「……うん。見た感じ怪我はよくなったみたいですね。どうです、ジーク?」
ルルティーナ・アウスレーゼは王都にて、ジークと呼ばれる小型竜の経過観察を行っていた。
ジークは相馬 桔平が扉に吸い込まれた後、同じようにして扉を潜り抜けたルルティーナが出会った手負いの竜である。眷属達と対峙し、深手を追ってしまったところを彼女が助けた。というのがその出会いだ。
以後、何かと気に掛け、今しがた最後の診察を終えたところである。
『じーく元気だよ!!』
竜の中では未だ幼い個体らしく、喋り方は人の子と然程変わらなかった。
「そうですか!! それは良かったですっ♪」
『だからもう空を飛べるよ』
ジークは長い尾をパタパタと動かし、甘えるようにルルティーナの足元に巻き付ける。
「もぅ~、ジークぅ? しっぽでいたずらしないでくださいね?」
『えへへ』
「あとはお姉ちゃんに会えれば良いんですが……」
ルルティーナが敬愛する姉、
シャーロット・フルール。彼女もまた緊急通信を受け、扉へ向かってきているはずだった。
道中何があったのか知らないが到着が遅れているようで、困った事に機械類を通さないこの世界ではそれを知る手立てはない。
心配しつつジークの世話にあけくれ、時折、扉まで様子を見に行ってみたものの……今の今まで収穫はなかった。
「……そろそろ最終決戦も近いはずです。もう一度お姉ちゃんがいないかどうか、神殿まで見に行きましょう。良いですか、ジーク?」
『うん、いいよ。ルルティーナを乗せてどこまでも飛んであげる』
「ありがとうございます♪ さあ、行きましょう!!」
◇◆◇
一方その頃――。
「にゃははははは!! 真打ちは遅れてやってくるっ!! 妖精団長シャロちゃんの登場だーー!!」
バーンっと効果音が着いてきそうなほど元気よく高笑いを浮かべたのはシャーロットだ。
突如寄越された救援要請、そして聞き覚えのある相馬の姓。
いかにもな展開を見過ごす訳にもいかず、件のポイントまで訪れ扉を潜り――あれやこれやをしていたら既に場はクライマックスな感じであった。近くに居た人に問えば、邪竜討伐の為に戦える者は殆ど前線基地に向かってしまったという。
「もしかしてもしかしなくとも最終決戦って感じ!? にゃーんで!?」
「お前が役立たずになってたからだろーが」
アレクス・エメロードはくるくると表情を変え続けるシャーロットに大きくため息を吐いた。
というのも、シャーロットがここに来たのはそれほど遅い訳でもなかった。
最初に潜り抜けた桔平や、その後に続いた渡り人に比べれば遅い到着となったが、きちんと辿り着いていたのだ。
だが問題はその後である。アレクスと共に扉に吸い込まれたものの、先に辿り着いたのはシャーロットだけであった。
そのせいで独りぼっちになってしまったと勘違いしたシャーロットは過去のトラウマから泣きじゃくったのだ。それはもう誰にも手を付けられないほど。
冷たい床に座り込み、鼻を啜りながら俯いていた彼女を発見したのは、その後にやってきたアレクスである。
どうにかこうにか、あの手この手とたっぷり時間を使って慰め終えたのがつい先程の事だった。
「それは言わないお約束なのっ」
「けけけ、普段苦労させられてんだ。たまにはいいだろ?」
そしてこれからも苦労させ続けられることは理解しているのだ。
たまのいじりくらい受け入れて欲しい。アレクスがそのような事を言えば、シャーロットはぷくーっと頬を膨らませた。
「他の人に言ったらだめなんだからね」
「へいへい、気をつけますよっと――おい、あれルルナじゃねえのか?」
「えっ、ルルちゃんい――」るの? とシャーロットがそちらを振り向けば、全速力で駆けてきたルルティーナがタックルよろしく抱きついてきたところだった。
