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竜へ捧げる鎮魂歌【最終話】

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竜へ捧げる鎮魂歌【最終話】
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 四柱 狭間は空を見上げ、邪竜について思い馳せる。
 かの竜――調停神ブイルクカンを襲った嘆きは決して珍しいものではない。
 生と死が存在している以上、三千界に生きる誰しもが経験をする事なのだ。
「できる事なら悲しみを拭ってやりたいが、それはきっと誰かの役割だ」
 戦う事しかできない己では、悲しみを拭うことはできないだろう。だとしたら、その者が動きやすいように振る舞う事がせめてもの慰めであり、また同時に餞でもある。

「……しかし宇宙(そら)から来て、そして魂も宇宙(そら)に還る、か。この地でどれほど暮らそうとも、故郷はちゃんと定められているんだな」
 真昼の抜けるような青空、帳の降りた静寂の夜。轟音とどろく雷雨に、しんしんと降り注ぐ雪の空。どれも等しく空であり、また彼らの故郷でもある。
「だったら還れるようにしてやらないとな」
 たとえ嘆きと分かつことができたとしても、空へ還してやらねばきっと竜とは言えないだろう。彼の竜を正しく竜だと認めてやるためには、成さねばならぬ事なのだ。

「サンサルさん、また俺の翼として一緒に来てくれるか?」
『なんだ改まって。翼なんだからどこにだって行くに決まってんだろ!!』

 そんな二人のやり取りを眺めていたのはシン・アイビーだ。
「――生、か。一度生を全うした身の私からすれば今更方針にどうこう言うつもりはねぇが、損だなテメェも」
 それは一体誰に向けられた言葉なのだろうか。シンはそれ以上語らず、空を見上げる。
 これから行われるは最終決戦、だというのに空は青く眩しいほど輝いている。この空模様は天に輝く竜達の祝福か加護か――シンはそんな事を考え、欠伸をひとつかみ殺した。

◇◆◇


「つーわけで連れてきたぞ狭間」
 シンは少女の背をドンと押して前に出した。
「……えーと、その人は?」
「この前、街で救助したやつだ。覚えてねえのか?」
『……狭間はそーいう事聞きたい訳じゃねえと思うぞ』
 サンサルはじっとりした目でシンを見たが、シンが負けじと目を合わせてくるので早々にそっぽを向いてしまった。
「私は回復に専念しなけりゃならんし、狭間も余裕ないだろ。祓うところまで手が回らねぇ」
 回復とサポート、どちらも行うとすればかなり神経を使う……だけならまだいい、それのせいで苦労を強いられるともなれば危険度は増していく。それを潰すためだにミンストレルのトヤーを連れてきた、とシンは続けた。
『おぉ、いいんじゃねえの? 瘴気を削ぐのもサポートするのも大事だし、狭間、両手にツェツェグだな』
「ツェツェグ?」
 狭間はサンサルの言葉に首を傾げた。
『知らんのか、ツェツェグは花って意味なんだよ。地竜ムンフツェツェグ様の名にもツェツェグってあるだろ。あれは永遠の花って意味だ』
 サンサルが得意げに胸を張れば、隣のシンは訝しげな表情を浮かべた。
「あ? 狭間が両手に花? 何言っ……そうだ……そうだったな。今、女だったわ」
『なんで自分の性別間違えてんだ……? もっと自分に自信持てよ……ちゃんと人のメスに見えるから安心しな』
「そういう問題じゃねえ」
 サンサルとシンはああだこうだ言い合い、連れてこられたミンストレルはやや困り顔だ。
 そんな様子を見て狭間はしまらないな、と思う反面、変わらなくて有り難いと少しばかり表情を明るくした。

◇◆◇


「さぁ、行くぞ。皆」
 狭間とシン、そしてミンストレルのトヤーはサンサルの背に乗り薄暗い谷底へと降りていった。
 渡り人のお陰で瘴気は鳴りを潜め、分厚かった膜は紗幕のように透け、向こう側を映している。その向こう側に邪竜は居た。
 周囲の渡り人と交戦をしながらもその瞳に映っているのは正しく虚である。色も命も覗えぬ漆黒がただただそこにはあった。

「二人はここで支援を、僕はサンサルさんと一緒に邪竜の元に行く」
 サンサルはシンとトヤーを下ろし、そのまま上空へと駆け上がった。
 シンとトヤーの力によりある程度抑制されているが、邪竜の眷属を生み出すことは完全には無くせないものだ。立ちはだかるように狭間とサンサルの前に現れたが、最初に神殿で見た時よりも威圧感はなく、身体は僅かに透けて向こう側の景色が映っている。
「邪竜の力が削がれているってことか」
『多分そうだな、あれが尽きれば全て終わるってことだ』
 そうすれば邪竜を空へ還してやれるかもしれない。サンサルが呟けば、狭間は力強く頷いた。
「だとしたらなんとかしてやらないとな、露払いだ」
 サンサルは狭間の言葉を聞き、ニッと笑った。そのまま翼を器用に動かし、眷属へと向かっていく。既に対峙している相手、それも知能がないのであれば攻撃の手数は限られる。鉤爪やブレスを躱し、カウンターとして外神の狂剣を振りかざして道を塞ぐ者を一刀両断してやった。ブイルクカンもこちらに気がついたようで、瘴気のブレスを吐き出していく。広範囲のブレスは瞬く間に広がり、狭間はルドラの護符でそれを無理矢理ねじ曲げた。その瞬間、ルドラの護符には亀裂が入る。
「もう使えないな、今までよく耐えてくれた」
 最初の襲撃、そしてリボドゥガンの街でもそうだ。風の護りが使えない以上、これからは身一つ……いや、サンサルと共にこなしていかなければならないだろう。

