転機・2 ――人工神補完計画――
「一方その頃、レーゲルに変わる新しい神を、レーゲルの権能を用いて作り出そうとする大胆な計画が動いていました。彼ら彼女らの計画によって、世界はどう変わってしまうのでしょうか?」
「この世界には、レーゲルに変わる新しい神が必要だよ」
アイン・ハートビーツの一言は、周囲にいた者たちに驚きを与えた。
「――どうしてかな?」
トスタノ・クニベルティが、そこにいた人々を代表して問う。彼はレーゲルを用いたヒトと精霊による”卦”で、一旦は世界の破滅を救ったのだから、そう問う資格もあるだろう。
トスタノの質問に、アインは明確な意思を込めて答えた。
「そもそも、ポラニアとフリートラントで戦争を始めたのも人工神格レーゲルの建造が原因だよ。今回の戦争でピラーの支配を巡って総力戦になったのは見ての通りだし、戦後もレーゲル開発と運用の主導権をどちらが握るかと言う争いの種は残るね」
それはまごうことなき事実であるがゆえに、誰もが黙りこくって続くアインの言葉を聞く。
「まあ、ポラニアとフリートラントは協調路線を取れるかもしれないけれども、レナトゥスのようなテロリストやらポラニア、フリートラントの反体制派やらに取っては、格好のテロ目標だし、レーゲルを掌握して世界の覇権を握ろうとするものが現れてもおかしくないよね? いわば、テスタメントの争いの元凶、元締めの立場に、レーゲルとそれが鎮座するピラーが立ってしまっているんだ」
「かと言って、レーゲルを破壊してしまえば遅かれ早かれテスタメントは滅びるよ? だから、新しい神を作ろうってことか。幸い原資もあるし、できないことはないけど……」
トスタノが理解の速さを見せながらも躊躇するが。
「できるんならやるしかないと思うよ。今のレーゲルは、”神のごとき力を持った道具”で、神そのものじゃない。道具だから、ヒトの意思に振り回される。道具だから、ヒトはそれを濫用したがる。そんな危険な欲望を掻き立てる道具に、テスタメントの命運を、存亡を賭ける訳にはいかないね」
アインの言葉は間違いなく真理の一面を突いていた。だからこそ、この場にいる面々――アインが声をかけて集まった者たちは同意せざるをえない。
そしてアインは次の言葉を結語とした。
「テスタメントには新しい神が必要で、それが無ければ事態の根本的解決はできないよ。だから作ろう、ヒトの理を超越した、ヒトに振り回されない新しい神を。ボクはこれを”人工神補完計画”と名付けるよ」
その宣言に、一同はそれぞれの思いを抱いて頷き、実行に移すこととした。
★
人工神補完計画のためには、みっつの要素が必要である。まず、レーゲルの神座システムを改造し、新しい世界ではなく新しい神を作り出すようにすること。次に、新しい世界の神となる依代を用意すること。最後は、人工神格レーゲルの完成こそ世界存続の道と信ずるエカチェリーナ議会王とフリードマン総統を説得すること。
最初のひとつは、トスタノが担当することとなった。彼は一流の科学者であるとともに、精霊に触れたアウトサイダーでもある。レーゲルの神座システムを改造し、新たなる神の創造において精霊たちの協力を仰ぐのに最もふさわしい人物だった。
「最後は”天下無敵のハッピーエンド”を目指すことになったか。それも面白いよね!」
トスタノは、まず精霊たちの説得を行った。
「――というわけで、ボクらの人工神補完計画に力を貸してくれないかな?」
だが、それに対する返答ははかばかしくない。
『小さき者よ。我らは別の小さき者に、”世界を救うのは神でも偶像でもない。ヒトの意思だ。だから、見ていてくれ”と頼まれた』
『故に、ヒトの意思を見定め、測り終えるまでは、その計画には乗れん』
するとトスタノはいたずらっぽく笑った。
「ヒトの意思ならすでに結果は出ているよ!」
そして精霊たちに全世界中継されているタヱ子の戦場ライヴと、それに対する世界中の人々の姿を見せつける。
「ヒトは平和を求め、世界の存続を願っている。それが答えじゃなければなんなんだい? 2度めの”卦”も同じ目だった。だけどレーゲルは不完全で、ヒトの悪しき面を呼び起こしかねない。だから3度めの”卦”も同じ結果が出るとは限らないよ。ならやるべきはひとつしかないよね!」
