総力戦・2 ――決戦直前――
「”デウス・エクス・マキナ”との決戦直前、様々な人の思いの交錯がありました。それは、どういうものだったのでしょう?」
その頃、宇宙では。
クラウス・和賀は、ある重大な想いを胸に、エカチェリーナとふたりきりの場所で、自分の秘密を告白した。
「これまで黙っていましたが、わたしの実年齢は50代を過ぎているのです。ですが、この世界――テスタメントに来てから今の姿に若返ってしまいました。当初は驚きましたが、特異者とは年齢や外見が変わる不思議な存在なのだそうです。ここに来てこんな事を話されても驚くだけでしょうが、貴女に黙っているのは不誠実だと思ったのです」
「――確かに、少し驚きました。ですが、なぜこの期に及んでの告白なのですか?」
首を傾げるエカチェリーナに、クラウスは答える。
「それは、私がエカチェリーナ様を愛しているからです。愛している者にあっては、相手に隠し事をしてはならないと思ったからです。これまで黙っていて、真に申し訳ございません」
するとエカチェリーナは静かに頷いた。
「私のことを愛して下さるがゆえの誠実、真にありがとうございます」
その言葉に、クラウスは”許された”と感じ、真に重大な告白をする。
「私はあなたを支えたいと思っています。愛しています、結婚してください!」
するとエカチェリーナは悲しそうに眉をひそめ、首を横に振った。
「――残念ですが、あなたと結婚するわけには参りません」
クラウスはその言葉に愕然とし、なぜかと問うた。
「私と結婚できない理由は、一体何ですか!? エカチェリーナ様は私を愛してくださっていたと思っていましたのに!!」
その問いに、エカチェリーナは真摯に答える。
「あなたが私のため、粉骨砕身の努力をしてくださったこと、愛してくださったことには感謝しています。ですが、私はこの世界――テスタメントとあなた達が呼ぶ世界の柱石としての勤め、ポラニアの議会王としての勤めに励まなければなりません。翻って、あなたは特異者。様々な世界を渡り歩き、そして世界を救う使命を負っています。ひとつところに留まらないあなたを、私は結婚という重荷で縛り付けたくありません」
「そんな……しかし遠距離恋愛というものもあります! 遠距離結婚もありではありませんか!?」
クラウスはすがりつくように問いかけるが、エカチェリーナは再度首を横に振った。
「ポラニア連合王国の議会王は、終身制です。そして私はポラニアやフリートラントの人々を捨てるわけにはいきません。故に、私の結婚相手は常に私を支え、寄り添って下さる方でなければならないのです」
「そんな……」
ガックリと膝をつくクラウス。だがそれは道理である。特異者というものの宿命が、ふたりの運命を引き裂いていた。
「お判りいただければ幸いですが、それを強要するつもりはありません。冷たい女と罵ってくださっても構いません」
エカチェリーナの言葉に、クラウスはかろうじて自らの矜持を振り絞り首を横に振る。
「エカチェリーナ様のお考え、よく判りました。しかし、私があなたを愛していることは変わりありません。そこを曲げれば、私のこれまでが嘘になってしまうからです。それだけは、胸に秘めていただきたく存じます」
「――判りました。互いに結ばれぬ定めなれど、あなたの思いは大切にこの胸に秘めておきます」
その言葉を僅かな救いに、クラウスはエカチェリーナのもとから退出した。
退出していくクラウスの寂しげな後ろ姿を見送りながら、エカチェリーナは胸に飾られた婚約記念のネックレスを手に取る。
「――果たして、こちらはどうしたものでしょうか」
エカチェリーナは憂い顔でしばし考え込んでいた。
そしてエカチェリーナのもとから退出したクラウスを、じっと湿度の高い視線で見つめる者がいる。クラウスの義理の娘、
アミル・ヴィシャーナだ。
「へーはーふーん……17歳にマジ告白したんですか。へー。それで玉砕したんですね」
「やめてくださいアミル、その言葉は私に効きます」
失意のクラウスは義理の娘に冷たい言葉を掛けられて、弱々しげに抗議する。だがアミルは辛辣に、しかしクラウスに対する執着をあらわに言葉を継ぐ。
「お義父さまは高嶺の花に浮気せず、私だけ見てくれればいいんです。私はいつでもお義父さまの側にいられますから。失恋のことは忘れて、私と新しい世界へ旅立ちましょう」
アミルとしては、自身の恩人であるクラウスに特別な行為を持っている分、他人にそうそう簡単にクラウスを渡してなるものか、という想いがある。一方でクラウスは、そんなアミルの想いに気づかずあちこちにフラフラしていてどうにも気が気でならない。だからこそ、最初の台詞のような辛辣な言葉も出ようというものだ。
だが、ここまで言われてもクラウスは気づかないのだ。
「アミル、あなたは私にとって大切な家族です。あなたが常にそばにいるからこそ、私も思い切って行動できるというものなのですよ」
――あーこの鈍感!
