【プロローグ】
「各地に伝令を。将軍に異変あり、王命により緊急事態宣言の一部解除および将軍による全指揮権の解除を行います」
リビヤは努めて冷静に振舞い、側近たちにそう命令した。
家臣らは即座に動き始める。
だが彼らはホパークフォリア王国全土に散った兵たちがこの命令に従うかどうかは分からないと口にした。
「畏れながら、旧3国からの再編により、兵士たちの精神的な帰属は国ではなく
ハロド卿率いる軍にあります。命令の撤回が即座に機能しない場合、
『聖なる軛』のメンバーすべてを救える可能性は極めて低いかと」
「分かってるわ。それでも、今すぐハロドの行動に私が反対を示さなければ大変なことになるわ」
人的被害の阻止にはもちろん最大限の努力を行わなければならない。
だが、国王であるリビヤには「最悪の事態のその先」を想定する義務があった。
「今回の事態を仕組んだ人物の目的は『聖なる軛』に対しての口封じ、そして私とハロド……つまり、『国と軍』の仲を裂くことの2つ。それが達成されてしまったとして、我が国が一番恐れるべきは何?」
「リビヤサルタン……陛下はまさか」
側近の額に汗が伝う。
リビヤが口にしようとしていたのは、国王として慎重にならざるを得ない内容であった。
だが既にリビヤはそれを近い未来に起こり得ることとして確信しているようだった。
「外務大臣に伝えなさい、隣国
グリサメリハの動きを注視し、何かあればすぐに報告すること。そして、国境の領地を守る3家に対しては私兵により武装するよう勧告しなさい」
「はっ、直ちに!」
宰相を中心とし、リビヤの部下たちは即座に動き始めた。
国が機能し始めたばかりであり、どこまでリビヤの意図するようにその命令が伝わるかが彼らには問われている。
信頼を損なわぬため、忠臣達は一気にピリピリとした空気に包まれた。
「閣下! 辺境3家への武装勧告はあまりに性急すぎるのではありませんか!」
若い文官が宰相について宮殿の廊下を走りながら声を上げる。
チャタリアンサ王国のアカデミーに学び、政治の知識に自信を持つ彼にはリビヤの行動が聊か焦っているように感じられたようだ。
「私兵といえど、3家の騎士団はグリサメリハからみれば国境兵と同じです! こちらから軍事行為を起こす意思があるととられてしまうのでは……!?」
「お前は黙っていろ! 教科書の知識が通用するような場面ではもはやないわ!」
宰相は息を切らしながら若い部下を叱咤する。
「国家間の誤解云々を恐れて呑気なことを言っていられる段階ではもはやないのが分からんか! リビヤサルタンはかの国でこれから『何』が起こるか見通しておられるのだ!」
「あ……!」
「分かったらさっさと砂船を引いてこい! 私はこのまま公爵にお会いする! お前は庁舎に戻って幹部に招集するよう伝えろ!」
若い部下は宰相に蹴り飛ばされるようにしてマルノーチ王宮を駆けだしていった。
心臓が早鐘のように打っている。
新卒の文官にとって、まさに今回の事態は「初陣」といえた。
「嘘だろう……! 何で、何でもうそんなことまで「読んで」動かなきゃいけないっていうんだ!」
砂船を全速力で駆りながら、文官は泣きたいような気持になっていた。
「第一、どこから何を聞いてたらわかるんだよ! もうすぐグリサメリハの
クルームサルタンⅡ世が崩御して、王女
ドゥッラが即位して我が国を攻めてくるかもしれないなんて!!」
一人きりの砂漠でわめき叫ぶ彼の様子を、はるか上空から見守る「影」があった。
金属の翼に風を受けながら、
スナギツネは王国の未来を憂いていた。
(
牡牛……キミが嫌がりそうなことが、またこの地で起ころうとしているよ。だったら今度は、その前にボクが――)