~ スカイドレイク、それから(2) ~
ムウェネ=ムタパを含めた新たな国際的枠組みに、巨木の森の本格調査を目的とした第二次国際南方領域探検隊計画。それらの中心となるだろうワハート・ジャディーダ外交部は今日もてんやわんやで、職員たちは休む暇すらありゃしない。
慌ただしく行き来する書類。あちらこちらで張りあがる声。
「あら。帰ってきたばかりですから、しばらく休暇が与えられると思っていたのですけれど」
こっそりと外交部を覗いた優が意外そうな声を出すのも致し方のないことだ……何故ならそれらの忙しい仕事ぶりの中心には、改めてシャーからの信書を携えてムタパにとんぼ返りして正式な国交樹立を果たしてきた
マルヤムの姿があったのだから。
少し前までは一介の町娘でしかなかったというのに、今では国の仕事の最前線。過労死してしまいやしないかと心配ではあるが……ほら、彼女の顔は充実感で満ちている。
「案外、天職だったりしてね」
ルージュは優にそう笑いかけ、それからフルートを口許に添え。
オフィスにどこからか響きはじめたフルートの音色は、外交部員たちの連日の仕事の疲れを、綺麗さっぱり洗いながしてくれることだろう。
だが、そんな彼らへとじきに、また新たな大仕事が振ってくることになる……。
ワハート・ジャディーダ東方、
ファールス島の底のほど近く。人の腕が入るか入らないかの亀裂をしばらく進んだ場所の小部屋に、
葉剣 リブレは佇んでいた。
じっと見つめるのはひと振りの剣。その姿を目に焼きつくまで眺めた後で、丁寧に布を巻き、小部屋に置かれた箱へと仕舞う。
もう、最強の妖精なんてものを求める必要はない。届かぬ目標に焦がれた過去をふり切るように首を振り、自分にそう決意させたここしばらくの出来事に思いを馳せる――。
――旅芸人だった
ムスタファ一座も、これからは腰を落ちつかせることになった。拠点は、この島に新たにできるレストラン。そこでは普段より落ちついたディナーショーを見せながら、昼間は併設の劇場でそのぶん激しい踊りを披露する。
とはいえ、旅をやめるつもりなんてない。半年のうちひと月は、世界じゅうにレストランの宣伝を兼ねた出張ライブに出かけるつもりだ。同じ場所に留まれば芸は劣化するのを知ってるし……何より、
ファリダと見知らぬ場所を訪れるのが今のリブレ最大の喜びだから。
先日の開店初日の舞台では、誰もが流星の中で踊る妖精姉妹に歓声を上げた。そりゃそうだ、ムスタファ一座が舞台に上がって、観客を退屈させるつもりなんてないんだから。お蔭で舞台の成功はたちまち噂になったようで、少し前には近頃開催準備が進められているという、国際スポーツ祭の開会式への出場さえ打診が来たらしい――盛大な開会式にしようと各所に働きかける関係者たちの願いは、この国でも他の国でもいろんな人を巻きこんで大忙しにさせているに違いないけれど――。
――そんな回想は次の瞬間、外から聞こえた声に中断させられた。
「ねえ、またその秘密の部屋にいるんでしょ!」
ああ、ファリダだ。
「うん、すぐにそっちに行くよ!」
彼女の呼びかけに応えると、亀裂を這って出てゆくリブレ。岩の間からとび出したなら……リブレはそのままファリダの手を取って、くるくると踊りはじめた。
「突然どうしたのリブレ?」
「何でもない! ……でも、偶には誰にも見られずに踊るのも悪くないでしょ? 踊りで私を魅了して、旅に消えないように君の隣に縛ってよファリダ……なんてね」
「今日は本当に変なリブレ!」
楽しそうに笑うファリダを突然ぎゅっと抱きしめると……リブレはそのほんのりと赤みを帯びたほっぺたにそっと自らの唇を添えてから、照れくさそうに彼女を解放した。
それから今したことの意味を誤魔化すかのように、真っすぐに島の上のほうを指差してやる。
「さあ行こう! 上でみんなが待ってるよ!」