「さすがリュー兄! じゃあ、ボクもいくよ!」
リンクは渾身の力をその拳に込めた。
「これがボクの切り札! きひひ!」
圧縮した闘気がその拳から放たれ、ヴォーギングの巨体へと叩き込まれる。
ヴォーギングは砂煙を上げながらすさまじい勢いで背後に吹っ飛んだ。
さらに反対側には鈴奈が回り込み、再びディルビウムの大波を浴びせかける。
(最大出力の大波……! そう何度も耐えられるとは思わないでください!!)
青水晶の剣の先からあふれ出した大波がヴォーギングの足元を攫い、押し流す。
先ほどまでとは違い、ヴォーギングはこの激流からそう簡単には逃れられない様子だった。
だが数十メートルほど後退したところで後足の蹄1つが踏ん張り、その後退を押し留めた。
ヴォーギングも冒険者たちの攻撃を受け、もはや満身創痍である。
まともに機能するのはこの足のみだったのかもしれない。
「走るなら2本……」
「跳ぶだけなら、残り1本あればよい」
ヴォーギングはその1本足の蹴りに凄まじい魔力を込め、繋がった巨体2つを突き飛ばすようにして前へ出た。
砂煙を纏ったその巨体が前にいる竜一を狙って突っ込んでいく。
全身全霊で攻撃を放ったリンクはもう動けない。
だがもう、勝負の終わりは見えていた。
「攻撃の威力を殺したらしいが……リンクの攻撃を受けてただで済むわけがない。ジル、止めるぞ」
「ええ、マスター」
竜一は盾を構え、ヴォーギングの前に立った。
そして両者がぶつからんとした瞬間、アイギスの力が発動した。
「真の切り札は、最後まで取っておくものだ! ジル、いけ!」
「輝神よ、裁きの十字架を!」
空に現れた何本もの光の十字架――パニッシュメントクロスがヴォーギングを貫く。
さらに別方向からも無数の光の十字架がヴォーギングを狙った。
ジェノがジルディーヌにタイミングを合わせ、同じ神裁術を発動したのだ。
(これで両方の牛が止まった! もう動けまい!!)
光の十字架が黒い巨体を貫き、砂の上に縫い留めるのを確認し、ジェノは勝負がついたことを悟った。
竜一が最後の一打とすべく、剣を振り翳し前へ出たのだ。
「俺たちの話を聞いてもらうぞ……ヴォーギング!!」
「っ……!」
「我らは、まだ……!」
ヴォーギングは周囲に砂をまとわせ、竜一の攻撃を阻まんとした。
だが既にバリアブレイクの威力を防ぐだけの力はヴォーギングにはなかった。
舞い上がった砂は一太刀で掃われ、2体の牛は竜一の剣に倒れたのである。
「終わりましたね。これで頭は冷えたでしょうか?」
鈴奈は砂の上に舞い降りると、ミューアとの融合を解いた。
ミューアはヴォーギングに近づき、森緑の杖の先で寝そべっていた牡牛の鼻先を小突く。
すると牡牛は鼻の穴をむずむずとさせ、大きなくしゃみをした。
「ぶぇええええーっくしょい!!」
「うーん、兄者……汚いぞ~」
「なんじゃ、元気ではないか。やりすぎてしまったかと思ったぞい」
どうやら生きているらしいと確認したミューアがくすくすと笑う。
すると2体の牡牛は顔を上げ、フンと鼻を鳴らした。
「おかげさまでもう一歩も動けぬわ」
「何なのだ貴様らは……我らを止めてどうしようという?」
「どうするつもりもありはしない。わらわ達は話がしたかっただけじゃ」
ミューアはヴォーギングを見上げ、軛で繋がった姿をしげしげと観察した。
相手が自分と同じ精霊なのかどうなのか。
ハッキリと分かったわけではないが、ミューアは何となく自分と同じものを感じる気がしていた。
「聖獣ヴォーギング、しかも生存しておるとはのう……間違いないのじゃな?」
「我らに寿命はないからな」
「殺されでもしない限りは生きる」
「今日はさすがに危ういかと思ったがな」
「ああ、まったくだ」
満身創痍で動けないにもかかわらず、ヴォーギングは呑気に笑っていた。
どうやら冒険者たちとの戦闘の間に完全に頭は冷えたらしい。
「リンク、立てるか?」
「ありがと、リュー兄」
リンクは竜一の手を取り、ニカッと笑って立ち上がった。
ひどく疲れていたようだが、竜一の手の温かさに安堵したようだ。
そこへ空から周囲を確認していたジルディーヌも舞い降りた。
「周囲が崩れるかもしれません。離れましょう、マスター」
「そうだな。ありがとう、二人とも」
竜一はリンクに肩を貸し、急いでその場を離れた。
その背後で辛うじて形を維持していた崖の突端が崩落し、砂漠の真ん中に巨大な大穴が開いた。
砂の上に寝そべったヴォーギングはその様子を眺めながら、懐かしい光景だと声を漏らした。