「ぐっ……不覚!」
「なんの、大事ないぞ兄者! ふんぬ!!」
弟分は兄貴分のピンチを脱するため、渾身の力を後足に込め、強引に体を起こした。
だが依然、隙だらけなのには変わらない。
ロングクロスボウを手に距離を詰めたジャスティンが動きを奪うべく矢を放つ。
「シン・カイファ、行け! 軛だ! 軛に取り付くんだ! 挟まれて潰されないようにな!」
ナムバレットの矢が突き刺さり、牡牛の動きを奪う。
その隙にシンが右の牡牛の角を掴み、そのまま強引に頭の上へとよじ登った。
「ははっ! 今度は成功したぜ! さっきのお返しだ!!」
牡牛の首に跨ったシンはSilver Foxを突き立て、ちくちくとその頭部を攻撃する。
ヴォーギングはますます怒り狂った様子でシンを振り落とそうと暴れ始めた。
「きっ、貴様ぁあああ!! 我は馬ではない! 降りぬか!!」
「あっ、兄者落ち着け! 我も巻き込まれる!!」
シンを乗せた兄牛は「ロデオ」のような状態になり、弟牛はそれに振り回される格好となった。
無理をしてシンがヴォーギングに組み付いた理由はこれだった。
軛に繋がれたヴォーギングの連携は強力だ。
だが「仲違い」させることができればその力を半減できるのである。
(くっ……! 頭硬いなこいつ! 傷つけすぎるのは避けたいが、その心配はなさそうだ!)
シンは必死で食らいつきながら、ヴォーギングの頭部を攻撃し続けた。
隆起した角の付け根に守られ、ヴォーギングの頭部は異様な硬さを持っていた。
だが攻撃されれば痛いのには変わらないらしく、ヴォーギングは必死にシンを振り落とそうと暴れる。
ジャスティンはその周囲から矢を放ち、シンが落とされぬよう援護し続けた。
「踏ん張れ、シン・カイファ! このまま力尽きさせるぞ!」
「っ! やれるだけやってやる……! ヴォーギング、お前もそろそろあきらめろ!!」
砂漠での攻防は佳境を迎えていた。
その様子をフアニスや調査室のメンバーも固唾を飲んで見守っている。
「ファニスさん。あの存在や、このユレイヒという人物はどのような方なのか、教えていただけますか?」
ジルディーヌは結界を維持しながらフアニスに問いかける。
周囲の部下たちが代わって説明しようとすると、フアニスは静かに首を振った。
「あの精霊は恐らく聖獣ヴォーギング様です。そして王子と名乗っておられたあの方は……旧チャタリアンサ王国の前国王ハリナサルタンの兄上・
カリハルド殿下のご長男です」
恐らく、というのはフアニスや旧3国の者たちも実物のヴォーギングを見るのは初めてのためだろう。
長らくその存在は伝承の中だけで語られる存在だったのだ。
「ユレイヒ様は王子と名乗っておられましたが、旧王国では『王子・王女』は君主の直系の子女のみに許された称号です。さらに王族ではあらせられますが、王位継承権は存在しません」
「では、『自称』王子様なのですね?」
「何から何まで全部、親父のカリハルド殿下が悪いのさ。あの方をきちんと教育なさらなかったのは王兄殿下だ」
黙っていられなくなったのか、先ほどの年嵩の部下がそう口を挟む。
彼は調査室の副室長で
ドーハという名のようだ。
「室長には悪いけど、アンタたちには知ってもらった方がいい。俺から説明するよ。カリハルド殿下とユレイヒ様は室長や俺にとっちゃ『仇』なんだ」
「仇……?」
「ああ、あいつら親子ほど性根の曲がった王族はこの世にいねぇ! あの『性悪親子』は20年前、俺の部下だった室長の両親を遺跡ごと生き埋めにして殺したんだよ!」
口角泡を飛ばすドーハの傍らで、フアニスは静かに嗚咽を上げていた。
ドーハが語ったのは、それまで「王太子」とされていたカリハルドが王位継承権を妹ハリナ王女に譲ることになったエピソードだった。
発掘調査員だったフアニスの両親はその頃、とある遺跡を調査していた。
調査に当たっては旧チャタリアンサ王国の許可を得ていた。
だがある時、カリハルドが突然やってきて遺跡の発掘の中止を命じた。
「この
シーブヤー遺跡はもう埋めることにする。その仕事はユレイヒ、お前に任せよう」
カリハルドが幼いユレイヒに手渡したのは時限式の爆弾だった。
ドーハが「まだ地下に作業員がいる」と訴えるのも聞かず、カリハルドはユレイヒに爆弾を持たせ、投げるように命じた。
父に促されたユレイヒは、面白半分に爆弾を発掘坑へと投げ落とした。
その結果、大規模な崩落が起き、フアニスの両親を含む12人が生き埋めになって亡くなったのだ。
「当時の法律では、王族が平民を殺しても罪にはならなかった。だが国王陛下が分別のある方だったのが我々にとって唯一の救いだった」
カリハルド、そしてハリナサルタンの父であった当時のチャタリアンサ王はおもちゃのように爆弾を扱った孫のユレイヒ、そして我が子に人を殺させた息子カリハルドを許さなかった。
王は2人に対し「もう二度と自分の前に顔を見せるな」と怒り狂い、王族である2人にとって可能な限り重い罰を与えた。
「カリハルド殿下は王太子を外され、王位継承権を剥奪されたうえに王宮から遠ざけられた。ユレイヒ様にも成人すれば爵位が約束されていたがそれもなくなった」
数年後に即位したハリナサルタンはすぐに法律を変え、フアニスや事件の遺族に対する補償を手厚く行ったという。
フアニスも国から支払われた多額の賠償金のおかげで高等教育の機会を得て両親と同じ道へ進むことができた。
だが愛する両親、そして大事な部下を奪われたフアニスやドーハの怒りや悲しみを消すことなどできなかった。