風が唸る、機体が軋む。
バルバロイの足掻きにより砂埃と砂利が舞い上がり、
柊 恭也のドラグーンアーマーへと降り注いだ。カラカラと鳴る音はそれほど強くない、バルバロイの力が弱っている証拠だ。ここまで追い詰めたのだから、後は一撃を以て仕留めるのみ――恭也は一点集中の突きを見せた。つもりだった。
眼前に屠るべき仇敵はおらず、代わりに見えたのは大きな扉と、先に広がる闇。それが洞なのだと気がついた時には既に遅く、光が周囲を覆った瞬間であった。
「おいおい、急には止まれねえよ!!」
斯くして恭也はドラグーンアーマーごと光に呑み込まれた。
奔流は視界すべてを白色へと変えたものの、それも徐々に収まりゆく。
目映い光が晴れた頃、恭也を出迎えたのは数多の瓦礫であった。追撃の為の急加速に、そして落下の勢い。踏ん張ったところで突っ込むのは今更というもの。ドラグーンアーマーも、車も急には止まれないのだ。
できるだけ衝撃を和らげるようにと機体を丸めれば、コックピットまで衝撃が伝わった。計器はけたたましい音を響かせ、回路から立ち上がるのはよろしくない煙の群れ。
「俺の機体もスクラップの仲間いりとはなぁ……」
おまけに周囲からは明らかな戦闘音が聞こえてきた。戦闘の激しさは銃撃の間隔で把握できる。誰がどうみても厄介な事態だ。
「あーあー……整備に出さないと使えねえなこれ。使えそうなもんだけ取って……いや先に代わりを見つける方が早そうだ」
周りにはスクラップも転がっているが、そうでもないものもある。代わりになりそうな機体も探せばあるだろう。
恭也はピーブ音を背にドラグーンアーマーから飛び降り、遮蔽物に隠れるようにして埋もれている機体へと近づいた。
「誰かいるか?」
問うても返事が寄越されることはなかった。コックピットの扉が開いていたので、大方、中身の人間は既に逃げ果せた後なのだろう。扉から覗き込んでみれば中は綺麗なものであった。搭乗者が大怪我を負い、乗り捨てたか救助されたとみていいだろう。
恭也は周囲を警戒しながらシートへ座り、計器を確認していく。
「……ドラグーンアーマーと似通ってるな。知らない機能もありそうだが、とりあえず動かすのに問題は無さそうだ」
全く知らない機体よりは遥かにマシだろう。
恭也は見慣れぬ機体を操縦しながら、スクラップと化したドラグーンアーマーの元へと戻った。使えそうな装備を剥ぎ取り、戦場へと目を向ける。
落ち着くためには立場を確固たるものにしなければならない。どちらかについて恩を売り、話を引き出していけばこの地について学べるものは多いだろう。
「そうさな、どうせ味方をするなら……とびきり不利な方が良い」
売れる恩もきっと高くなるだろう。
恭也は剥ぎ取った装備と共に、そのまま戦場へと飛び込んだ。
操作はドラグーンアーマーに似通った部分が多いが、それほど小回りは利かなさそうであった。素早い機体や空の機体は無視した方が良い、相手するなら同じような機体だろうと、向かったのは同じ系統――重鎧機体である。
初撃は両手剣での重い一撃、流すように振るうのは追撃の一太刀。剣戟のたびに灰色の世界には火花が散り、瓦礫を踏みならすたびに灰褐色の煙が上がった。やや間を置いて、敵方のサポートとして矢が飛び交う。振り払う動作でそれを往なせたのはいいが、問題は上空から飛んでくる魔法攻撃たちだ。さきほど味方らしき同機体が溶けたところを見るに、そういった類の攻撃には弱いのだろう。
時間を掛ければ焼かれることは明白である。
ならば力と手数で叩き潰し、狙いをつけられぬよう動き回るのが得策だ。
「とはいえ力量計ってる暇もないだろうし……とりあえず、黒いのが下がりゃいいんだろ!!」
地に伏せる黒が多ければ、相手は後退せざるを得ない。
剣に宿る火を振り払うように両手剣を翻し、空いた隙間を縫うように戦場を駆ける。コックピットにまで伝わる熱は相当なものであったが、負荷のみに留まったのは幸いだ。近づけさえすればこちらに利はある。
「レーダー……簡易だけど一応あるな、空中のに狙われると面倒だ」
上を見上げれば、空の機体がキラリと光った。それが砲撃のものだと気がつき、頽れた敵機へと身体を滑らせる。やや遅れ、さきほどまで居た場所が鮮やかな炎と共にごっそり抉られていた。鈍色の鉄鋼は鮮やかな赤色へと変化し、徐々に形を変えていく。喰らえば同じようになるだろう。追撃に警戒していれば、味方らしきものが空中で遊撃へと回り始めた。
「そのまま注意を引いてくれ」
名も知らぬ機体に短い通信を飛ばせば、相手は返事の代わりに機体を傾かせ、空の機体へと照準を定めた。装填に時間はかかりそうではあるものの、良い牽制役となってくれるだろう。
「おっと、お前の相手は俺だ!!」
前線を抜けようとした重鎧機体へと剣を振りかぶれば、衝撃により足元の地形が音と共に沈む。向こうも黙っていられないと繰り出された反撃を受け流したものの、その威力はなかなかのものであった。受け流すことはできるが、続けば押される。それはいずれ決定打となり得るだろう。
「なら活かさん手はないよなぁ!?」
攻撃の速度を増やしてやればいい。恭也はドラグーンアーマーから剥ぎ取ったサブアームを稼働させた。太刀打ちできる可能性を増やすことは、守りを固めることに繋がるのだから。
「火力と手数は多い程良いってな……とはいえ長引けばまずいのは目に見えてる」
できれば援軍が来て欲しい、そんな願いは戦場へ現れた新たなる機体のお陰で形を成したように思えた。