勝利
「”デウス・エクス・マキナ”を倒し、勝利した特異者とテスタメントの人々には、それぞれの物語がありました」
戦闘終了後、無数のデブリが浮かぶ宇宙空間にで一の姿を探す花の姿があった。
「……平和を取り戻したら、牧場を再建したい。そうおっしゃってたでしょう?」
そう呟きながら味方艦の全方位索敵の力も借りて一を探す。物事には必ず終りがあるとはいえど、このような突然の別れは、彼女の不本意とするところであった。
「必ず見つけ出しますわ、あなた」
半ば自分を奮い立たせるために呟く声も涙声だ。
そして、戦闘捜索救難部隊の行動期限ぎりぎりで、花は星空に輝く強い光を感じた。
「あなた、あなたですの!?」
直感的に一の機体と確信した花は、その光に向け艦を向ける。やがて、半壊し宙を漂うクーガーの姿を見つけた。
「あなた! 今すぐ救けますわ!」
花はクーガーに接近し、自ら艦を降りて宇宙服姿でクーガーのコクピットにすがりつく。ハッチを強制解放すると、中にはうずくまった一の姿があった。
「あなた、無事で良かった……」
一の答えも待たずに、花は彼へとすがりつく。ヘルメット越しに、一と花はお互いの泣きぬれた顔を見た。
「――救けに来てくれて、ありがとう」
「だってあなたは、わたくしだけのサルバトーレですもの」
そういい交わすと、心中に秘めていた思いがそれぞれに噴き出し、新たな涙があふれる。
「泣くなよ。きれいな顔が台無しだろ」
「そういうあなただって、泣いているじゃありませんか」
互いに泣き顔で言い交わすふたりは、この”今”という瞬間を、大事にしよう。そしていまを生きていこうと決心するのであった。
★
春虎は”フィリブス・ウニーティス”を狙える絶好の場所についた後、ディメンジョンカーヴァーで姿をくらまし、レッドライダーをフル稼働させ、超速の急機動で”フィリブス・ウニーティス”の艦橋に取り付く。護衛のクラウスは隙を突かれたと慌てるが、今撃っても艦橋を巻き添えにするだけだろう。
そこで、春虎は”フィリブス・ウニーティス”の艦橋を撃つのではなく、インフェリアミスリルガンを突きつけながら、静かに問うた。
「平和に向けた最後の試練だ。今日という日をお前らは未来に活かせるか? 納得できる答えをここに示せ」
すると、言葉が返ってくる。エカチェリーナ議会王のまだ若く、しかしりんとした口調の言葉が。
「――ヒトは間違いを繰り返す愚かな生き物と、貴方たちには見えているかもしれません。さなくば、”世界の敵”となってでも世界をひとつにまとめようなどと考えないでしょう。ですが、ヒトは同時に正しき道を選択し、賢く振る舞うこともできます。私は、自身が賢者とは思いません。しかし、全ての平和を愛するヒト、全ての正しい道へと進もうとするヒトの意思を背負い、受け継いでここまで来ました」
「だから? 結論を言えよ」
春虎のプギオSU【C】の持つインフェリアミスリルガンの引き金に力が入る。それに答え、エカチェリーナは告げた。
「今なろうとしている平和は、そうしたヒトの意思の積み重ねによって改めて築き上げられようとしている平和です。それはもろくて、だけどかけがえがないものだからこそ、私は全力でそれを守り通すつもりです」
「――まあ、ギリギリ合格点ってところだな。その言葉、忘れるなよ!」
春虎はプギオSU【C】を駆り、赤光を引きながら飛び退っていった。
アークエネミーの行方は、誰も知らない。
★
かくして、”世界の敵”レナトゥスの最後の切り札、”デウス・エクス・マキナ”は撃沈され、レナトゥスの長老たちも全て宇宙の藻屑となった。これにより、レナトゥスも壊滅。さらには、世界に新しい神が生まれたことにより、レーゲルもその使命を終え、レーゲルを巡る今後の対立も回避されていた。恒久的な平和が駆逐されたとはまだいい難いが、少なくとも、テスタメントの人々はそれをなす気概を、両国指導者の演説と、特異者たちの闘いぶり、更にはタヱ子の歌から得ていた。
そして――。
★
「こほん。ミス・エリア。なぜ私とミス・アレクサンドラの会食においでになられたのですかな?」
ロイドの問いに、アレクサンドラが答えた。
「どうせなら一緒に祝おうと思ったからだな。君たちの戦訓は互角だったから」
「ふむ。意外な客人でしたが、致し方ありませんな」
ロイドは口髭をひねる。
「私も意外だったわ。アレクサンドラから呼び出されて、来た先で貴方と出会うなんて」
エリアも当惑を隠せない。