そう叫びたくなるのをこらえ、アミルは言葉を継ぐ。
「とにかく、テスタメントでの闘いも最終局面です。あの”デウス・エクス・マキナ”とかいうデカブツを倒し、テスタメントに真の平和をもたらしましょう」
――そしてさっさとこの世界と訣別し、エカチェリーナのことなんか忘れてしまいましょう、アミルの言葉にはそういう意図が込められていたが、クラウスはやはり気づかず言うのだ。
「そうですね。振られたとはいえ、立場上の問題からです。心と心はつながっていると信じ、エカチェリーナ様のために最後の働きをするとしましょう」
ギリっと、アミルは奥歯を噛んだ。
「あーはいはい。未練がましいお義父様の支援は任せてください」
クラウスから見て、どこか怒った様子でアミルは自身のライトクルーザー級エアロシップへと向かっていく。万一”フィリブス・ウニーティス”が沈んだときの救命のためにだ。
彼女の後ろ姿を見て、クラウスは呟く。
「おかしいですね。あんな情緒不安定な子に育てた覚えはないのですが……反抗期としては遅すぎますし……」
どこまでも食い違う、クラウスとアミルであった。
★
ポラニア・特異者連合艦隊に対し、”デウス・エクス・マキナ”を中心とする大部隊が急速に接近しつつあった。
「ふむ、敵はまずはポラニア軍と我ら特異者の撃滅を優先したようですな。よろしい、受けて立ちましょう」
バトルシップ級エアロシップ”ヴェンジェンス”の艦橋で、
ロイド・ベンサムは口髭をひねる。
一見、余裕綽々のロイドも、内心は穏やかではない。せっかく事実上の和平にまでこぎつけたのに、ここでひっくり返されるようでは冗談にもならないと感じている。
しかし、指揮官としての立ち振舞いを、ロイドは歴戦のゼネラルとして身につけていた。それ故の余裕ある態度は、彼をして冷静に振る舞わせる効果をも発揮していた。そして、部下たちもまた、彼の態度に感化されていた。
「敵数約50。超大型1、中型8、小型40。それぞれ”デウス・エクス・マキナ”と護衛のメタルチャリオット、デモンと見て間違いないでヤンス。敵はメタルチャリオットを先頭に楔形陣形を取っているでヤンス。”デウス・エクス・マキナ”は楔形陣形の中央後部に位置しているでヤンスよ――しかしこりゃまたデケェでヤンスな」
索敵宝珠改による全方位索敵で敵の総数を把握した
川獺 信三郎が、ロイドに軽口混じりに報告する。
「ふむ――あの程度のもの、ミスタ・信三郎もテルスでさんざん見慣れているでしょう。察するところ、まずは、メタルチャリオットの機動力と攻撃力でこちらの防衛網を突破するつもりですか。ならばこちらもメックや歩行戦車で応戦する必要がありますな」
「そのとおりだ。連携を密にし、迎撃を行う。こちらは数の上では優位だが、敵も主力を投入している。消耗は覚悟の上だ。諸君らも心して欲しい」
アレクサンドラの訓示に、ロイドは優雅に応える。
「もちろんですとも、野戦ヘトマン閣下。ですが、ディナーの約束をお忘れにならないで下さいよ」
「もちろんだ」
「では、勝利の祝杯のために、あの”世界の敵”を討つとしましょう」
ロイドは微笑とともに戦闘準備に取り掛かった。信三郎に電子戦を託し、信三郎は敵の監視を
早期警戒オペレーターに託す。ロイドが砲戦に集中できるよう、
ストリクトコマンダーが操船補助に回り、
ローレンス・ゴドウィン率いるダメコン班はワラセアパックを着用し、”ヴェンジェンス”の被害に対応できるよう準備を整えた。それら一連の行動は迅速かつ適切になされている。準備は万端だった。
★
ロイドの”ヴェンジェンス”と戦列を組む
エリア・スミスのコンバットアビエーション級エアロシップ”オライオン”の艦橋では、エリアが決意を固めていた。
「必ず、”フィリブス・ウニーティス”は護り切るわ」
