「おーい牛ズ! えーっと? ヴォ―キング……さん! ああ、そっち! 右の人! いや牛!」
話を聞け! と叫びながらシンは青い炎をまとった鞭をヴォーギングの首に絡めようとする。
反対側からはマルチェロが声を上げた。
「話をさせてほしいんです! 止まってください!!」
「ええい、うっとおしい!!」
「邪魔だ、退け!!」
ヴォーギングは大きく咆哮すると、軛に繋がったまま後ろ脚で立ち上がる。
後ろの4本で強引に上体を持ち上げ、前脚を自由にした格好だ。
そして右のヴォーギングは大きく頭を振り、鞭を使ってよじ登ろうとしていたシンを強引に跳ね飛ばした。
「うわぁっ!?」
「シン・カイファ!!」
跳ね飛ばされたシンは砂の山の上に落下し武器を落とした。
幸い砂がクッションになったためシンはすぐに立ち上がることができたが、シンは自分の身が危ういことに気づいていた。
「まずいな……アレは避けられないぞ」
棒立ちになったヴォーギングの周囲には激しい砂の渦が纏っていた。
そして4つの目はまっすぐにシンを睨み据えていた。
(あれはどう見ても、シン・カイファに向ける気満々だな!)
これは危険だ、と察したジャスティンはさらに矢を番え、ヴォーギングを狙い撃つ。
ロングクロスボウにはナムバレットの麻痺矢が番えられていた。
矢は片方の牡牛に当たり、その身を痺れさせたようだった。
だが次の瞬間、もう片方の牡牛が大きく咆哮した。
「ォオオオオオオオ!!!」
太い咆哮が響き渡った瞬間、周囲に大きな揺れが発生し、同時に地面に幾筋もの大きな亀裂が走った。
だが、ヴォーギングはただ「ひび割れ」を起こしただけではない。
その亀裂は標的を見定め、奈落の底へ突き落とさんとしていた。
「避けろ、マルチェロ!! 狙いは俺とマルチェロだ!!」
「っ、あの状態からでも発動可能なんて……!!」
亀裂が自分に向かってくるのを見たジャスティンは急いで回避した。
マルチェロもジャスティンの声に素早く反応し、地割れに巻き込まれるのを免れた。
だがこの間にヴォーギングは泥沼から抜け出していた。
「こら、気をしっかりしろ!」
「うむ恩に着るぞ、兄者」
ヴォーギングは麻痺を振り払うように砂の上を走る。
その進行方向にはフアニスたちを守るジルディーヌがいた。
竜一は盾を構え、牛たちの前方を塞いだ。
「行かせない!!」
「ぬっ!!」
アイギスの正面から左の牛の額がぶつかり、激しい衝突音が響く。
地面を踏みしめながら、竜一は跳ね飛ばされることなく耐えていた。
だがここから即座に次の行動に移るのは簡単なことではなかった。
(見た目よりも重い……! 盾で返すのは無理か!)
さらに相手は2体なのだ。
牛たちは砂の上で蹄をスライドさせると、盾を押さえた1体を軸にもう1体がグン、と竜一の真横に回り込んだ。
そして強引に方向転換し即座に距離を取って助走を稼ぐと、脇腹めがけて再度の突進を図ったのである。
(素早い! 2体が縛り付けられた状態でこの動きが可能なのか! しかも麻痺矢を打たれたばかりだぞ!)
幸い、竜一は牛たちが突進を図るよりも早くこれに反応した。
盾を翻し、2体が突っ込んでくるのに合わせて前へ突き出したのだ。
「うぬっ!?」
アイギスは2体の牡牛の間へ押し込まれるように突き出され、その勢いを崩した。
だがそれでも跳ね返すには至らず、竜一の体は牛たちに押され砂の上を滑ってゆく。
(くっ……! これではまだとても、話ができる状態じゃないな!)
足元が硬い地面であればヴォーギングはもっと容易に倒すことのできる相手だったのかもしれない。
牡牛たちは冒険者たちよりもこの滑りやすい砂の上に慣れているのだ。
「フロートさん、今回は私の護衛ではなく、攻撃側に回ってください」
師走 ふわりはセクスペタルムで身を守りながらホーリープロテクションの術式を発動する。
その表情から、相手の正体が読み切れていないのだと悟った
フロート・シャールは分かったと返事をした。
「だったら、守るべきはフアニスさんね。この勢いだと砂船ごと吹っ飛ばされかねないわ」
ヴォーギングが力任せに攻撃を繰り出せばあの堅牢な車体も危ういかもしれない。
フロートはフアニスや調査室のメンバー、そして砂船の前を守るべく機士の剣を抜いた。
(あの2体、ずっと繋がったままなのかな? もしかしたらその方が狙いやすいかもしれないけど)
シルフィ・ウィンディアは双葉の弓槍を手にヴォーギングとの距離を大きく取りながら自分の立ち位置を決めかねていた。
2体の勢いは凄まじく、動きも早い。
一度狙いをつけられればあっという間に接近され、空高く跳ね飛ばされてしまうのだ。
(ここがギリギリかな。槍で狙うなら、これ以上離れない方がよさそう)
本当ならば双葉の弓槍を弓形態に変えたかったが、シルフィには今回その手段がなかった。
だが仲間と連携して動くことができればヴォーギングの勢いを止めるのに大きく貢献できるはずだ。
(フロートの攻撃のタイミングに合わせよう。多分、フロートも接近戦を仕掛ける味方の動きを見てる)
シルフィの視線に気づくと、フロートは大きく頷き返した。
そしてセクスペタルムを手に少しずつ前へ出ながら、長距離攻撃を行う者の射線と被らない位置へと移動していく。
ふわりも2人から離れすぎない距離を保ちつつ、ヴォーギングが「何物」なのかを探り続けていた。
(魔物であれば間違いなく固有の個体……ですが、魔神の加護を得ているかどうかまではまだ分かりませんね)
かつて「神」を名乗った魔物がいたことをふわりは知っている。
ヴォーギングもその類なのだろうか、それとも違うのだろうか。
まだその判断をするには材料が足りなかった。