カメラは紬祇環奏のハンドルに触れる
風華・S・エルデノヴァの手を映し出す。
SilkySeason のBGMに選ばれたのは、自動演奏のシーケンサーが奏でるパトリアの伝承歌のようだ。
映像が切り替わり、ランウェイに現れたのは黒を基調とした衣装に身を包んだ
天草 在迦だった。
今日の在迦の衣装は着族調のゴシックスタイルにまとめられている。
存在感のあるジャボタイが特徴的な白のワイシャツには黒のベストを合わせ、ボトムスやブーツも黒に統一。
ランウェイから遠い席の観客からも見えるよう、背後のスクリーンには各所のカメラがとらえた在迦の姿が映し出されていた。
(ネムさんが拘ったこの衣装のポイントを、細部までちゃんと見てもらいたいな)
金ボタンがおしゃれなハイウェストのコートにはゴールドの糸による豪華な刺繍が施され、衣装の「貴族らしさ」を引き立てている。
在迦がランウェイの先端で片腕を前に出す「ボウ・アンド・スクレープ」をして見せると、袖口の豪華な意匠が効果的に光を放ち、広がった裏地に描かれたグロビデンサの模様が観客の注目を引き付けた。
(なるほど。彼の世界の貴族というのはああいった雰囲気の衣装を好んで着たのだな。彼が若者の装いであるならば私のはさながら……その晩年の姿とでもいうべきだろうか)
在迦に続きランウェイに現れたのは
GUROS の衣装に身を包んだ
オリエムだ。
数多の兵の死や暗黒の歴史をその目で見てきた老騎士のように。
オリエムは「不安」の楽巫の持つ重苦しく不穏な雰囲気を隠さず、無表情のままランウェイに靴音を響かせた。
「パトリアの空気や景観は、いつも僕に安心感を与えてくれます。そして安心の反対には『不安』があって……僕はこの感情を音楽に昇華できるように、本格的に学びを深めたいと思っています」
ランウェイを降りたオリエムに、在迦はそう言った。
「この地を僕の故郷と呼べるように……海に咲く花のように、赤い砂漠のとまり木のように、パトリアへの思いを歌い続けたいんです。どうか、オリエムさんに師事させてください」
「私がまだキミに伝えられることがあるならいいのだがな」
ここに帰ってくるのならばまた、こうして話でもしよう――
深く頭を下げる在迦の手をとり、オリエムはそう言って頷いて見せた。
ランウェイには2人と入れ替わり、風華が現れた。
セピアナの姿で身に着けるのは、SilkySeasonが手掛けた天体ロリィタコーデセット【アスタークレスト】をパトリア式にアレンジした衣装だ。
(今夜も素敵な星空ですね。個性の光る素敵なブランドやモデルさんに並び立てるよう、楽しく頑張りましょう)
アスタークレストはもともと、暗色の生地に金色の装飾が施され、全円スカート部に黄道十二宮星座刺繍が施されたロリータ衣装だ。
だが、風華は今回、「ある目的」のためにスカート部に無地の生地を使った。
髪飾りはレースヴェールで軽やかに。
ワンピースドレスはセピアナの透明感のある肌に合わせ、フリルとレースに白を選び、銀色の星飾りを配置している。
風華の登場に続き、ランウェイには
ミイレンが現れた。
衣装には風華のものと同じSilkySeasonのロリータ衣装を身に着けている。
(前回の配信の時に、衣装にご関心頂けたのを大変嬉しく思いました。今回はぜひ、パトリアの夜に映える装いを一緒に楽しみたいのです)
ミイレンに対し風華が提案したのは、パトリアの夜空を図案化した衣装だった。
地球で星座を観察し、12星座で運勢を占う文化があるのに対し、ミイレンが「パトリアの夜空」に持つイメージはやはりガラテアが映し出す古代の広告映像や、ライブに共鳴したガラテアが放つ光の風景だった。
(風華様のおっしゃる自然の星空と違って、ガラテアが起こす現象は大昔の人々が作った人為的なものですが、それがわたくしにとっては物心ついた時から当たり前にある夜の風景でした。それがきっと、地球との一番大きな違いなのですね)
(ええ、私達にとってもパトリアの夜空に浮かぶ広告映像はとても新鮮なものでした)
風華が自分とミイレンのスカートを無地にしておいたのは、ランウェイ上でこの景色を再現するためだった。
ランウェイをミイレンと2人で歩きながら、風華はクローステールの力を使い、無地の衣装をキャンバスにしてパトリアの赤い砂漠が作り出す夜の風景を描く。
大勢の人々が視聴する2世界の生中継の期待をよりたかめられるように。
2人のスカートの上を、互いに時計回り、反時計回りになるように夜空の幻が飾り刺繍となって反映されていく。
風華とミイレンが線対象になるようランウェイの上でポージングすると、会場、そして画面越しで視聴する人々から大きな称賛の声が上がったのだった。