エリアは”フィリブス・ウニーティス”に乗艦するエカチェリーナ議会王とアレクサンドラを、戦後の平和のために必須な存在とみなしていた。もちろん、フリードマン総統もその平和に必要なピースであるとみなしていたが、流石にそこまでは護りきれない。まずはエカチェリーナとアレクサンドラを護り切ることが自分の任であると判断している。
「それに、アレクサンドラとは約束もあるしね」
硬い表情が少しほぐれる。彼女はロイドとアレクサンドラを取り合う仲であった。ここでアレクサンドラを死なせるわけにもいかないし、自分も死ぬ気はない。だが、万一を考え”オライオン”の放棄――すなわち”デウス・エクス・マキナ”の突進時に盾とすることは計算に入れていた。
「ああいった手合は、自分たちが負けそうになったらできるだけ大勢を道連れにしようとするものだから。そんなことをさせてたまるものですか」
そのため、”オライオン”は”フィリブス・ウニーティス”の前面に位置している。アレクサンドラもその覚悟を感じ取ったのか、ロイドとエリアにそれぞれバトルシップ級エアロシップを1隻づつ預け、臨時の戦隊を組ませ、自身は総指揮に専念している。
「貴官とミスタ・ロイド、どちらが多く戦功を上げるか、後方で見守らせてもらう」
ふと、アレクサンドラの言葉が脳裏をよぎる。要するに天秤に掛けられている、そう理解しつつも、自分こそアレクサンドラとの逢引の権利を勝ち取るのだと強く念じるエリアだった。
★
一方、”デウス・エクス・マキナ”と主力の出現に対し、強い想いを表す者もいた。
「超巨大メタルチャリオット……! また厄介な物を……! ですがあれを何とかしないと世界が……! 何としてもここで止めて見せます、さあみんな、もう少し頑張っていくとしましょうか!」
叉沙羅儀 ユウは、アンフィビアスアサルト級エアロシップ”メインクーン”の艦橋で、指揮下の者たちに檄を飛ばす。彼女もまた歴戦のゼネラルであり、その想いをあえて表してみせるのも”演技派の策士”ならではの士気鼓舞手段でもある。だが、真情であることは間違いない。いや、真情であるからこそ指揮下の者たちに対して届くというべきだろうか。
彼女の言葉に応えるように、
ミラ・アーデットがオペレータ席から告げる。
「最後の最後まで悪あがきをしおって、じゃが追い詰められた敵ほど厄介なものはない、それに相手の切り札じゃ。なかなか大変な戦いになりそうじゃのぅ……ふむ、皆で無事に帰れるように最善を尽くすとするか」
更に、ミラの言葉に頷きながら、
ラーナ・クロニクルが応える。
「また大きな敵が来たね……あれを何とかしないと世界が危ないんだね……うん、ラーナ、世界もみんなも守れるように頑張るよ」
ミラとラーナはファストオペレーションでユウとの情報共有を行い、高速情報処理で”メインクーン”がより効率的かつ俊敏に行動できるようにした。いつもの臨戦態勢だ。さらにミラは索敵宝珠改で全方位索敵を行い、”メインクーン”が最高の迎撃ポイントに向かえるよう図らう。
一方でラーナは、マドファジェズルを”メインクーン”に取り付け大口径三連装魔力砲に変えて火力増大を行うと共に、【僚機】スカイライダー×3を”メインクーン”の直掩機として展開させた。ポラニア軍にも増援の航空戦力は多数存在するが、彼らには彼らの役割がある。
そしてふたりはムーブメントシールドとバリアオーブの展開準備を行うとともに、ミラはジャミングカットで僚艦との連絡経路を確保し、ラーナはユウから”メインクーン”の操舵を回してもらい、トラストコマンダーで巧みに艦を操舵する準備を整える。
「迎撃準備は万端じゃ。任せたぞユウ」
「こっちもオールレディ。ユウは攻撃に専念してね」
ミラトラーナがそのように報告するのに、ユウは応えた。
「判ったわ。これが最後の決戦よ。いつも以上の激戦が予想されるわ。必ず生き抜いて、そして世界を護りきってみせましょう!」
オペレータ席のふたりは頷いた。
そして、”メインクーン”所属のメック隊からも応えが返る。
「悪い子はお仕置きしなくちゃね?」
フレイヤ・アーネットはふわりとした中にも決意を込めた口調で告げ。