「サンサルさん」
『なんだ?』
「いくつか賭けに出る。失敗すればただの犬死にだが、僕を信じてくれるか?」
 サンサルはその言葉を聞き、怒るわけでもなく気持ちよいほどの笑顔を浮かべた。
『今更断る訳もないだろ、お前は契約者。んで、俺は翼――どこまでも一緒に行ってやるよ。さあ指示をだしな!!』
 サンサルは吠える。眷属とブイルクカンの攻撃を躱し、空を我が物顔で飛び回った。
「ありがとう――サンサル」
 狭間はつられるように笑い、表情を正す。剣を構え、待ち構えるは二度目のブレスだ。
 邪竜は大きな口を開き、息を吸い込む。口の端々から瘴気が僅かに漏れ――それを吐き出した。波のようなブレスが辺りへと広がっていく。それを絡め取るように狭間は剣を振るった。
 狂剣は瘴気を文字通り取り込み、黒々としたオーラのようにそれを携える。一頻り取り込んだのだろうか、圧縮された瘴気が狭間の手に這い上がる。僅かに感じたのは悲しき想い。竜や獣の心を狂わすこれは、きっと本能的に呼びかける彼の声なのかもしれない。そんな事を考えながら狭間はその瘴気を己の力に昇華した。
 そこに加えるのは黒竜サンサルの加護。練り上げるようにして魔力を形とし、新たに這い出た眷属を巻き込めるように剣を構える。
「――僕には目的がある」
 それは惑星を成すという願いであった。だが、与えられたのは相反する星砕剣士の名。由来となった一撃を以てかの竜に救いを与える。狭間が強く願えば、纏めた瘴気は星々のように光へと転換される。
「力を漏らしたくない、接近任せた」
 確実に相手の魔力を削ぐ。狭間がそう伝えれば、サンサルは普段の言動から想像がつかぬような真面目な表情のまま翼で舵を取る。上昇からの急降下、獲物を狙い定める飛行が邪竜との距離を詰めていった。
「サンサル、君の翼としての名前は流星――そう、君は流星の翼だ!!」
 空に落ちる流星が如く、サンサルは名に恥じぬ速度で邪竜へ落ちていく。そこに打ち出されるのは見えぬ空気を分かつような鋭い一撃、哀れな竜の嘆きを断ち切らんと狂剣の刃が打ち振るわれた。
 輝きは瘴気を撃ち、光で押しやる。比較的柔らかな腹を切り裂けば、そこから瘴気――否、ブイルクカンが抱えていた魔力が零れ落ちていった。

「回復はしているが、充分削ぐ事ができただろう」
 後は誰かがやってくれればいい。狭間はそう願い、一度邪竜と距離を置くためにシンとトヤーの待つ場所へと戻った。
 サンサルが降り立つのと同時に駆け寄ってきたトヤーは狭間の手に残る瘴気を祓い、安堵する。そして声を掛けようとしたが――それよりも早く動いたのがシンだ。
「狭間」
 シンはずかずかとサンサルの上に登り、狭間の襟元を掴み上げる。
『あっ、俺の首を踏むなよ……イデデデデデ』
「賭けは二度とするな、巻き込むな」
 普段の気怠い仕草はどこへやら、詰め寄ったシンの表情は真顔であった。
「何が失敗すれば犬死にだ……あんま無茶してんなよ」
 俯いたシンの表情は覗えなかったが言いたいことは痛い程分かる。狭間が何と返そうか悩んでいると、首を踏まれたままのサンサルが声を上げた。
『俺、足場じゃねえんだけど!?』
「翼も足場も変わらねえだろ」
『大違いなんだよなあ!?』
 きゃんきゃんと吠えるサンサル、そして面倒臭そうに言い捨てるシン。
 ここに降り立つ前のようなやり取りを見て、狭間は笑った。
「何笑ってんだ狭間、まだ終わりじゃねえだろ」
 シンは傷を負っていた一人と一頭に回復を施し、サンサルの首から飛び降りた。
「露払いするんだろ」
「ああ、もう少し頑張るとしよう。サンサル、いけるか?」
 狭間が問えば、ぶすくれていたサンサルはパッと表情を明るくした。
『当たり前だ、俺はお前の流星の翼……どこにだって飛んでいくってもんよ!!』


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