「お姉ちゃん!! ご無事だったんですねっ!!」
「うんうん、もっちろん☆ なんてったってボクだからねっ」
「さっきまでえらい勢いで泣いていたくせに……」
「アレクちゃん!! それ以上はめっ!!」
シャーロットは慌ててアレクスの口を塞いだ。
「でもお姉ちゃんがご無事で良かったです……はっ、そうでした。まずはこの世界についてお教えしますね」
ルルティーナは語り出す。それはこの世界に起きている危機だ。
邪竜とその眷属に蹂躙されていたブランダーバスのために、程なくして大がかりな討伐戦が始まるのだという。戦える者はみな前線基地に赴き始め、準備を整えているところだとルルティーナは教えてくれた。
「う~ん、やっぱ大変な感じだね。でもでもボク達が来たからにはだいじょーぶ!! みんなで力を合わせて邪竜ちゃんにとっつげきだ~!!」
「それは問題ないんだがアツヤ達はどうする。あいつもまだ来てないだろ?」
アレクスは、はたと思う。新入りである
迅雷 敦也達は未だこの世界に辿り着いていないようだ。緊急通信を受け取った報告は聞いていたが、何か問題でもあったのだろうか。
「そうだね~、でもあつやちゃんなら大丈夫!! きっとボクの考えを汲んで前線まで来てくれるって」
「ならいいんだけどな。ま、それを願って俺らも前線基地に向かうとするかね……ルルナも準備は良いのか?」
「はい、勿論です♪ ジークと一緒に、どこまでもお供致します!!」
◇◆◇
「でっけぇ扉がある洞穴って何処にあるんだよ!?」
敦也は叫んだ。そりゃもう心の底から。
桔平の援軍要請を聞きつけてポイントまでやって――これなかった。見つからないのだ、件の洞穴とやらが。
「ちゃんと座標聞いてなかったから、すぐに見つからないんだよ? 全くしっかりしてよね~」
夢風 小ノ葉は呆れるような視線を送った。
扉を探し出してからかなりの時間が経っている。あの時、きちんと座標を聞き取れていればこんなことにはならなかったと、木ノ葉の目はややじっとりとしたものに変わりつつあった。
敦也もそれを理解しているのだろう、ぐぬぬと悔しそうな表情でその言葉を受け止める。
「それはそうなんだが一生懸命探しているんだから――」
「あーあ、すぐに洞穴見つけられないせいで大遅刻だよ~。もし何もやることなかったらお兄ちゃんのせいだからね~」
迅雷 火夜の華麗な追撃である。
二人にぼこすか言われ、敦也は肩を落とした。しかしまだ挽回のチャンスはあるはずだと、気持ちを切り替え、近くにあった洞穴を指さした。
「多分あそこだ!!」
「本当かな?」
「ど~かな~?」
ここまでくると半ば楽しくも思えてくる。女性二人は楽しそうに表情を緩め、先に走っていった敦也を追いかけた。
「ほら、ようやっと見つけたぜ!! よっしゃあ!!」
洞穴の先に待っていたのはバルバロイでも行き止まりでもない。探し求めていた件の扉だった。
「もうちょっと早ければ良かったのに~」
「まぁまぁ。……とりあえず通れそう?」
「そうだな、無事に開いてくれれば――ってうおお!?」
敦也が扉に手を掛けた瞬間。扉は急に開かれた。
荒れ狂う風、そして目映い光。少々時間は掛かってしまったものの、迅雷一行はようやく扉を潜り抜けることができたのだ。
そして待ち構えていたのはブランダーバスの神殿、祈りを捧げている人と竜たちである。
「なんだここは……?」
「……まってお兄ちゃん~、持ち物がなんか変わってる~!?」
アークで使っていた武具や機械は手元に無く、残っているのはそれ以外のもの。突然の事態に困惑していた二人に声を掛けたのは一頭のドラゴンだった。
『渡り人か』
「渡り人……?」
『知らぬか、そうよな。貴殿らは扉を潜り抜けたのだから』