『ふむ――であれば、残るはヒトが平和の中の自由を謳歌しうるための、世界法則を司るモノとなることが、我らの使命と、そなたは言いたいのだな』
「そのとおり! 彼女の願いとも、それは矛盾しないでしょ?」
『よかろう、提案に乗ろう』
「話が早くて助かるよ。それじゃ早速作業にかかるね!」
トスタノはレーゲル中枢の神座システム内部に潜り込み、突貫工事で神座システムの改造を行ったあと、中央管制室に戻ってプログラムコードを変更する。これ自体は、世界の破滅と再生という部分を取り除けば良いだけだったから簡単にできた。
「ただ、この後のオペレーションが難しいんだよね。レーゲルの力を借り、強靭な意思をもって世界の破壊と再生を目論む存在を生み出すのが本来の神座システムの役割だから、依代をずいぶん選ぶよ」
そこにアインが連れてきたのが
ファティマ・ツェルコフである。
「このヒト本当に大丈夫なの? 依代はとても強い意志をもっていないと、最悪死に至って計画も失敗することになるよ?」
トスタノは、ファティマの様子を見て不安げに問うが。
「あのライネッケとかいうクソジジイが神になれるなら、私も神になれるわよ。これでも祖国の特殊工作員訓練でウジャースナな教育と訓練を受けてきたし、不条理な人生に振り回されても生き抜いてきたから、精神力に自身はあるわ」
それに――と、ファティマは続け。
「どのみちアインさんの言う通り、レーゲルじゃこの世界の柱としては不十分だわ。むしろ、神座システムがバックドアとしてもともと構築されているようなこのウジャースナな機械は、あらゆる勢力の争奪戦の対象になるわね。そんなもの、世界の柱どころか破滅を秘めたバベルの塔よ。だから私が、代わりに神になってあげるっていうのよ」
「――一応言っておくけど、最悪死に至って神になれない可能性はあるよ。あと、なり仰せても人格神だから、唯一神になられるのは困るな」
トスタノが釘を差すと、ファティマは嗤った。
「もちろん、イリヤ・エリオンや他のアセンションする精霊たちとも人格が統合されるでしょうね。そのつもりなんでしょう?」
トスタノとしては、企みを看破されて思わず苦笑する他ない。
「――わかった。そこまで覚悟しているなら君に賭けてみる。よろしく頼むよ」
「頼まれたわ」
ファティマは静かに頷いた。
★
その頃、
夏色 恋は”銀の鍵”たるイリヤ・エリオンに対して説得を行っていた。
「レナトゥスは世界の破壊を目論んでいたようだけど、その犠牲者のキミたちは必ずしもそうではなさそうだね? むしろ世界の救済を望んでいる節もありそうだけど?」
質問から入る恋に対し、イリヤは答える。
「――そうだね、僕たちはこの不完全な世界を決して憎んではいない。むしろ救いたいと思っている。レナトゥスのお題目はそうだったし、それに共鳴したからこそ僕らは神子候補になったんだ。彼らが世界の破滅を企てていて、そのために僕たちを蠱毒の壺に入れるなんてつゆ知らずにね」
「じゃあ、その救済の力になってくれないかな? 自分たちは今、この神なき世界テスタメントに、新しい神を作り出そうとしてるんだよ。もうレーゲルと依代の準備は整ってる。あとは、キミたちと精霊種の力を借りるだけなんだ」
するとイリヤは影のある笑みを浮かべた。
「僕たちが、レナトゥスに復讐したいという残留思念の集合体ということを理解して言っているのかな? 僕自身はそうでもないけど、大多数はレナトゥスに対する復讐の念でいっぱいだ。いわば、怨霊だよ。その力を、神に昇華すれば、それは祟り神になるとは思えないかい?」
恋は不思議そうに小首を傾げた。
「世界に対しては恨みをもっていないけど、レナトゥスに対しては復讐したいんだよね? だったら、”世界の破滅を防ぎ、救済する新しい神になる”ことで、復讐は果たされ、清々しい気持ちで祟り神ではない本物の神様になれるんじゃないかな?」
イリヤは暗い笑みを苦笑に変えて答える。
「そうだね。君の言うとおりだ。僕だって、何も僕や仲間たちが祟り神になって世界に災いをもたらすのは望んでいない。そういう形での復讐なら、彼らもきっと納得するだろう」
そして一転、イリヤは恋の瞳を覗き込んで真剣に問う。
「依代が神になるというのは、その現実世界での死を表すよ。君たちはそれに対してどう思っているんだい?」
――試されている。
