祓魔師としての数々のカリキュラムを通して魔道具の扱いに手慣れてきた生徒たちは、待ち受けているであろう過酷な任務に備え、其々の能力を高める修練に励んでいた。
教師との手合わせや能力を高める自主練など各々、昼夜問わず行っているのだ。
その最中、
エリザベート・ワルプルギスは避難民を都へ誘導していた未廻組の
ウィード・フォン・ライヒスマリーネと
アンフェ・メレッツィーから緊急の報告を受け、“やはり、そう来ましたかぁ~…”と小さく呟き口元を手に当て考え込む。
二人が人々を連れて獣道を迂回しながら進みパラミタ内海にさしかかった時、彼らは海でも眺めて不安を和らげようと浜辺へちらりと目を向けた。
訪れたことのない場所へ歩を進める度に、これらから何が待ち受けているのか理解し始めている。
そういった不安要素の解消になるだろうかと、何の気なしに視界に映す。
多くの人は冬の静かな海辺に癒されていたが、その中の幾人かは異様な光景を目にしてしまった。
美しい風景ですら満たされなかった不安感が、それに気づかせてしまったのだろう。
彼らが目の当たりにしたのは、黒いフードを被った怪しげな風貌な集団の事。
連中に気取られぬよう、思わず口を手で覆い隠して人々の列に戻り、自分たちを避難所へ案内しようと先頭を進むウィードに、そっと先程目にした者たちについて報告した。
彼らを連れて都に入るとウィードは、邪徒共の襲撃に備えて後方から道中の警戒に勤めていたアンフェとの情報の共有を済ませ、すぐさまエリザベートの元に訪れると事の詳細を伝えたのだった。
「フフッ、あっという間に皆さんへお渡しする教材が完成しちゃいましたぁ~♪向こうはこちらの盲点を突いたつもりなのでしょうねぇ。ですが~、そう簡単には行かないのですよぉ~っ」
報告を受けた幼い校長はノートパソコンを開くと手早く生徒用に実戦の資料の作成し、メガホンを手にコテージの外へ飛び出す。
「皆さん~、これより会議を始めますぅ~。私の所へ集まってくださぁ~いっ」
幼い年相応の愛らしい声音でありながらも、都の隅々まで届く程の大きく声を響かせ緊急招集をかけた。
「ありゃ…?リザ校長ちゃんってば、こんな大きな声で呼ぶなんて。どうしちゃったのかな☆」
その呼び声を耳にした
戦戯 シャーロットは一体何事かと、傍にいた
フレデリカ・レヴィの手を取りエリザベートの元へ駆ける。
「さっきのリザ校長ちゃんの声って、ボクたち以外にも聞こえちゃっているよね?かなりの急ぎの用ってことなのかな☆」
一番に到着するとコテージの戸の前に、幼い校長が両手に何枚もの用紙を抱えて立っていた。
「ぇえ。先程、黒いフードの集団についてウィードさんから新しい情報を耳にしたので~。それを皆さんに、会議としてお呼びしたのですよぉ~」
彼女の疑問にエリザベートは都の人々を不安にさせないよう、言葉を選んで召集をかけたのだ。
「私たちのとっては、ある意味でそういう形式だものね。何のために集められたということを、都の人に伝わらなければ問題ないわ」
会議という単語のみで何のためのものかまでは知られることはないだろうと、フレデリカも校長の言葉の意図に対し納得した。
「お話をしている間に、皆さん集まりましたねぇ~♪」
話し込んでいると生徒たちの賑やかな声音が近づき、エリザベートは彼らの顔を順に見ながら笑顔を向けた。
「それではぁ~、資料をお渡ししますぅ~」
幼い校長は印刷したての用紙を配り終えると言葉を続けた。
「どうやら未来を可変しようとする時の魔性の従者が、パラミタ内海の海底で何かを行おうとしているようなので~。まずは、その儀式を発見してください~。もしそれらしきものを見つけたら、私たちに教えてくださいねぇ~」
幼い校長の口から事の詳細を耳にすると彼らは、其々のポジションについて話し合いを始めた。
「海ってことは、今度こそ水着のおねーさんが…!?…って、今は冬じゃないかぁああっ!!」
アキラ・セイルーンたちは以前、水龍レヴィアの思考に憑依したステンノーを祓うため、真夏のパラミタ内海に訪れていた。
しかし、血眼になって探しても水着姿のお姉さんたちが一人も見当たらなかったのだ。
今回は冬場とあって、見かけたとしても浜辺の景色を楽しむ程度の人々しか見当たらないだろう。
それも厚手のコートを纏った姿。
悲しみのあまりに両手で頭を抱えて悲嘆の声を上げたる彼に、すぐさま
ルシェイメア・フローズンが“えぇいっ、やかましいっ”などと冷ややかな言葉を浴びせた。
「いやはやしかし、火山の次は深海とはのぅ~…。まぁ、奴らの元におる魔性の属性に一致している場なのじゃろうが。何というか、姿を見てはならぬとは…」
邪徒に強制憑依させられていたとはいえ、ビフロンスは炎の能力に長けていた。
手元の資料にある邪徒に助力していると思われる海難法師は水に関する魔性。
しかも、姿を直視した者を彼岸に誘うという厄介な相手のようだ。
祓魔師としての心得を念頭に置き、魔道具を扱うルシェイメアたちであれば失神で済むようだが、敵前でそのような事態は避けるべきである。
無論、黒フードの連中も同様にその海難法師を直視してはいないのだろう。
「奴らを盾にしようとすれば、こちらも共倒れの危険がありそうじゃぞ」
万が一の状況に陥らないよう、仲間たちを見ながら念を押すように話す。
「あれよね。相当上手く立ち回らないと危ないってことかしら」
傍にいる
星川 潤也をジッ…っと見つめながら、
アリーチェ・ビブリオテカリオがそう口にした。
「えっ、それってフリなのか!?」
彼女の視線から徐々に離れ、かぶりをブンブン振って“無茶ぶりだぞ!”と声を上げた。
「調査が先だし、今はそんな心配しなくても大丈夫だって。私が魔性の位置を皆に伝えるからね」
生真面目に悩む潤也に対し、
小鳥遊 美羽が安心安全の助け船を出す。
「皆さんが調査に集中できるように、私と美羽さんと二人で海難法師の注意を向けます」
ステンノーと異なり何を考えているのか分からない未知の相手ゆえ、魔性を探索チームに接近させないよう
ベアトリーチェ・アイブリンガーが担うと仲間たちに話す。
「分かったわ、二人に任せるわね。皆もそれでよいかしら?」
ベアトリーチェの提案に賛同したフレデリカは、共に祓魔師として修練を積む彼らに顔を向けると一同は頷く仕草を見せた。
「わたくしたちは、奴らの相手でもしてさしあげますわ」
エリシア・ボックは未来を可変する仕掛けを解除する際、その妨害の手を少しでも減らしておいたほうがよいだろうと考え、
ノーン・スカイフラワーたちと予め黒フードの連中の対処することにした。
「ならそっちは大丈夫そうだね。私は海底の調査に協力するよ」
誰がどの役割を担うか話し合う中、邪徒の捕縛を試みるエリシアたちの申し出を耳にした
壬生 杏樹は調査の方へ加わることにした。
「無事に話し合いが済んだようですねぇ~。ではぁ~、いってらっしゃいですぅ~♪」
生徒たちの其々の担当が決まり、パラミタ内海に向かう彼らに向かってエリザベートが大きく手を振って見送った。