「今日はよろしく頼む。精一杯やらせてもらうよ」
アーヴェント・S・エルデノヴァがそう声をかけると、
青海響弥は胸に手を当て、深く頭を下げて見せた。
「ご武運を、パトリア東の王城の主」
「これでも長く勇者アイドルとして活動しているからな。期待していてくれ」
「御意」
笑顔を返す響弥の傍らで、
小灰 鬼佚も「頑張ってねー」と手を振った。
今回、鬼佚は
GULOS と共同でアーヴェントの衣装をデザインしていた。
「こんにちは。いやー、かっこいいねえ響弥くん」
衣装デザインの段階から、カメラは舞台裏映像として鬼佚の姿を追っていた。
打合せ室に展示してあったサンプル衣装などを見ながら、鬼佚は本題に入る。
「是非、モデルとして紹介したいアイドルが居るんだけどどうかな?」
「なるほどー。モデルさん、どんな衣装が似合いそうかな? コレ、GULOSが今秋新しく出す予定のカタログなんだけどー。あとこっちが、楽巫様に着てもらう衣装のラフ」
「これ、
ウェスタくんだよね? 俺のイメージとしては、アーヴェントくんの衣装も方向性としてはこっちなんだけど、印象はウェスタくんのとはもう少し違う感じにしたいかな」
「うんうん」
「もしくは対になっているデザインで、あとこれ。当日、彼の剣をランウェイに持ち込みたいんだ。【ダイン・シュテルネ】っていう剣なんだけど」
「おお、かっこいい! じゃあ、この剣ありきで考えないとね」
「そうそう。だから、ランウェイで剣を振った時になびく布とかあるといいよね。あとは、当日はアーヴェントくんのアトリビュートと同じデザインで作ったピアスを合わせたいんだ」
「髪はそのままにする? いじる? あと、カラコン入れたりするモデルさんもいるけど」
「そこはアーヴェントくんの自前で勝負したほうがいいかな。彼の夜空色の髪と星色の瞳を生かす方向で。って感じかなー? 後は響弥くん次第ってことで」
「なるほど、了解」
映像が録画から中継に切り替わり、地球のランウェイを映す。
鬼佚の応援を背に、アーヴェントは靴音を響かせながら現れた。
(ライブは数え切れない程やってきたが、モデルにランウェイ……どちらも初めてだな。パトリアの未来の為、東の王として、一人のアイドルとして全力を尽くす気持ちは揺るがない。頑張ろう……!)
硬質の靴底が床を叩く音と、金属の金具が擦れる音が会場に響く。
アーヴェントがランウェイを進むと、歓声が彼を包み込んだ。
視線を真っすぐに向け、光り輝くオーラを纏い、勇者らしく堂々と。
ピンと伸ばされた背中のマントが風に煽られ、裏地の黒が翻る。
(現代の勇者が過去を引き連れ、未来へと歩んでいく。そんな協奏が、この衣装と一緒に伝われば)
アーヴェントはダイン・シュテルネを抜き、ランウェイの先端に立ち止まる。
黒く美しい刀身は星粒の輝きを閉じ込めたような不思議な輝きを放ち、観客の前に姿を現した
(願うのはパトリアの過去と未来。平和を願う心と勇気を胸に)
人々の視線の前に一歩大きく踏み込むと同時に力強く剣を振り抜き、アーヴェントは勇者の存在感を示す。
観客はその太刀筋が星空のような尾を引くのを見た。
彼らの心に残すのは、神々しい光を纏うアーヴェントの雄姿と、湧き上がるアイドルへの憧れ――歓声の中、勇者の姿を観客の目に焼き付け、アーヴェントは刃を鞘に収めた。
帰り道にはパトリアの伝承歌を口ずさんで。
拍手に見送られるその後ろ姿は、観客それぞれの思い出の風景に重なった。