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楽園に至る者達へ

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06.果つる底なき快楽

 丘の上の研究所にある竈の並んだ部屋では、来訪者と信徒の激しい戦いが続いていた。信徒はいずれもある程度のレベルを備えており、単純な人数差で来訪者は劣勢を強いられていた。
 このままでは押し切られると危惧した時だった。
「美少女フィギュアの気配がしますぞ!」
 ハイテンションで駆け込んできたウィン・チェスターは部屋を見回してラメーダの姿を捉えた。
 彼はゴーレムであるラメーダを美少女フィギュアと認識していた。元世界の文化からロボットやアンドロイドと呼ぶ来訪者は多いが、愛玩人形のように考えるヒトは流石に少なかった。
「生ラメーダたん……これほど美しい等身大美少女フィギュアは初めて目にしましたぞ!」
 興奮に呼吸を荒げながらラメーダに迫っていく。
 どれだけ容姿に恵まれていても、残念過ぎる性根に歪められた表情は変質者のそれである。イケメン補正にも限界があった。
「どこまで精巧に造り込まれているのか気になって初夜まで待てませんぞ」
 ウィンは法衣に包まれたラメーダの裸体を想像して舌舐めずりする。
 欲望に塗れた鋭い眼光は快楽至上主義の負の側面を体現していた。
 信徒達は自らの突き進む信仰の道を阻む存在に思わず後退ってしまう。
「ラメーダたん……ハァハァ、ラメーダたん……うぉぉぉぉっ! もう辛坊たまりませんぞー!」
 一瞬で脱ぎ捨てられた装備がその場に人型を保つように残されて、下着一枚になったウィンはまるで水面に飛び込むような姿勢で宙を舞っていた。シーフの華麗なる身の熟しと、冒険者として鍛え上げられた身体能力が如何なく発揮されていた。無駄遣いの極みである。
「貴方は一体なんなのですか!?」
 ラメーダは身の危険を感じて必要以上に大きく回避した。
 催淫効果を受けていない筈なのにタガが外れた変態に戸惑いを隠せない。
「ハァハァ……ラメーダたん、人目が多いからといって恥ずかしがる必要はありませんぞ」
 ウィンはラメーダの明確な拒絶を気にした様子もなく――というより勝手な妄想解釈でグフフとニヤついて悦んでいた。無敵かな?
「今度は素直に受け止めてもらいますぞ!」
 再び勢いをつけてラメーダに飛び掛かった。
 両手を広げて無防備に身体を晒す。疑いの意思を微塵も感じさせない全幅の信頼に身を委ねていた。それが本人の思い込みでなければ美しい献身だった。
 捻りのない正面からの突撃なので、二度目となればラメーダには冷静に対処されてしまった。
 最低限の体捌きでラメーダに避けられて、落ちる先には蓋を開けられた大釜があった。密かに立ち位置を誘導されていたのだ。
 大釜の中には目一杯に注がれたピンク色の粘液が波打っていた。ヘヴンスライムと他の液体を混ぜた実験溶液だった。
 ウィンはスライム風呂に真っ逆さまに落ちていく。
「ぬぅぉぉぉぉぉっ!?!?」
 熱せられた粘液がウィンの身体に纏わり付いて放さない。様式美として親指を立てながらウィンは大釜に沈んでいった。ラメーダの手でヘヴンスライムの蒸気が部屋に充満する前に蓋は閉じられて、ウィンの叫び声は聞こえなくなった。
 仲間扱いをされるの甚だ不本意だと思われるが、ウィンの乱入が結果的に追い詰められていた来訪者の危機を救うことになったのは実に運命の皮肉である。


