10.楽園の門
クロウ・クルーナッハは雨に濡れて垂れ下がる前髪を掻き上げて、倉庫前の地面に並べられた小箱を見渡す。メリアドネの協力で氷属性魔法を使ってすべて氷付けにされていた。
「持ち出せるだけ持ち出したが、問題は倉庫内の後処理だな」
ウーブレック村と権力者の繋がり示す証拠を確保するために、クロウは一足早く倉庫を脱出したが、戦いはまだ続いている。どちらが勝利を収めるにしろ、解凍されてしまった大量のヘヴンスライムをどうするかという問題が残されていた。
「完全に凍らせたら中の人も死んでしまうからね。まあ一部はそのまま死んでくれてもいいんだけど」
メリアドネが毒を吐くの聞きながら、クロウは倉庫の扉を見詰めて腕を組んだ。
「熱く燃やしても死因が変わるだけ……地道に犠牲を払いながら核を潰すしかないのだろうか」
クロウは戦闘の観察と幾つかの実験で、ヘヴンスライムの恐るべき生命力を把握していた。
ヘヴンスライムは凝固や気化しても、一定以上の大きさを取り戻して粘体に戻ると核を再生成して復活する。その特性を考えれば餓死は期待できない。仮死状態になって半永久的に生き残る可能性が高い。
対処方法に答えを出せないまま時間が流れていき、倉庫から次々と来訪者が出てきた。五体満足であるが誰も彼もが装備を溶かされて扇状的な格好になっていた。
最後に出てきた来訪者は、防具のみ無事な冥土様――
ジェノ・サリスだった。彼は倉庫の扉を閉じると、その拳を握り締めて何やら強力な技を倉庫に放とうとする。
「まとめて冥土に送って――」
「――冥土送りは少し待ってもらえないだろうか」
クロウは天技の発動を間一髪止められた。
「放置すれば中のスライム共が外に出てくるぞ」
「まだ中には餌食になった信徒も居るだろう。彼らを殺さない程度に威力を抑えた状態ではスライムは全滅しない。壁を破壊され自由を得たら生き残りが暴れ回って、周辺の土地はソドムとゴモラもびっくりな肉欲に染まることだろう」
ジェノは倉庫内で繰り広げられていた肉欲の宴が、全世界に広がる光景を想像して顔を青くした。
「だったらどうするつもりだ? 雨程度での冷え込みでは活動は止まらないぞ」
「なるほど、適温か」
クロウは天技【シュタイン】で作り出した結晶を手の平で転がす。
それは自らの生命力(体温)を宿しており、ほんのりと熱が伝わってきた。
「お望み通り楽園に送ってやろうではないか」
――クロウの作戦説明を受けて、倉庫を囲うようにメイジがずらりと並んだ。
「つまりどういうこと……?」
首を傾げるメリアドネに、クロウは改めて説明する。
「ヘヴンスライムは温度変化に敏感だ。人肌に触れるだけでも気化する。それが催淫効果に即効性がある理由の一つとなっている。彼らに纏わり付かれた生物は自らの体温で粘液を気化させてしまい乱れた呼吸で大量に吸い込んでしまう。幸いにも取り込まれたヘヴンスライムは消化されて生き残れはしない」
メリアドネは作戦の理解が追い付いて、消化の意味するところに愉悦を覚える。
それならばイサムに長く味わってもらえるというものだ。
「焼き殺すのではなくて倉庫の中に居るヒトに、気化したヘヴンスライムを消化してもらう。心配することはない、ヒトにとっては少し熱帯寄りではあるが“適温”の範囲内だ」
クロウの合図で倉庫の外壁に向けて火が放たれようとして、ガンガンガンと激しく扉を叩く音が聞こえてきた。金属製の重い扉が徐々に開こうとしていた。
「不味いな、理性を保っている者が残っているとは。手の空いているものはすぐに扉を――」
クロウが言い終える前に内側から扉が開かれてしまった。
姿を現したのは全身にスライムを纏ったイサムだった。目を血走らせながら獣のような咆哮を上げる。
このままでは大量のヘヴンスライムが世界に解き放たれてしまう。
誰もが絶望した瞬間、中央広場から駆けてくる人影が一つ。
味方の火属性魔法が放たれる中に躊躇いもなく飛び込んでいった漢の名は
紫月 幸人だ。ただし全裸である。
持ち前のフィジカルと全身に纏ったヘヴンスライムのお陰で信徒も迂闊に手出しできなかったので最後まで生き残っていた。バケモンにはバケモンをぶつけたら危険だって、「呪いのビデオ」と「呪いの家」のタッグマッチで学ばなかったのだろうか。
幸人はパステルピンクに覆われた体で、倉庫から抜け出そうとするイサムにタックルした。