恋はそのように感じ、真剣に答えた。
「依代はあくまで神への回路を開くための媒介だよ。もちろん死ねば神になるんだろうけど、全力を尽くして依代のヒトの命は守るよ。誰かを犠牲にして、他の誰かを幸福にするというのは、現実ではよくあることだけど、だけど、今回に限ってはそんな功利主義的な選択はしたくないね」
イリヤは更に問う。
「なぜだい? 小の虫を殺して大の虫を助ける、よくあることじゃないか」
その口調に皮肉を感じ取った恋は、あくまで真剣に答える。
「確かに、自分たちは戦争ではそうしてきたよ。だけど、今回だけは違う。完全無欠のハッピーエンドを、みんな求めているんだよ」
するとイリヤは優しく微笑んだ。
「――本当に、君たちは世界を救いたいんだね。だったら僕たちは協力するよ。レナトゥスに復讐し、新しい世界の神を作り上げるために」
「――ありがとう」
恋は普段の奔放な態度には似合わず、しおらしく礼を告げた。
これにより、イリヤ・エリオンと彼が封印している残留思念の協力が取り付けられた。だが、まだエカチェリーナ議会王とフリードマン総統の説得と、実際の人工神創造という重要な課題が残っていた。
★
一方、
アデリーヌ・ライアーはエカチェリーナ議会王の説得を行っていた。
アデリーヌとしては、アイン同様、レーゲルが今後の世界の火種となり続け、新たなる戦乱を引き起こしかねないと案じ、アインの提唱した人工神補完計画こそ最良の手段と信じていた。だから、エカチェリーナ議会王の私的顧問として、説得に乗り出したのである。
「エカチェリーナさんも立派に成長されて、もう私が助言する必要もあまりなさそうですけれど、最後に一つ、有名な格言を贈っておきましょうかね」
アデリーヌの言葉に、エカチェリーナは小首を傾げた。
「なんでしょう?」
すると、アデリーヌは静かに、はっきりとした口調で告げる。
「”木の良し悪しは、その結ぶ実でわかる”」
「それは――」
エカチェリーナが意味を聞こうとする前に、アデリーヌは言葉を継いだ。
「エカチェリーナさんは、良い実をたくさん付けた良い木ですよ。貴女の周りには大勢の良き助力者が集い、議会王を中心にしてポラニア連合王国は良い方向に纏まりました。戦乱は避けられなかったにせよ、結果を勝利に導き、今後も平和と繁栄の時を築こうとしています」
エカチェリーナは少し照れた表情を浮かべ。
「だとすれば、それは皆様の助力によるものが極めて大きいと感じています。私を良い木に育てるために支えてくださった多くの方々あってこそ、今の私があると思えます」
「ありがとうございますなのですよー」
アデリーヌはてらいなくその言葉に礼を言うが、一転真剣な表情を浮かべて告げた。。
「ところでレーゲルはどうでしょうか? 両国の戦争の火種となり、その威力で無辜なる人々を焼き、最大の激戦地となり、大勢の人が犠牲となりました。また根元にはレナトゥスの神子候補で亡くなった無数の墓が埋もれているのです。あれは悪い木で、これまでも悪い実をたくさん付け、これからも悪い実をこの世界にもたらす存在ですよ。フリートラント総統は悪い木を用いたのが間違いだったのです。エカチェリーナさんには、それらの悪い木を見抜いて、良い木を用いる良い統治者であって欲しいのですよー」
エカチェリーナは憂い顔となり、アデリーヌに問う。
「レーゲルが悪い木だとしても、最初はヒトの善意から生まれた苗でした。父王スタニスワフも、フリードマン総統も、善意を持ってレーゲルという苗を植えたのです。それを悪い木にしてしまったのは、人々の対立を煽り、関係を悪化させたレナトゥスやその賛同者たちの仕業という一面もあります。そして、あなたはその悪い木をどうするつもりなのですか? いかな悪い木と言えども、レーゲルなしで世界秩序の再構築はありえません」
するとアデリーヌは、そこで初めて”レーゲルの権能による人工神創造計画”を打ち明けたのである。
「――というわけで、レーゲルという悪い木が良い木になるための手段は、新しい神が天に登るための階段となることなのです。ご理解いただければ嬉しいのですよー」
エカチェリーナは少しの間沈思黙考し、やがて答えた。
「セイム(貴族議会)に問わずにこの判断を下すことは本来難しいですが、危急の折です。私が議会王大権を行使してそれを認めましょう。フリードマン総統は私から説得いたします。ただし、必ず成功させて下さい。よろしくお願いいたします」