「いよいよ大詰め。後はあれを倒すだけね。それが難関だけれども、私たちならやれるわ。頑張りましょう!」
イリヤ・クワトミリスが明るく応える。
「旗艦直衛はミラとフレイヤが鍵を握っています。できるだけ多くの敵を引き付け、”メインクーン”への攻撃が少なくなるようして下さい」
ユウがそのように伝えると、ふたりは頷き、そして”メインクーン”から僚機とともに発艦していった。
「――頼みましたよ」
ユウは迫り来る決戦の刻に緊張しつつ、彼女らの機体を艦橋で見送りながら呟いた。
★
アキラ・セイルーンは素っ頓狂な声を上げていた。
「あんなもんが出てきたってこたぁ向こうも相当追い詰められてるってことだろ。あいつをぶっ倒せばめでたく大団円だ! けりをつけてやるぜヒャッハーーー!!」
しかし、”デウス・エクス・マキナ”の巨大さに気づくと顔色を変える。
「でか! なにあれでか! え、あれメタルチャリオットなの? 要塞じゃん。もうあれ要塞じゃん。この距離であんだけでかいって元はどんだけでかいんだアレ!」
そこにアンフィビアス級エアロシップの艦長である、
ルシェイメア・フローズンが一喝する。
「いくさの前にぎゃあぎゃあ喚くでない! 口にギャザリングヘクスを詰め込むぞい!」
「アッハイ、スミマセン……」
アキラはギャザリングヘクスの絶妙なまずさを思い出して口をつぐむが、内心”マリーやエーデルさんが喜びそうだなアレの情報”と思っていた。
そこに、全方位索敵、弱点攻撃、全知識総動員、スペシャリストの神髄全てのスキルをフル活用し、ラウム・テスタメントの力も用いて全力で超巨大メタルチャリオットの分析を行っていた
セレスティア・レインが分析結果を出す。
「”デウス・エクス・マキナ”は一見鉄壁に見えますが、HMフォースキャノン発射態勢時の発射口、36ユニットの有線テンタクルズの付け根、そして戦闘ブロックと推進ブロックの接合部が弱点です。戦闘ブロック自体も推進力は持っていますが、そのスラスターも弱点といえますね」
「つまり、正面の弱点部に含め、側面や後背からの攻撃には弱いということじゃのう」
ルシェイメアがそう結論づけると、セレスティアは頷いた。
「ただ、側面や後背に回り込めるかはわかりませんが……機動力が極めて高いので……」
「とにかく、その情報を全艦隊に伝えるのじゃ」
「もちろん、そのつもりです」
ルシェイメアとセレスティアが言い交わす。そしてアキラはテンションを再び上げていた。
「要するに側面や後ろに回り込んで巫女さん救けてモテモテになればいいんだな! 任せろ!」
ルシェイメアのこめかみがピキッとなった。
「人の話を聞いていたのかえ? 今の状況では回り込めんと言っとるじゃろう! 貴様はとっとときゅるるんで出撃して先鋒と闘うのじゃ!」
「アッハイ」
ルシェイメアにはとことん頭の上がらないアキラだった。
ともあれ、この情報は通信宝珠により全艦隊に通達され、攻撃指針を決める一助となった。
★
その頃、前衛部隊の指揮を取る
土方 伊織は、敵の急速な接近に慌てながらも、なるべく挙措を正して僚艦と連絡を取っていた。
「はうっ、まずは戦闘ブロック、特にあの触手の付け根を狙って攻撃するです。戦闘機部隊は触手そのものを攻撃してくださいです」
伊織は総旗艦”フィリブス・ウニーティス”からの戦力分析結果を受け、触手――”デウス・エクス・マキナ”の【僚機】有線テンタクルズが艦砲級の攻撃力を保有することを理解していた。それが36ユニット、120基もあったのでは、いかなポラニア・特異者連合艦隊といえども火力の差で押し切られるであろうことも理解していた。だから、まずはその手数を減らそうと考えたのだ。
それだけではない。彼は”デウス・エクス・マキナ”に囚われたテオドールと、動力源にされている24名の巫女の身命も考え、できれば救けられるよう、戦闘力の無力化を優先していたのだ。
