「戦う気概があるのは結構な事だが――」
名和 長喜は前線基地で皆の様子を窺っていた。
封印するしないに関わらず、今必要なのは戦力である。邪竜が眠っている谷底までには数多の眷属達がのさばっている。邪竜やその眷属達がこちらの動向をどう捉えているのかまでは分からないが、少しでも接敵すれば嫌でも交戦する事になるだろう。
「戦闘技術を持たない者のせいで被害が拡大してしまうということは往々にしてあることだ。対策が必要ともなればそのあたりの解決が先決か」
願うべき未来は只一つ。しかしそれを烏合の衆に任せられるほど余裕があるわけでもない。
長喜は暫し考える。己にとって、そしてこの国の未来にとって何が良いのだろうか。
目指すべき場所が同じ以上、その者らの意を汲んでやりたいという思いもある。しかしそれによってこちらが損害を被るのは避けたいところだ。
「……通用するかは分からんが、少しばかり試してみるとしようか」
長喜はまず兵を集めることにした。
ある程度の動きができるものではなく、先の戦いで生き残った者や不慣れな者達である。あまり大人数を集めては指揮系統も乱れるだろう、そう考えた長喜はリボドゥガンの街で知り合った者達を軸として声を掛けていく。
「よし、まずは集まってくれてありがとう。そしてこれから話す事は少々厳しい言い方になるかもしれない」
前置きを述べ、語り始めるのは戦いに向けた考えと手段であった。
まず一つ目は集められた人員達の技術についてである。戦に不慣れな者や、そもそも戦闘技術を持たぬ者達には援護に回って欲しいと説いていく。
「最前線に出るのは王都の兵と渡り人でいい、安全確保が難しい現状だからな。そいつらが動きやすい環境を作るのが今回の主なる作戦になるだろう。もし眷属達が援護チームに向かってきても対峙しようとは思うなよ。前線からの援軍を待って欲しい」
決して単独で対峙しないように。自分たちの仕事はあくまで「邪竜を倒しに行く渡り人への協力」がメインである。そこで無理をしてしまえば被害は広がるばかりだ。
「前線に赴く者と、援護に回る者。二チームに分かれてから、また細分化を行う。出来る事があればその都度言ってくれ、それからミンストレルの歌声が届く範囲についても忘れないようにな」
大まかな指揮は長喜が執るとして、細かな調整はチームごとのリーダーに委ねる事にした。
伝達がしやすいよう竜を初めとした小動物達にも協力を得て、それぞれの陣形をチェックしていく。それがある程度落ち着いた頃、長喜は
キクカ・ヒライズミと
忌枝 徒長の元へとやってきた。
「それで私は何をすればよいでありますか?」
「キクカは翼竜の機動力を活かして攪乱してほしい。援護チームが円滑に動けるようにな」
「そうなると……俺も同じようなものか」
徒長が問えば、長喜は小さく頷いた。
「敵の戦力を分けたいのが第一だ。その中でも前線に向かう二人には、別方向で注意を集めて欲しい。機動力の違う二人がいれば、それぞれ対処もしやすいだろう」
高機動のアオ、そして防御型のアリマ。前回の戦いである程度立ち回り方を知る事ができた。それらを活かせば、邪竜討伐へ向かう渡り人の後押しになってくれるだろう。
「俺は指示出しに徹する。戦いの最中、もし途中で動けなくなった者がいれば後方まで連れてきて欲しい、その場で応急手当をするか、前線基地まで運ぶかの判断をしていく」
「わかった」
「了解であります!!」
「それじゃあ……最後の戦いだ」
◇◆◇
「さぁ、私の蒼い翼。行くでありますよ!!」
『行くであります!!』
キクカを乗せたアオは前線基地から飛び降り、滑空しながら谷へと向かっていく。
降りれば降りるほど瘴気は色濃いものとなり視界がやや悪くなっていく。それが急に晴れたのは後に続いているミンストレルのお陰だろう。
「力強い歌声でありますな……これは頑張らないといけないのであります」
『もう震えは良いのでありますか?』
アオは小首を傾げ、問うた。
「あれは武者震いであります……それに、今の私達に恐れることなど何一つないのであります!!」
アオはキクカの言葉を受け、普段の言動からは想像がつかぬほど大きな雄叫びを上げた。
釣られるようにして後方の竜達も雄叫びを上げる。それに気がついたのだろう、翼竜の眷属達がこちらを出迎えようと進行方向を整え始めた。
「アオ、あそこに突っ込むのであります!!」
キクカの指示を受け、アオは長い首と身体が平行になるよう体勢を整えた。翼の傾きを利用し、風を掴もうと微調整を重ねていく。すると、ふとした瞬間訪れたのは一瞬の間であった。風の音、眷属の唸り声、そして生命の息づかい。それがほんの一瞬だけ途切れたかのような空気をキクカは感じ取った。
「アオ!!」
『うん!!』
キクカの声に応え、アオは羽ばたいた。蒼色の鱗を煌めかせながら向かうのは眷属の群れ、その中央だ。暴風とミンストレルの歌を背に受け、戦況を掴み取ろうと牙の生えた口を大きく開く。
「ブレスであります!!」