アデリーヌは破顔一笑し、明るい声で応えた。
「もちろん、完全無欠のハッピーエンドを用意するのですよー」
これにて、ポラニア・フリートラント両国首脳の同意も取り付けられた。あとは、実際の術式を実行するのみだった。
★
そして、人工神創造のための術式が始まった。トスタノがレーゲルの本来の権能である”任意の法則を世界に投影する”機能を起動し、”この世界に神がいる”という法則を具現化させる。もちろんそのままでは神の座にあるべき存在がないため論理エラーが起こるが、神にふさわしい精神力の持ち主をその場に置くことで術式はなりうるとトスタノは確信していたし、ファティマやイリヤたち、そして精霊たちも”神の座”へと赴く予定だったから、これは問題ない。
ただし、イリヤや精霊たちの依代――すなわち神の座へのアセンションの通路ともなるファティマには肉体・精神共に莫大な負担がかかることが予想された。
そのため、トスタノの伴侶、
信貴・ターナーがファティマの精神と生命を守るため、最大限最善のケアを行うことになっていた。それに合わせて、トスタノもレーゲルの機能を常に最適化すべく、制御コンソールをスペシャルゾーンによる超速の手さばきと彼の補助演算装置であるシンカーやαデバイスによって制御していた。
「職業柄、ヒトが死ぬのは見慣れてるけど、かと言って見殺しにすると思ったら大間違い! 医師として最善の努力は果たすからね!」
ファティマに信貴はそのように告げる。ファティマは苦笑して応えた。
「それで死に損なって神になれないのもウジャースナよね?」
「ウジャースナ? なにそれ?」
信貴が問うと、ファティマは苦笑の度合いをさらに深めた。
「”ひどい”とか”最悪”という意味よ」
「生き残ることがひどくて最悪なことはないと思うけど?」
信貴が首をひねると、ファティマはいっそ禍々しいとも言える笑みを浮かべた。
「そういう人生もあるのよ、センセイ」
鼻白む信貴。
「むっ、今ちょっと私のことバカにしたでしょ?」
「さあどうだか?」
ファティマはすっとぼけて返す。信貴としてはこのようにひねくれた患者も見てきた以上、特段不快はない。ただ、ファティマが生き残れるよう、最善の手段を尽くすのみと決意していた。
★
その数日前から、
桜井 ななみは、ピラー基部の穴を警備する任務に付いていた。それ自体は退屈なものだが、オフには歓楽街と化した保安区に出向き、昔世話になったマルチナ・アレクセーエヴァとバーで酒を飲み交わしたり、のんびりとした生活を送っていたといえよう。
酒の席で、マルチナはこっそり、ななみに話しかけた。
「ピラー基部の最深部には、なんでも集団墓地があって、幽霊が出るって噂があるんですよ」
「へえ、そうなの?」
気のなさげな、ななみの応えに、マルチナは取って置きの情報を話し出す。
「なんでも、秘密結社レナトゥスの犠牲者たちが埋葬されているとか。その数、無慮数千。そして夜な夜なレナトゥスに対する恨み言が穴から聴こえてくるそうですよ」
「へえ。わたしは夜間警備もしたけど、そんな声聞いたことないなあ……もしかしてマルチナって、オカルトとか信じる方?」
「いえいえ、保安上の問題が発生してなければいいんです。そんな声が聴こえてくるなんてちょっとした噂話が、実は大きな事件のきっかけだったりすることがあるものですから」
そういってマルチナはショットグラス1杯のウォッカを飲み干した。
そんな話を聞いて数日後、いつものように穴を警備していると、異変が起こった。轟々と、穴から風音が響き、それに混じってなにかの声が聞こえる。
すわ事件か、と、穴の内部の調査に赴こうとしたところで、さらなる変化が訪れる。穴の中から閃光が走り、そしてピラー全体がほのかに発光する。そして周辺の山々からも、無数の燐光がピラーへと集まり、はるか上空へと上がっていくのが見えた。
「これは、一体……」
呆然とするななみ。彼女はそれが、人工神補完計画に伴う精霊や残留思念の昇華の光だと、まだ気づいていなかった。
――ただ、その姿はとても神々しいなにかに見えた。
★