竜はこの世界の事について教えてくれた。国の名前、現状、そして今は最終決戦のその間際だということ。様々な情報が一瞬にして溢れていく。どうにも状況はあまりよろしくないらしい。敦也が言葉を紡ごうとすれば、遮ったのは木ノ葉の悲鳴だった。
「な、なんで!? どうしてボク狼になってるの!?」
扉を潜り抜けるまでは人の形であった木ノ葉が、いつのまにやら狼の姿になってしまっていたのだ。
「おぉ~一人だけ狼になってる~」
「どうして!?」
『ふむ、特にそのような事例を聞いたことはないが……』
何があったのだろうか、と竜も一緒に首を傾げている具合だ。
「まぁ、木ノ葉のそれはしょうがねーとして」
「しょうがないの!?」
「一旦置いておいて~」
「置いちゃうの!?」
「……団長様なら邪竜と戦うって言うはずだ。俺達も向かおうぜ!!」
自由を妨げる輩がいるのなら、やるべき事は決まっているというものだ。
◇◆◇
「よーっし、あつやちゃんたちも来たし、フルール歌劇団☆ 集結!!」
紆余曲折しながらも、前線基地には見知った面々が並んでいる。既にちょっと疲れたような顔をしているのは今までの事を考えれば仕方のないことだ。
「悪ぃ、待たせたな。団長様達もトラブルあった感じか?」
「あー、実はシャロが――」
「――なんでもないよ、扉の不具合? で来るのが遅くなっただけ☆」
シャーロットはアレクスの言葉を遮り、とぼけ顔で答えた。
「それならいいんだが……まぁ、集結できたんだ。やる事も決まっている以上……何も心配はいらねぇぜ!!」
「そうですね、私達は私達に出来ることをこなせば良いだけです♪」
幸いな事に扉を潜り、加護を授かっている。ぶっつけ本番の戦闘だとしても、今まで培った経験が良い感じに生きてくれるだろう。
「そうそう、そゆこと♪ それじゃーみんないっくよ~!! 開いて貰った活路にゴーゴー!!」
◇◆◇
「よし、あんたも行けるか?」
敦也はトゥムルルグという竜に声を掛けた。
この竜は神殿で色々教えてくれた竜である。前線に赴こうとした敦也達に興味を持ち、異界の話を聞く代わりに此度の翼を引き受けてくれたのだ。
『問題無い。して連れの二人は別でいくのか』
トゥムルルグはちらと火夜のほうを見た。彼女は今、狼になってしまった木ノ葉の背に乗っているところだ。
「うん~火夜ちゃんは木ノ葉ちゃんと一緒に降りるよ~!!」
「そうだね、ボクもこの姿のままじゃ戦えないし火夜ちゃんの足になるよ」
木ノ葉はわふわふと声を漏らした。喉の調子を整えるため、小さく歌声を紡ぐ火夜に合わせどことなくクルクルと周り、楽しそうにしている。
おそらくは懐かしい感覚なのだろう。昔はこういった光景もあったな、と敦也は少しだけ頬を緩めた。
「よっし、一番槍は俺が貰うぜ!! いつもは後衛だが……今の俺ならガンガン前に出て戦えそうだ!!」
授かった加護は己の新たなる一面を見せてくれた。これならばどこまででも駆けていけそうだ。そんな気持ちで胸はいっぱいである。
「頼むぜ、トゥムルルグ!!」
『心得た』
トゥムルルグは駆けだした。他の竜に比べればやや小さな羽を器用に動かし、風の流れを掴み滑空していく。不安定な風を除け、気流を読みながら下っていけば、先んじて戦っていた者達が徐々に道を形成し始めた。
それが形になったのは間もなくしてのこと。トゥムルルグは彼の者達の行いが無駄にならぬよう素早く駆け抜け、谷底へと降り立つこととなった。
そこに鎮座していたのは一際濃い瘴気を纏った大型の竜だ。来訪者に気がつき、不気味な唸り声を上げて巨躯をのっそりと持ち上げる。
やや遅れ、火夜を乗せた木ノ葉も谷に点在している岩場を乗り越え、最下層までやってくる事ができた。それを確認した敦也はトゥムルルグに指示を出す。邪竜へ真っ直ぐ向かい、突き進むように急上昇からの一撃を狙うためである。
