01.プロローグ
――“西部共和国”とある屋敷の応接間。
窓から差し込む月光。
燭台に灯された蝋燭の火。
薄暗い室内で、二人の男が机を挟んで向き合っていた。
備え付けられた調度品に目を引くような派手さはないが、見る人が見ればどれも歴史ある一流の品であることに気付くだろう。
伝統を重んじる在り方とさりげなく示される財力。共和国内の情勢を考えれば屋敷の主が一筋縄ではいかない人物であろうことが窺えた。
「先触れが直前になったことから、緊急の用件とお見受けする。さて、この老骨がお力になれるかどうか」
今まさに
川上 一夫が向き合っている相手こそが、屋敷の主である
セオロ・ドルトバームだった。
持ち前の真面目さでこつこつと築いた一夫の人脈は共和国にも広がっており、繋がりを得た有力者の一人がドルトバーム家前当主のセオロだった。
ウーブレック村に踏み込む前日の夜に、セオロを訪ねたのにはもちろん理由があった。
セオロの老齢に見合わない性豪振りは社交界では知れ渡っている。
そして彼と親密な一部の者のみがその裏側を知っていた。
冒険者ギルドから引き受けたウーブレック村の件と個人的な情報網が合わさった結果、一夫は偶然にもその裏側――性豪の秘密に辿り着いたのだ。
「ウーブレック村の特産品についてです」
「ドルトバーム家の治める土地に、ウーブレックという名の村は確かに存在しておるのう。目立った特産品は無かった筈だが、まさかカズオ殿の口からその名を聞くことになるとは思わなんだ」
一夫は緊張に干上がる喉を紅茶で潤す。
味も香りも楽しむ余裕はなかったが、恐らくは一級品なのだろうと思った。
婿養子に当主の座を譲り渡して、隠居の身であるとセオロ本人は公言しているが、その影響力を隠然と発揮し続けているのは周知の事実である。一夫がドルトバーム家の現当主よりも先代のセオロとの繋がり優先したのはそれが理由だった。
個人的な友好関係を築くことに成功していたが、交渉の場で向き合うと普段の好々爺然とした振る舞いが嘘のように思えた。ソファにゆったりと腰掛ける姿さえも抜き身の刀を錯覚するような鋭さを纏っていた。
次の発言で運命は決まる。
一夫は意を決して本音をぶちまけた。
「妻との夜の営みで使いたいので、どうか媚薬の調達先を紹介してください」
「媚薬とは、いきなり物騒な代物ですな」
「以前、お伝えしたとおり川上家は妻と娘四人……男児に恵まれませんでした。しかし、妻とはすっかりご無沙汰で、気付けば私も妻も好い年です。この焦燥感はセオロ殿であれば、お分かり頂けるでしょう?」
恐妻家であり実子は娘だけという共通点こそが、一夫とセオロを結び付ける切っ掛けだった、
世界や身分は違えど二人の立つ場所は同じだった。
一人の男であり、一人の父であり、一つの家の主である。
燃えるような夜を、念願の男の子を、夢に見た家庭を――叶う可能性があるのであれば、それが媚薬であっても手を伸ばす。
「いやはや、意地悪が過ぎましたな」
応接室の張り詰めた空気が霧散した。
セオロが差し出してくる手を、一夫は躊躇いなく握り返す。
美しき秘密を共有する“素敵な友人”がまた一人増えるのであった。
■目次■
01.プロローグ・目次
02.飛び込め、因習の村
03.一級フラグ建築士
04.世界平和を夢見て
05.丘の上の秘密
06.果つる底なき快楽
07.逃れられぬ者
08.武装がないなら拳を使えばいいじゃない
09.情動に誠実であれ
10.楽園の門
11.エピローグ