「まあまあ。今回はイレギュラーもあったけれども、世界は当面平和になりそうだ。まずはそれを祝おう」
そう言ってアレクサンドラはシャンパンを開ける。
「乾杯」
3人はグラスを傾けた。
そして。
微妙な雰囲気の会食で、エリアが切り出した。
「つまり、アレクサンドラはふたりとも相手にするってことなのかしら」
「特異者というのはお硬いのだな? 私にとっては当たり前のことだが」
「――それがあなたの答えというわけね。でも、私のほうがあなたを愛しているわよ」
エリアとアレクサンドラが言い交わす中に、ロイドが割って入る。
「ふ。我々英国人は”恋と戦争には手段を選ばない”ものですが――ミス・アレクサンドラのほうが上手だったようですな。よろしい、ここは負けを認めましょう」
「まあそう言うな。ふたりとも愛してやる。勝負はそこで決まるだろうな」
そして会食が終わる。
アレクサンドラはまずロイドに寄り添い夜の街に消え、深夜になってエリアが用意していたスウィートルームに現れた。
アレクサンドラがロイドとエリア、どちらにより多くの愛を注いだかは定かではない。また、ロイドとエリアのどちらがより多くの愛をアレクサンドラに捧げたのかも。
★
異能者たちに救出されたテオドールは、皐月に対し弱々しい声でベッドから問うた。
「君が、私を愛してくれるといったのか」
「はい」
力付く頷く皐月に、テオドールは微苦笑する。
「愛されるとは、初めての体験だ。私は期待され、尊敬され、憎悪されても、愛されたことなど一度もなかった。ましてや君のような赤の他人に……」
すると皐月はニッコリと笑みを浮かべる。
「一目惚れ、というのもあるんですよ」
「――そういうものか……」
テオドールは瞑目し、やがて告げた。
「だが、私は反逆者だ。処刑は免れ得ないだろう」
その言葉を聞いて暗い表情を浮かべる皐月。
だが、そこにアレクサンドラが現れて告げた。
「今戦役における特異者の働きと、彼らの懇願を鑑みて、君は罪を免除されることとなった。だが、背負った命の重みは思い。その分、精一杯生きてみせろ」
アレクサンドラの言葉を受け、テオドールは真摯な表情で頷いた。
――そこには、かつて世界滅亡を志したテロリストの鬱憤も、フリートラント軍の英雄としての虚飾もない、ひとりの青年の姿が――自身の過去を背負うことを決意し、自身の影に打ち勝った、小さな英雄の姿があった。
★
全てが終わった後、”ファスケス”に回収されたロト1と真理、リーリアと八兵衛は、それぞれに愛を確かめあっていた。
「真理。君のことは、生涯かけて愛して見せる」
ベッドの上で、真理の髪をなでながら、ロト1――いや、今はただのひとりのヒト、ヴァルター・マイヤーに戻った男は告げる。
真理は頬を赤らめ、コクリと頷き、ヴァルターに熱い口づけをした。
そしてリーリアは、八兵衛に問う。
「私なんかで、良かったの?」
八兵衛は戸惑ったような表情を浮かべた後、真剣な口調で答えた。
「リーリアの助けになりたかった。これからもなりたい」
「そう」
リーリアの答えはそっけなかったが、その表情はわずかに緩んでいた。
かくして、比翼の鳥たちは地上へと帰っていった。
彼ら彼女らのその後の行方は、また別の物語となるだろう――。
★
結論から言うと、信道 正義は生き残った。プギオTH【C】のリミッターを解除したことによる負担で、一旦入院を余儀なくされたが、この世界のサイバー技術はテルスと同等クラスであり、十分な治療を受けてまた闘いに復帰することは可能だった。
その間、ラウラたち第511義勇少年兵中隊の隊員たちが正義を代わり代わりに見舞いに来た。食べきれないほどの果物と、飾りきれないほどの花。裕福ではない彼らにとって、精一杯のお見舞いを無駄にはできぬと、正義は仲間にドライフラワーやドライフルーツ作りを頼んだ。
そして、退院の日。
病院の門を出た正義に対し、第511義勇少年兵中隊の隊員たちが1列に並んで正義を待ち受けていた。
正義は告げる。
「みんな。これでお別れだ。この世界、テスタメントの未来は、お前たち若者が作っていくんだ。レナトゥスの長老のような老人でもなければ、俺たち特異者のような客人でもない。だから、気張っていけ。誰にも恥ずかしくないように生きろ。それが最後の命令だ」
すると、ラウラが前に一歩踏み出て。
「はい。命令を遂行します」
そう応えるなり、背筋を伸ばして見事な敬礼をした。他の隊員たちもそれに続く。
ラウラたちの姿を見て、正義は”この調子なら、この世界は大丈夫そうだな”と、一安心するのだった。