 微妙な空気になった戦場に紅紫 司は足を踏み入れる。
 ウィンの闖入で隙を晒した信徒達に攻撃するわけでもなく、戦う意志すら見せない司に注目が集まった。
 司とラメーダの視線が交わされる。
「あんたがこの村の信者を束ねているみたいだな」
「私は単なる信徒の一人に過ぎませんよ」
「お前自身の認識はそうなのかもな。だが周りの奴らを見ればどう扱われているか分かるさ」
 それぞれに聖職者らしからぬ聖職者同士が向き合う。
 司は戦いのためではなく対話のためにやってきたのだ。
「天楽快ってのは、どういうつもりで快楽至上主義なんてものを掲げているんだ? 俺には神の品位を貶めているようにしか見えないんだが」
 ウィンが沈んだ大釜を見ながら言われると、ラメーダにも反論を口にするのは難しかった。
「悲しいことですが、最もな疑問でしょう」
「つまり認めるのか? お前達の言う救済とやらが、フィルマを誰彼構わず姦淫に耽ることを良しとする邪神に仕立てた先にあるってのを」
「私達の信仰が多くの誤解を生むものだとは理解しております。ですが、フィルマ様の御名を穢すのは本意ではございません」
「結果的にそうなるって話だ。やがて人々はお前達のみならず、フィルマを淫蕩な邪神として見做すようになるかもしれないぞ」
 司はマグメルでアコライトとして活動しているが、創世神信仰にこだわりがあるわけではない。今回も異端信仰を止めるというより、信者の暴走で品位を貶められるフィルマのこと考えて、一言ぐらい言ってやりたくなっただけだ。
「淫蕩と言われれば聞こえは悪いですが、生殖行動は生物の繁栄には必要不可欠な営みです。ウーブレック村の在り方は快楽に溺れる状態にありますが、決して方向性は間違いだとは思っていません」
 ラメーダはウィンの沈んだ大釜を避けて、それ以外の大釜を手の平で示した。
「この部屋は信徒の間で実験室と呼ばれています。ヘヴンスライムは未だに発展途上にあるのです。宿主の理性を呑み込んで暴走させてしまいますが、いずれは制御可能な個体が誕生することでしょう。いいえ、生み出してみせます」
 司は眉根を寄せた。
「俺が問いたいのはやり方だ。即物的な快楽に縋るなんて真似をして、それ以外の方法は考えられなかったのか?」
「私はヒト種族の幸福を願っております。では、幸福とはなんでしょうか?」
 問い返されて、司は応えようとしたが――ラメーダの目に自分が映ってない事に気付いて押し黙った。
 これはただの自問自答で独り言だ。
 いや、最初からそもそも言葉を交わせていなかったのかもしれない。
「幸福とは満たされた状態であり、それ以上を求めない完成された状態です。そのためにかつて私は平和を求めました。ですが外敵を失ったヒトは次に何を始めたでしょうか? そうです……ヒト同士で争い出しました」
「だからすべてを快楽で塗り潰すと?」
 ラメーダは悲しげに目を伏せた。
「世界には争いが満ちています。数多くの来訪者から、数多くの世界を知りました。いずれの世界も争いに満ちていました。平和を実現しても崩れ去ってしまうのです。それは格差があるからです。他者と比較するからです。永遠に満たされないからです」
 ラメーダの瞳が怪しく輝いた。
「ヒト種族を結び付けて満たすのは愛、生命を増やす不可欠の要素こそが性交。パートナーを見付けるのに力の強さや頭の良さ、容姿の違いで競えば、いずれ格差を自覚して憎しみが芽生えます。だからありとあらゆる要素を超越する高レベルの“快楽”を誕生させて塗り潰すのです。
 ヒト種族、魔族、魔物、来訪者――私はこの世界に至る遍く生命を終わることのない快楽で満たします。快楽の道には多くの苦難が訪れるでしょう。それは時にはフィルマ様の御名を穢すこともあるでしょう。ああ、ですが、その先にこそが恒久的な平和が、すべてのヒト種族の幸福が待っているのです」
 司は長々と語られる演説を憮然とした顔で聞き終えた。
 理解して興味を失った。
 ラメーダの目は信じる者の眼ではない。諦めた者の眼だ。
 普通の手段では幸福に導けないから極端な結論を出した。それはヒトの可能性を捨て去る独りよがりな考え方だった。
 あるいは自動的に快楽を与え続けられる世界は、生物にとって最大効率の繁殖を実現した世界なのかもしれないが、好き嫌いで言えば――反吐が出る。
 司は萎え切った心に活を入れて、力強く拳を握り締める。
 ラメーダの懐に天技【殴りアコ・天魔覆滅】を叩き込んだ。
 その一撃は予想通り軽いものになった。
 ラメーダ本人は信仰心の塊だと思い込んでいるし、司にとっても払うべき不浄な者というより単なる“迷い子”のようなものだったので、天技の力は発揮されなかった。
「悪い。快楽を教義に掲げるもんだから滅すべき淫魔の一派かと思った。後は好きにやってくれ……俺からはもう何も言うことはない」
 心にもない謝罪と、一抹の憐れみを残して背を向ける。
 背後で再び争いが始まるが、もう介入する気はない。
 考えるのは帰り道のことだ。村人やスライムに襲われて面倒なことにならなければいいな、と司は思うのだった。
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