「折角の機会だから、俺はパトリアでサティスファーの力を試してみたいと思ってる。それに、せっかく
乱花万花が戦国武将イメージでデザインしたなら、殺陣を演じて見せた方が衣装が映えるだろ?」
行坂 貫がそう言うと、
セプタティオは「そうだな」と返事した。
その視線は貫の傍らにいるグロビデンサに注がれていた。
「お前がやろうとしていることに応えるには、こちらとしても出し惜しみするわけにはいかないな。できる限りのことをさせてもらおう」
ライブ会場の上空のカメラがステージに近づく。
グロビデンサの背に乗った貫は、浪人の着流しを思わせる衣装を身に着け、観客の前に登場した。
その襟元には蘇芳色の細い布を風になびかせ、蹄の音はゆっくりと会場に響く。
(セプタティオが戦国武将、俺は浪人だ。この緊張感……ステージっていうより、実戦みたいな空気になってきたな)
どこからかもう1つの蹄の音が聞こえはじめ、貫はグロビデンサの歩を止める。
ステージの反対側から、セプタティオが貫と同じくグロビデンサの背に乗って現れたのだ。
周囲が闇に包まれ、観客は真上からのしかかってくるような威圧感を覚えた。
貫と相対し、悪の武将を演じようというのだろうか――それはセプタティオの纏う、「嫌悪」のオーラだった。
セプタティオが二丁の長銃「ヴィシャップ」を抜いたのを見て、貫は彼が自分と本気で撃ち合う気ではないかという空気を感じ取った。
(マジの殺気か……? いや、まさかな)
ここから予想されるのは、騎馬での立ち回りと、銃使いであるセプタティオの懐を狙っての近接戦を仕掛ける展開だ。
貫が静かに鞘から抜いたのは、力強い輝きを持った一振りの黒い大太刀だった。
騎馬での戦闘において、馬の勢いに乗せて敵を斬ることのできる武器である。
いざ出陣――
大太刀を下段に構える貫の背後には蘇芳の布をなびかせた浪人が2人現れ、さらに黒い影の戦士が貫の後ろに従った。
(さぁ、どっちから行く?)
貫の「いつでもいい」という視線に気づいたのだろう。
セプタティオが2つの銃口を正面に向け、グロビデンサの胴腹を蹴った。
そして闇の弾丸を激しく乱れ撃ちながら、貫に向かって突っ込んできたのである。
(自分を倒すならこの弾幕をくぐって来い、ってことだな!)
敵将の首を取るには恐れを捨てて踏み込まねばならない。
貫はセプタティオの銃弾を掻い潜り、グロビデンサを操ってステージを駆け巡る。
当然これは殺陣の演武であり、観客には危険はない演出であった。
だがそこには戦(いくさ)さながらの緊迫感があった。
(さぁ、ここから一気に攻めるぞ!)
騎乗の貫はセプタティオとの距離を詰めながら、自分の存在感を誇示するように力強く歌う。
するとそれに応えるように大勢の踊り手の幻影が出現し、覇王を称えるコーラスが響く中、戦いの高揚感を鼓舞するように舞い始めた。
観客は彼らの衣装を一目見て、乱花万花の手による貫の衣装と一貫性を持たせたものであることを認識した。
彼らも浪人たちと同じく、セプタティオに挑む貫の兵なのである。
(これだけでもかなりの人数だな。だけどここからまだ増えるぜ!)
貫と浪人たちが互いに距離を取り合うと、光の力を得た新たな踊り手が各々7人ずつ――合計で21人が新たに出現した。
24人は息の合ったダンスを踊りながら、浮遊する光のステージへと浮かび上がる。
いざ、敵であるセプタティオを討たんとばかりに迫る貫の軍勢。
だが貫が彼らを出現させたのは、圧倒的な力でセプタティオを倒すためではなかった。
(そう、これはセプタティオの衣装を映えさせるための演出だ。豪快に薙ぎ払ってくれよ!)
(良いのだな? では……遠慮なくいかせてもらおう)
セプタティオが片手をゆっくりと空に向けると、その周囲の闇が深くなり、重く増していく威圧感に観客が静まり返った。
ステージの真上に出現したのは、白い炎を帯びた真っ黒な闇の球体だった。
嫌悪の意思を込めて放たれた武将の必殺技は、まっすぐに「敵」の頭上へと落とされる。
(……来るぞ!)
――ああ、刈られる
貫はその瞬間をステージの上で待ち構えた。
闇の球体は貫の踊り手たちの半分以上を飲み込み、ステージは衝撃音と共に大きく揺れ、観客からは悲鳴が上がった。
だがこれは、予定通りの展開だった。
派手に豪快に薙ぎ払え――その演出をさらに盛り上げるため、貫があらかじめサティスファーの力を用い、セプタティオの攻撃を仮想ガラテアで強化していたのだ。
(観客には俺たちが大ピンチに見えてるだろうな。だけど、勝負はまだここからだ!)
貫は身に着けた衣装が乱れるのも構わず、残った踊り手たちと共にダンスで形勢逆転を演じた。
不意を打たれたセプタティオが落馬するのを追って、グロビデンサの背から飛び降りた貫が斬りかかる。
追い込まれたセプタティオは貫を遠ざけんとヴィシャップを乱れ撃った。
(これが最後だ。受け止めて見せろ、貫)
闇の炎を纏った最後の一発が至近距離から貫に襲い掛かる。
銃弾があわや貫の左胸を撃ち抜かんとしたその瞬間――翻った黒い刀身はそれを真っ二つに斬って落とした。
(勝敗は決したな)
大太刀の切っ先が、武器を失った悪の武将の鼻先へと突き付けられる。
観客は貫の勝利を見届け、惜しみない歓声と拍手を贈ったのだった。