に支えられながらじっと街へ目を凝らし、うずらは答えた。ここからだと、特異者たちがそれぞれ駆け回っている様子が見えるが、流石に範囲が広いせいもあってか、誰かが発見した様子は無い。転生するとは言え、さんぜんねこが一度死んでしまった、という事実は戒にとって胸の痛い出来事だ。思わずと言った様子でうずらを抱きしめると、力強い目を地上へ向けた。
「それじゃあ、もう一度行くよ!」
うずらが頷くのに、戒はワールドイズマインで光を放つ世界を創造した。まばゆい光がためらい街を照らし、幻影の楽団が音色を奏でる。さんぜんねこが反応してくれれば、鍵は光を反射して輝くはずだ。勿論、関係の無い金属も軒並み輝いてしまうが、うずらはじっと目を凝らして光を探し、屋根からはすばるもそれを探している。
「がんばるにゃ、ご主人!」
ドリームキャスターの能力を使った弊害で、眠気の襲う瞼を擦る戒に、うずらが声をかけると「大丈夫」と答えた戒はコークフィアを飲み下しながら、負けじと街を見下ろした。
「必ず、見つけて見せるよ……!」