儀式開始から数分後、危機が訪れつつあった。ファティマをバイパスにして神の座へとアセンションしようとする霊的存在が渋滞を起こし、ファティマの依代としての能力をパンクしそうになったのだ。勿論、結果的に精神と肉体の双方でダメージが発生する。
「心拍数、血圧急上昇! 患者の意識混濁。降圧剤と鎮静剤を投与する! AEDの用意も!」
信貴の指示に従って、陸戦隊のメディックが処置を行う。”神座”の椅子の上に座ったファティマは、眼から血の涙を、鼻からは鼻血を垂れ流し、全身を痙攣させていた。拘束具で押さえつけているが、その軛を脱そうと暴れるファティマ。
「少し痛いよ、ごめんね」
信貴は降圧剤、ついでは鎮静剤の注射の太い針を突き刺し、シリンジ一杯の薬剤を注入していく。一方トスタノは渋滞をコントロールするためレーゲルを操作しつつ、精霊たちとコンタクトをとる。
「このままじゃパスである彼女が死んでしまうよ。勢いを緩めて!」
『すまない、そもそもパスが細すぎる。我らも、無理やり押し通る他ないのだ』
「うーん……それじゃあパケット化だね!」
トスタノはひらめくが精霊たちには理解ができない。
『何のことだ?』
「本来情報生命体である君たちは、分割して再構築できるってことさ。分割も再構築もレーゲルの権能で行える。これしかないね!」
『ふむ――我らを一度分解するというのは恐怖を伴うが』
『恐怖に耐えている依代を思えばどうということはあるまい』
『ましてや、ギルグールなしでの世界の存続を、我らが可能にするのだ』
『その程度の危険は許容すべきだろう』
精霊たちの意見が固まったところで、トスタノは告げる。
「覚悟は決まったね? じゃあ、パケット化大作戦スタートだよ!」
トスタノがレーゲルの制御コンソールを神業の域で操作すると、流れる情報量がパケット化により細分化され、ファテイマへの負担が減り、危機は回避される。もちろん信貴の医学的サポートもあってのことだし、信貴が医学的所見を逐次伝えてくれなかったら、トスタノもこのように迅速に動けなかっただろう。コンビネーションプレイがピッタリとハマって、ファティマは危機を脱し、そして濁流のような情報が自身を通り過ぎて神の座へと送り込まれるのを感じていた。
「私も連れて行け!」
ファティマは最後に、自らも神になろうとしたものの。
『残念だけれども、もう犠牲者はいらないと、僕たちは決めたんだ。君は、キミの世界を生きていく資格と使命がある。神という名の世界法則の守り人なんかより、よほど素晴らしい人生がある』
イリヤにそのように告げられ、ファテイマは激高する。
「生きていたって何にもいいことなんてなかった! ただ他人に踏みつけられ、他人を踏みつけるだけのウジャースナな人生! そんなものからおさらばできるなら神だろうがなんだろうがなってやるわよ!」
だが、彼女の脳裏によぎるイメージのイリヤは首を横に振る。
「僕と、僕たちの希望として聞いてくれないか。君には、僕たちが生きられなかった人生を僕たちの分まで生きてほしいんだ。大丈夫、これからの君の人生には、きっと光が指すよ。だから――君は――」
イリヤの最後の言葉は祈りにも似た響きで。
「人生を、やり直してほしい」
その言葉とともに、パスが切れた。
「――あん畜生、私をおいて自分たちだけ神になるなんて、全くウジャースナなやつだわ」
ファティマがつぶやくと。
「それはどうかな? 少なくとも私は、ファティマさんが生還したことに喜びを感じてる」
信貴がそう告げる。ファティマは凶相を浮かべ。
「それはあんたの医者としての信念でしょうが! 私は! 神に! なってやろうといったのに!」
そう叫んで悔しがる。
それでも、信貴は告げるのだ。
「生きてこそ得られる幸せもあるよね。神になったらそういうものは味わえないよね? 法則の守り人を努め続けるのは苦行だもん。ならなくて、良かったよ」
「――私には、そんな幸せなんて何もなかった」
ファティマが心奥から絞り出すように告げると。
「だったら、今から切り開いていけば良い」
そう、信貴は武闘家としての一面を見せ、力強く告げるのだった。
★
ともあれ、レーゲルによる人工神補完計画は成功した。神として彼らが機能し始めるにはまだ少し時間があるが、これにより、レナトゥスの命運は絶たれたも同然になった。
後は彼らを、どのようにして殲滅するか、その課題が残っているだけだった。