「うんうん、神話の時代と違って、今回は渡り人たちのバーゲンセールでありますからな」
いたく感心した様子で頷いたのは
ゼロ・ゴウキだ。彼女は封印のあれこれを聞き……そして渡り人達で邪竜をなんとかする、という案をすんなりと受け入れた。
「何も心配してないでありますよ。私達で邪竜をなんとかしてしまえば、全て丸く収まる話でありますから!! ……しかし、ここでならマスターに会えると思ったのに……ここにもいないであります……」
ゼロのマスターである
ロデス・ロ-デスは一体どこにいったのだろうか。きっと、この国の危機に奮闘しているであろう。もしかしたら邪竜討伐のため、既に動いているのかも知れないとゼロは考える。
「偉大なマスターでありますから、人知れず過酷な任務に赴いているのかもしれません。いや、きっとそうに違いないであります!! 見ていて下さい、マスター……この私めが皆さんのお役に立てるように、そしてひいてはマスターが十全の力を発揮できるよう誠心誠意サポートさせていただくのであります……!!」
決意し、燃えるゼロは拳をぎゅっと握りしめ、自分のできることを成す為に作戦会議の場へと駆けていった。
作戦会議は前線基地のある小型の浮遊大陸で行われている。
今回の行われる作戦は王国民向けの場であるらしく、渡り人の姿は無かった。前線に赴く王都の兵、その中でもリーダー格などが招集を掛けられている。
天幕にはそれなりの数の人と竜が集められ、皆最後の戦いを前に強張った面持ちでそれぞれの動き方などを語らっているようだ。
そんな様子をこっそり覗いていたゼロはむむむと表情を顰めた。
「皆ガチガチでありますな……肩に力が入りすぎであります。これでは普段の実力も出せるかどうか……ハッ!! そうであります、私の体内時計によると、そろそろティータイムであります!!」
決戦は午後、現在はその少し前。
今から緊張や不安を抱いているともなれば、きっとそれに足を取られてしまう可能性がある。
そこでゼロが考えたのはリラックスしてもらうためのお茶を用意することであった。
美味しいお茶があれば気分も和らぎ、作戦会議も上手く行く。そうすればきっと前線に赴いたとしても、いつも通りの実力を出せるに違いない。
「決めたであります、皆に美味しいお茶を振る舞うでありますよ!!」
思い立ったゼロは前線基地の竈場を借りることにした。
急拵えではあるが、必要最低限の設備が揃っている。しかしそれはあくまで戦に必要なものばかり。嗜好品のようなものはなく、また肝心のコックや給仕の姿も見当たらなかった。近くに居た兵に話を聞けば、どうやらその殆どは避難民の支援に出かけていたり、最後になるかもしれないと家族とともに過ごしていたりするという。戦闘が始まる前には戻ってくるだろうとも教えてもらった。
「そうなると私一人で準備をしなければならないでありますな……しかし、こんなこともあろうかと、既に色々持ち込んでおいたのであります!!」
じゃじゃーんとゼロが広げたのはティータイムに必要な茶葉と美味しいお菓子。そして椅子とテーブル一式である。
「いやはやまさかこんなこともあろうかと、がドンピシャで決まるとは思わなかったでありま――まさか、これもマスターのお導き……?」
はたとゼロは気がついた。
ここに来る前、居眠りの合間。ゼロは夢を見ていたことを思い出したのだ。
それは完全無欠なマスターことロデスがゼロのことを褒めちぎり、そしてお茶会について話してくれた。褒められた嬉しさが勝り、その他諸々については殆ど抜けてしまっていたが、薄らと残っていたお陰でこんなこともあろうかとの物品に追加される事となった……本当にそんな気がしただけだが、ポジティブマスターのゼロには神託に近しいものなのだと定める。
「マスター!! このお導きを必ずも生かし切ってみせるであります!!」
ロデスの天啓をしかと受け取ったゼロはお茶会のセッティングを始めた。
前線基地は元々人が住んでいなかったこともあり、大変殺風景なものである。士気を上げて貰うにも、ここが前線基地であることをなんとしてでもかなぐり捨てなければならない。
「綺麗なクロスを引いて、中央にはお花を設置したら多少雰囲気もよくなるでありますな。あとはお菓子とティーセット……デザインがバラバラになってしまいましたが、これも味というものでありますな。うんうん。紅茶は……こちらも丁度良い塩梅であります」
水瓶にたっぷりと作られたのは持ち込んだ茶葉で作ったアイスティーだ。議論を重ねていれば喉も渇くだろう。その際、温かいものではなく、喉を潤してくれる冷たいものの方が喜ばれるだろう、とゼロは考えていた。
「よいでありますな。皆を呼ぶのであります!!」
ゼロは天幕へ飛び込み、陰気な顔をしていた兵を無理矢理連れ出した。何やら文句を言っていた人もいたが、こちらは戦の要たる渡り人である。抵抗らしい抵抗はなく、皆素直に(ゼロ比)着いてきてくれた。
連れ出した人と竜に机を囲んでもらい、ゼロは作っておいたアイスティーを振る舞っていく。
アイスティーはしっかりと冷やされており、カップを近づければ高級感漂う香りが鼻をくすぐる。添えられたお菓子は口当たりが良く、作戦会議で頭を使っていた者の疲れを消し飛ばしてくれた。飾り付けも愛らしいものが並び、まるでエレガントなティータイムである。
「話し合いをするのであればリラックスして行うのが良いであります。我がマスターも常々そのようなことを言っていたであります。多分、おそらく」
ゼロは茶葉とお菓子について語り、いかに渡り人――もといロデスが有能であるかを語っていった。すると、重苦しい雰囲気は鳴りを潜め、先程とは考えられぬほど朗らかな雰囲気が辺りに伝わっていく。
「うんうん、こうでなくては。きっとマスターの良さに気がついてもらえたでありますね」
実際はお茶会の効果と、渡り人が沢山着いているということで安心をしてくれた、が正しいのだが……ロデスを信奉しているゼロは気に留めなかった。
何故ならゼロにとってマスターこそが最高の存在であるから。
きっと皆、マスターの魅力に気がついてくれたのだと、そう信じて止まなかった。
「さあ、皆でバッチリ最高な作戦を立てるのであります。人と竜が平穏をつかみ取れるように、そして既に奮闘しているマスターの手助けとなるのであります!!」