しかし、イサムは踏み止まる。扉の奥まで押し込まれない。
今度こそダメなのか諦め掛けた瞬間、木々の間を駆けてくる人影が一つ。
周囲の視線を物ともせずに躊躇いもなくその身を晒した女の名は
エリカ・クラウンハートだ。ただし全裸である。
人知れずヘヴンスライムに敗北したかと思われていたが、限界突破した快楽に順応してヘヴンスライムと共存を果たしたのだ。ガンギマリで瞳孔がハートマークになっていて正気の欠片も残っていない。でも幸せならOKです(サムズアップ)。
エリカは快楽の渦巻く倉庫に引き寄せられて、幸人と並んでイサムを突き飛ばした。
二人に押し込まれたイサムは遂に体勢を崩して扉の向こう側に押し込まれた。
クロウは扉を閉ざそうと駆け寄る。幸人とエリカの二人と目が合った。彼らは信徒が外に出ないように押さえ付けながら内側から扉を閉ざそうとしていた。
「本当に構わないのか。ヘヴンスライムの活動停止が確認されるまで開かれることはないぞ」
最後の問い掛けに二人の全裸は微笑んだ。それはもうだらしなかった。
「あ、はい」
お陰で躊躇無く扉を閉じられた。
火属性魔法を使えるメイジが並んで倉庫を熱し出す。クロウは全体の指揮を取り温度を管理した。
外側から熱せられたことで、内部のヘヴンスライムが活性化する。
分厚い壁と扉を貫通して倉庫内の漏れ聞こえてくる嬌声は、静まり返ったウーブレック村に響き渡った。
天楽快は確かに楽園に至った。ついでに至りまくった(意味深)。しかし、外側から聞けば、行き過ぎたオホ声は断末魔のようにも聞こえるのだった。
* * *
信徒と村人は研究所と倉庫を失ったことで降伏した。
理性ある者はこれまでウーブレック村を支えてきた裏の稼業が大打撃を受けて意気消沈していたが、ほとんどの者はヘブン状態のままで幸せそうだった。
大勢が決した状況にあっても、まだ抗う者は残っていた。
その内の一人を
水元 遥は追い掛けて地面に叩きのめす。
「くそっ、これさえあれば私達は……!」
「もう罪を重ねるのは十分でしょう」
遥は最後の力を溜めた拳を振り下ろして、諦めの悪い信徒を気絶させた。
信徒が最後に見た光景が遥の姿だったのは幸いだったかもしれない。親切な“剣の花嫁”から貸してもらった冒険者のマントを羽織っているので、最低限には肌を隠すことができているが、マントの裾からちらちら覗く太腿が逆にエロく見えるのは人体の神秘である。
「村の外まで逃げるなんて、この箱の中には、そんなに重要な物が入っているのかしら?」
倉庫から持ち出したものらしいので、警戒して足先でちょいと突いてみた。
――どこぞの世界の量子知性体が創世神からコンタクトを受けた一幕。
『フェスタもチートスキルで無双したいですよ? でもここから出られないですし……あっ! それならちょっと売り込みたい商品があるです!』
なんてことがあって自慢の触手を紹介されたらしいが、使い道もないので処分しておいてと頼んだ筈が――巡り巡ってラメーダの手に渡った。
そしてヘヴンスライムとの実験に使われて誕生したのが、こちらの
イーサスライムです。
パステルピンクの触手が遥の足に絡み付いた。
「えっ……?」
忘れた頃にフラグ回収はやってくる。
箱の蓋が内側から持ち上げられて出てきたのは、無数の触手を生やしたスライムだった。
後退しようとするが激戦で酷使された体は思うように動いてくれない。足を掴まれたままその場に仰向けで倒れ込んでしまう。
「あ、ああ、あああ……」
疲れ切った体に快楽が染み渡る。
ヘヴンスライムの催淫効果とイーサのテクニックを身に付けたイーサスライムは、得意技のマッサージを披露するために飛び掛かってきた。
「誰か、助けっ……ひゃあん」
冷たい感触が素肌に触れて、思わず可愛らしい声を漏らしてしまう。
這いつくばって逃げようとするが、足から這い上がってきた触手が執拗に絡み付いてきて決して離そうとしない。
「やめなさい、ちょっと、足を広げないで! 変なところに触るんじゃないわよ! そこは、ダメっ……きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
草原に悲鳴混じりの嬌声が響き渡った。
悲鳴を聞き付けた冒険者の手で無事に保護されたが、その場にはびくんびくんと震える遥の姿だけが残されていた。