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黄金の軛【Ⅱ】

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黄金の軛【Ⅱ】
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1.暴れ牛の瞳

「王子様! お気を確かに!」 
「王子様、しっかりなさいませ!!」

 家来たちが慌てふためきユレイヒを介抱する。
 目の前で起きた光景を前にシン・カイファ・ラウベンタールは「なんだぁ?」と顔を顰めた。

「一体あのアホい自称王様になるんだの王子様はなんなんだ? あれじゃ付き従う臣下も気の毒なこったな」
「見たところ、ヴォーギングもあの軛を壊されるのは望んでいないらしいしな」

 ジャスティン・フォードがロングクロスボウを手にする。
 距離をとりながら射撃のチャンスを狙うつもりのようだ。

「そもそも、『王と認めろ!』と口に出してしまえる時点で、あの男は王の資格からかなり距離がありそうだがな」
「結果、今の状況というわけですね。とはいえ、ああも軛で繋がれてしまっていては、2頭の気持ちが一致していないと、満足に動けなくなるでしょうね」

 マルチェロ・グラッペリは2体を別々に攻撃すべきと提案した。
 2体が繋がっているこの状態を利用しようというのだ。

「そのうえ、あの大きさです。質量的にも大変でしょう。右の牡牛を頼みますシン・カイファ。私は左を集中的に相手します」
「ああ、分かった。とにかく止まってもらわないと話もできそうにないしな」

 シンはコメットテイルとSilver Foxを両手持ちにする。
 そしてジャスティンはその場から大きく距離を取って矢を番えた。
 ジャスティンが攻撃するチャンスを作り、シンとマルチェロがヴォーギングに近づく作戦のようだ。

「あのヴォーキングというのは、こちらが引きつける! ジルとリンクは、ファニスさん達を後方に!」

 青井 竜一は聖光剛剣を抜き、風上に向かって構えた。
 ユレイヒは牡牛の一突きで星識 リンクの頭上、そして砂船をも軽く飛び越え、はるか後方の砂の上に落下した。
 
「わかったよ、リュー兄! 行こう、ジル姉! さっきぶっ飛ばされたあの人も、ほっといたらボクたちの戦いの邪魔になるしね! そういう人達には、下がっててもらわなきゃ!」
「ええ、お気を付けて、マスター」

 ジルディーヌ・ベルセネーも竜一を見送り、その場に残った。
 今回の任務では戦えぬ者が何人も参加している。
 そのうえ、どうやら気を使わなければならなそうな者が新たに増えたようだ。

「フアニスさん、調査室の皆さんも、これ以上は前へ出てはいけません。あなた達は後方に下がってください」
「ええ、すみませんがお言葉に甘えさせていただきます……!」

 運輸局交運企画部企画課特別調査室の調査員たちはジルディーヌに従い、砂船の後ろに身を潜めた。
 砂交じりの風が吹き殴り、ジルディーヌの聖銀のローブの裾が膨れ上がる。
 神罰の聖典が飛ばぬよう握りしめた手元には賢智の指輪が光っていた。

「輝神よ、この場を守りたまえ!」

 結界の術式が発動し、オータスシェルターが砂船の周囲をドーム状の光で覆う。
 風と砂の影響がなくなり、調査室のメンバーからは安堵のため息が漏れた。

「ファニスさん、彼を治すべきですか?」

 ジルディーヌは聖典を持ったまま、結界の外を視線で示した。
 外では小さな砂船に身を隠しながらユレイヒの家臣たちがどうにか彼を介抱しようとしている。
 フアニスは口元をぎゅっと噛み締めたまま返事をしなかった。
 すると年嵩の男性部下がフアニスの代わりに「いい、やめてくれ」とジルディーヌに手振りで示した。

「あいつらがどうにかするさ。アンタは何もしなくていい」
「何か訳があるのですね」

 ユレイヒがそれほど深刻な状態ではなさそうなのを遠目で確認し、ジルディーヌは彼にヒーリングブレスを使うことを見送った。
 本来、フアニスの立場であれば真っ先にユレイヒに気遣わなければ無礼になるだろう。
 だが調査室のメンバーにはフアニスがそうしたくない理由がよく分かっているようだ。

「どうやらあの愚か者が完全に怒らせてしまったようじゃの」

 ミューア・シャミナードは四精の外套で砂嵐を防ぎながら様子をうかがっていた。
 ええ、と頷き織田 鈴奈はミューアから森緑の杖を受け取った。
 そしてそれを邪魔にならぬよう、背中側から斜めに腰に差した。

「下手に近づけばあの王子様の二の舞になりかねませんね。一体、何十メートル跳んだことやら」

 よくも無事だったものだ、と呆れる鈴奈の視線の先にはまだユレイヒの足跡が残っていた。
 そして彼はその場所からはるか遠くにいる。
 ヴォーギングの一突きは一目で鈴奈やミューアにその危険さを理解させた。

「武器は2つあって正解じゃろうな。剣一振きりでは、いつ跳ばされるか分からん」

 ゆくぞ、とミューアが鈴奈に融合を促す。
 鈴奈は大きく頷き返した。

「あれが聖獣ヴォーギングご本人なのかはまだ分かりません。ひとまずは、空から状況をみましょう」
「うむ。話を聞きたいところじゃが、その前にどうにか鎮まってもらわねばの」

 ミューアが鈴奈に憑依し、2人は砂交じりの風に乗って上空へと舞い上がる。
 牡牛たちは荒々しく足踏みしながら冒険者たちを見ていた。
 誰から跳ね飛ばしてやろうかと品定めしているかのようである。

「兄者、この者たちはダイカントウの人種ではないようだ」

 牡牛の片割れが唸る。
 するともう一方が「如何にも」と応えた。

「毛色も匂いも違う。他所から来た傭兵の類であろう」
「どうする?」
「何れにせよ我らの前を阻むならば退けるまで」
「うむ。何者であろうと知ったことではない」

 並列した二頭の牡牛たちは地面を蹴り、凄まじい速さで飛び出した。
 だがこれに対し、ジャスティンがロングクロスボウの狙いを定めていた。

(俺たちはこの国の遺跡や歴史の調査を続行したいわけだ。邪魔してくれるなよ、ヴォ―キング)

 放たれた矢はヴォーギングの足元へと突き刺さる。
 そして即座にマーシュダウンの術式が発動し、泥沼がヴォーギングの足元を絡めとった。

「むっ!」
「魔法矢か!」

 ヴォーギングは足元を絡められ動きを止めた。
 そして頭を振りながら苛立たし気にもがき始めた。 

(美食家を気取りたいわけじゃないが、戦いながら死んだ牛ってのは、かたくて旨くないし、こんなに大きいと解体も大変だ。俺たちにもいい事なんか一つもないんだぜ)

 不意を突かれたヴォーギングには大きな隙が生まれた。
 シンは右の牛に近づき、「おい!」と声をかけた。
 
 
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