「そんなの絶対に間違ってる!!」
川上 四穂はぷんぷんと怒りながら拳を握りしめた。
魔法少女は皆の幸せのために頑張ってきたのに、どうしてハッピーな展開を迎えられなかったのだろうか。否、迎えるべき権利は絶対にあるのだ。
「ええ、彼女らは人々の平穏な暮らしを守るために全力で頑張っていましたオジ。身に余るほどの力を求めたのもそのためでしょうオジ」
川上 一夫はそっと眉を下げる。年ごろの娘達が葛藤の末に選び抜いた未来は些か堪えるものであった。戦い、迷い、そして心を壊す。もし自分の家族がそうなったら――考えるだけでも恐ろしいことなのだから。
「パパ、ボクは絶対に幸せにさせるんだからね!!」
「可能な限りそうなるようにするオジ。しかし、もしもそれが叶わなければ……」
手を下す事も厭わない。それが彼女たちの安息ともなり得るのだから。
一夫は言葉を呑み込み、曖昧に微笑んだ。
「よし、深呼吸深呼吸……」
四穂は大好きな香水を纏い、緩やかに胸を上下させる。
「パパ準備いいよ」
「では参るオジ!!」
歌声は人の心を動かしてくれるものだ。そう考えた一夫は星詩を紡ぎ始めた。
題目は人生は春の夜の夢。他の誰の者でもない人生を春の夜の夢に準えた唄である。
魔法少女たちが誰かのために消耗した時間は決して無駄ではない。しかしその人生は魔法少女のものでもある。彼女らに訴えかけるのは自分の人生を犠牲にしないでほしいというものだ。壊れた心が戻るのであれば重畳、そうでなくとも安らぎは与えてあげたいのだと歌えば、周囲に四穂が生み出した桜吹雪が舞い上がる。
「パパの唄を聞いて、ちょっとは心開いて欲しいな」
それで幸せにもなってほしい。四穂が風によってずれたパピヨンマスクを直せば、魔法少女のひとりが杖を振るった。生み出されたのは花弁を阻むような暴風。鋭い音がこちらへ轟くであろうことを見越し、魔力を先程よりも多く注ぎ込む。
あちらにも負けぬ強い風は荒々しさに反し、一夫をそっと持ち上げた(当社比)
当の四穂はリッケンバッカーを乗りこなしての回避。後から追いかける風は魔法少女の心を移しているのかやや刺々しくも思えた。
「絶対に、絶対に諦めないんだから!!」
星音を再び打ち鳴らし、四穂は先程よりも多くの桜吹雪を生み出した。風と風をぶつけてやれば周囲の気流が複雑なものへと変化する。一夫は一瞬だけ唄のテンポを切り替え、地を蹴りバウルソードに手を掛ける。闇よりも暗い刀身を僅かに見せれば、視界の端に四穂の顔が見えた。
祈るような、縋るような目である。
救いたい気持ちは痛いほど理解している。だからこそこの刀で切り伏せようと考えていたのだが――。
「娘に良いところを見せることも、ひとつの救いになるかもしれませんオジ。それにカズオジはマジカルシホのバディーズオジ!!」
柄をそのまま押しやり刀をしまい、一夫は暴風の只中を駆けた。後ろからサポートをしてくれる四穂の魔力を信じて。
しかしその魔力も底を尽きそうだ。荒れ狂う暴風に対処したり、星音を紡ぐのには膨大な魔力を消費する。なんとか打開したい。そして魔道少女とバディーズのように誰かと共に戦うということに活路を見いだして欲しい。
一夫は祈るように唄を紡ぎ続ける。
春は瞬く間に過ぎ去り、桜も直ぐに散ってしまう。しかし木そのものは残り続け、再び春が訪れるのを必死に待ち侘びている。
一度壊れてしまった心もそうであってほしい。誰かと共に手を取り合い、望むべき未来へ向かう事は悪い事でもないのだ。
一杯のカップでダメなら二杯で、二杯でもだめならば三杯で。そうして動き続けられるようにしていけば、きっと彼女らにも明るい春が訪れるのだ。
「父として、マスコットとして伝えるオジ。もう一度、望んだ未来を歩んで欲しい」
それが大人であり、父であり、マスコットでもある一夫からの精一杯の願いであった。
花弁が地面すれすれを舞い、風も凪いだ頃――。
魔法少女はピタリと動きを留めた。眺めるのは桜の花弁たち、その目に光は無かったが、代わりに輝くものがあった。
虚ろな眼差しは涙のせいで酷く歪んでいる。先程までの猛攻など感じさせられないような、弱々しい少女がそこには居た。
▼ 魔法少女の心をひらくことができた
▼ 四穂は同じように涙を溜め、魔法少女へと抱きついた