「巫女さんたちは総攻撃時に救出するです。それまで前衛部隊は身を張って敵戦力の前言に努めてほしいのです」
伊織のバトルクルーザー級エアロシップ”リュッツォウ”と共に前衛部隊を構成する2隻のポラニア軍バトルクルーザー級エアロシップから、伊織の命令に従う旨、連絡が入る。だが、”デウス・エクス・マキナ”はそれで良いとして、接近してくる有力な護衛部隊はポラニア軍の残存歩行戦車部隊が相手取るには厳しい相手だった。
だから、伊織は仲間に頼ることとする。
「僕たちが”デウス・エクス・マキナ”と闘っている間、できるだけ敵を近寄らせないで下さいです」
その要請を受けた
サー ベディヴィエールと
グラーフ・シュペーは共にうなずき、応えた。
「伊織様の第1の従僕として、必ず期待に答えます」
「いつもの通り、ベディさんと緊密に連携を取って敵にあたりますわ」
「――よろしくお願いするのです」
伊織は一瞬ためらいながらも、彼女らに頭を下げた。この一戦が、これまでになく過酷になることを思うと、彼女らが危機にさらされることもあると思いつつ、それでも、断固として敵に立ち向かわなければならないと思い定めたからこその一礼だった。
それに対し、ベディヴィエールとグラーフは莞爾として応える。
「私は伊織様の第1の従僕としてと申し上げましたよ。従僕である以上、どのような苦難にあたっても粉骨砕身、伊織様を支えるのが私の使命です」
「まあ、この程度の敵、テルスでも倒せたのですから、そこまで深刻に考える必要もないと思いますわ」
しかし彼女たちの脳裏にもそれぞれ苦難の光景がよぎる。ベディヴィエールはカムランの戦いを思い出し、そのような結末には今度こそしないと誓っていたし、グラーフは長く続く戦乱により荒廃した故郷テルスと、いま危機にあるこの世界テスタメントを重ね合わせて、この世界をこれ以上荒廃させないという決意を抱いていた。
――だからこそ、彼女らは伊織に対して莞爾としていられるのだ。
その思いを汲み取り、伊織は頷く。
「ふたりとも、ポラニア軍歩行戦車部隊と連携して、敵にあたって下さい」
ふたりは頷き、”リュッツォウ”からメックで飛び立っていく。その姿を見送りながら、伊織は戦意を高めるのだった。
★
同時期、フリートラント軍に対してもレナトゥスの小部隊が接近しつつあった。
「敵機、中型4、小型20! それぞれメタルチャリオットとデモンと思われます!」
オペレータの報告を受けたフリードマン総統は、顎に手を当てて呟いた。
「現状の損耗した我軍では十分に脅威となりうる戦力だな……どう、手を打つか」
そこに、通信が入る。
「ぜひ私に先鋒を務めさせて下さいまし」
松永 焔子はフリードマンに告げ、更にこうも言うのだ。
「総統閣下は得体の知れぬ特異者である私に信を置き、治療と機体修復という厚遇を致してくれました。ならば次は私が義を以て応える番ですわ!」
フリードマンは焔子の決意を受け、頷く。
「――頼む。君なら、必ずやレナトゥスの陰謀を阻止できると信じている」
「かしこまりましたわ。必ずや、あのレナトゥスの妄執の産物、機械仕掛けの神を打倒し、陰謀を阻止してみせますとも。ですが、その前に、蝿を追い払う必要がありそうですわね」
焔粉は凛とした口調で、フリートラント軍に迫りくる部隊を蹴散らして見せる覚悟を示す。
「我が方の損害は先の決戦で甚大だ。だが、できるだけの支援はする」
「では、残存部隊と連携して被害局限に努めつつ、”デウス・エクス・マキナ”に攻撃を仕掛ける好機を計らいますわ」
フリードマンの図らいに、焔子は頷いてみせた。
そして、
ジェノ・サリスも、フリードマンに向けて告げるのだ。
「総統はこれからの世界に必要な人間だ。俺は、貴方を確実に護って見せる」
その簡潔明瞭な、しかし強い決意のこもった言葉に、フリードマンは頷く。
「では、征くとするか。陰謀を阻止し、真の平和へと1歩進み出すために」
フリードマンはそう、ふたりに告げた。
――そして、戦闘が始まった。