放たれたのはアオのブレスだ。瘴気ごと焼き尽くそうと火の球はそこかしこに撒き散らされる。いくつかは当たったが、それほど効果はなかった。だがそれでいい、手筈通りである。注目さえ集められればそれで良かった。
「このままブッチギリで羽ばたくのであります!!」
本当は騎士らしい戦い方をしたかったキクカだが、それよりも大事なのは自身にできることである。そう自分にそう言い聞かせ、アオの背を優しくトントンと叩いた。
「ここからが私達の正念場でありますよ!!」
『まっかせてであります~!!』
アオは追ってきた翼竜の眷属達にチラと目線を送り、長い舌をべっと出してみせた。
それが合図となったのか、はたまたただの偶然だったのかは分からない。ただ、上手い具合に注意を引くことができたようだ。追っ手となった翼竜タイプは真っ直ぐアオを追いかけ始めた。
「さあ、私の蒼い翼。みんなが邪竜を倒すまでこのまま駆け抜けるでありますよ!!」
◇◆◇
「行けるかアリマ」
徒長は前線で駆け回るアオとキクカの様子を眺め、アリマに問うた。
『いつでも。あの小うるさく駆ける木偶を相手取れば良いのだろう?』
「ああ、俺達は地上で引きつける。出来るだけ後衛の盾になれるように位置取りには気をつけよう。……邪竜を討伐したとして、生き残った人が少なければ複雑だ」
それに気分も悪い。出来るだけ護りながらの戦いとなるだろう。徒長がそう呟けば、アリマはやんわりと瞳を細めた。
『望むのであれば……どこまでも共に駆け抜けよう』
「ありがとう、悠然なる翼アリマ」
徒長が優しく声を掛けてやればアリマは嬉しそうに鳴き、鋭い顔つきに戻った。
『行くぞ契約者。我らが前に立ちはだかった事を後悔させてやる』
「……意外に気が強いんだなぁ」
一時は穏やかな竜だと思っていたが、実の所そうでもないらしい。
しかし手を結ぶのであれば心強い勇猛さだ。契約したのがアリマで良かった、徒長はそんな事を考えながらスピットファルクスを手に後方の様子を窺った。
歌の範囲は予め聞いている。多少漏れたところで、討伐を軸としているわけではないので然程問題はないだろう。あるとすれば速度か、いやしかし防戦を得意としている身なればそれも小さきことだろう。
「行こう、他の人達が無事に辿り着けるように」
アリマは返事の代わりに泳ぎ始めた。滑らかに空を滑り、お世辞にも速いとは言えぬ速度で四つ足の眷属に向かっていく。
幸いな事にあちらも直線以外では動きが遅い。突進する間を与えず、細かな方向転換をしてやれば翻弄できるだろう。
徒長はアリマの動きに合わせ、側面を護るようにスピットファルクスを振った。水の振動によって硬い尾を弾き飛ばし、ブレスを吐こうとしている個体には空間ごと穿つ。眷属の数は多く、対処が間々必要となったものの、アリマの蛇行が功を奏しているようだ。時折攻撃が打ち込まれるが、殆どは掠り傷に留まっている。水の膜も上手い事効いているのだろう。
「そのまま――いや、一度右手側にそれてくれ」
『あちらに用事でも?』
「直ぐに分かる」
アリマは不思議そうな顔をしたが、徒長の事を信じて右手側へと逸れていく。眷属達の突進を避けながら、半弧を描くように進んでいく。
「そのまま真っ直ぐ……よっと」
徒長は身体を低くし、何かを掴み取った。手の先にあったのは――人だ。王都の兵だろうか、杖を持っているのでおそらくは呪術者だろう。
「生きてる……な。よし、アリマ。一回後衛の所に戻ってくれ」
『眷属は如何様に』
「一度他に任せる。けが人を置いたら直ぐに戻ってこよう」
『承知した、一度空へ上がろう』
徒長がけが人を抱え込むのと同時にアリマは空へ昇った。地上型の眷属はそれをしばらく眺めていたが、射程圏から外れたことを悟り別方向に散っていく。そのままアリマはするすると泳ぎ、翼竜の視界から逃れるようにやってきた。
「怪我人だ、頼む。一応息はしている」
「よし、こっちで引き取ろう」
出迎えたのは指揮を執っている長喜だ。呪術者を預かり、その場で応急手当をしながら徒長に問いかける。
「前線はどんな感じだ」
「数が多い。疲弊すれば戦況がひっくり返るだろう」
「それなら長い時間動けるよう、交互に援護する面子を整えた方がいいな……とはいえ手を尽くしても長くは持たない。早いところ邪竜を討ってくれればいいんだが」
相変わらず瘴気は色濃い。長喜は少しばかり不安そうな表情をしたが、直ぐに首を振った。
「いや、やるしかないんだ」
「あぁ……っとそうだ、余裕があれば怪我人を運送できる竜をこっちに回してくれないか。そしたら俺とアリマは前線に居続けられる」
「分かった、そのあたりも考えておく。……よし、応急手当はこれでいいな。そっちも出来るだけ耐えてくれ」
「言われなくともそのつもりだ」
徒長はほんの少し微笑み、アリマと共にその場を後にした。
残された長喜は小さく息を吐き、瘴気に塗れた前線に目を向ける。
「血が出るなら殺せる、手段があるのならなんとかなる。……早いところ、終わらせて祝杯でも挙げたいもんだな」
落ち着いたこの国で勝利の美酒を味わいたいものだ。長喜は前線に赴いた者の無事を短く祈り、慌ただしい後衛を纏めるために立ち上がった。