「よし、火夜ちゃんがサポートするよ~!!」
敦也の行動に合わせ、火夜は歌を紡ぎ始めた。妖精を喚び出し、共に合唱するためだ。音程を合わせていけば、妖精を纏う光に強弱がつき始める。麗しい光は辺りの瘴気を祓い、少しだけ視界をよくしてくれた。
「いっけ~お兄ちゃん~!!」
「トゥムルルグ!!」
敦也が竜の名を呼べば、舞い上がったトゥムルルグは羽ばたきを止めて邪竜の頭部へと落ちていく。放たれたのは猛き炎の剣。鋭い剣圧が落下の速度を呑み込み、鎌鼬のように鋭利な傷を残していった。
それを受け、邪竜は間近に来た敦也へ向かい大きな口を開く。漏れ出した黒い靄がなんたるかは言わずともわかることだ。
「よし~木ノ葉ちゃんご~ご~!!」
火夜は弦を奏でながらも木ノ葉へと指示を出した。
「わかった!!」
木ノ葉が駆けた。敦也への攻撃を防ぐためである。隆起している岩場を思い切り踏みつけ、高く飛んだ。同時に火夜の生み出した水泡が敦也の方へと広がっていく。トゥムルルグはそれを避け、邪竜から逃れるようにして下降した。やや遅れ、瘴気のブレスが波のように押し寄せる。攻撃を防いだのは水泡だった、瘴気のブレスに触れ、小さな爆発が引き起こされる。衝撃によって瘴気のブレスが薄まり、敦也を乗せたトゥムルルグは滑り落ちるように着地した。
――その少し前、谷底の様子を窺っていたのはルルティーナ、アレクス、シャーロットと、微妙な表情をした桔平である。
「ほらほら、よしき二号ちゃんっ☆ 元気よくいくよ~!!」
「この言われ具合、また愚弟か愚昧がやらかしてんな……? しかしあいつら、濃い面子と縁があんなぁ」
「えっ、可愛いって言った?」
「言ってねぇよ。……言ってねぇからそっちの坊主は俺を睨むんじゃねえ」
桔平はアレクスからの視線を遮るように掌をひらひらとさせ、彼の翼であるスレンと共に谷底へと降りていった。
「俺はあの狼の嬢ちゃんの所で眷属の対処にあたる、気をつけろよな」そう言い残して。
「おっけー、きっぺーちゃん♪ アレクちゃんとルルちゃんは準備良い~?」
「俺はいつでも。ヒポグリフのお陰で自由に飛べるからな」
「わたしは――ああ、ジークまってくださっ!! わ、わふーーーっ!?」
ルルティーナの懸命な治療のお陰で力を取り戻したジークは空を飛べるのが余程嬉しいらしい。彼女を乗せたまま曲芸飛行のように空を回り、自由気ままな姿を見せている。
「…………よしっ、準備いいね☆」
「どこがだ!! おいルルナ、大丈夫か」
「な、なんとか……んもうジーク、振り落とされて潰れたトマトになるのは嫌ですからねっ!!」
ルルティーナがペしペしとジークの背を叩けば、小さな笑い声が返ってきた。
『わかってるよ、落としても潰れたトマトにならないようにちゃーんと拾うね』
「できれば落とさないでくださいっ」
「うんうん。仲良きことは美しきかな? よーし、シルフィーちゃんもいける?」
シャーロットは乗っていた竜――シルフィーの背を優しくトントンと叩いた。この竜は先程スカウトもといナンパした銀色の竜である。キラキラと輝く鱗は美しく、薄暗い瘴気の中でも目映い光を携えていた。
『問題ありません、参りましょうか』
シルフィーの穏やかな声を聞き、アレクスは少しばかり表情を崩す。
ルルナとシャロの竜、逆の方が良かったんじゃねぇか――と。
「アレクちゃん、なんか失礼な事考えてない?」
「いいや? んな事よりサポートは任せろ。ルルナもシャロを頼んだ、俺はカヤ達と一緒に瘴気の対処にあたるからよ」
「お任せください、お姉ちゃんの事……ばっちり護ってみせま――ああっ、ジーク……!! 急旋回はダメですっ!!」
「…………大丈夫か、あいつら? っと、アツヤが仕掛けに行ったな。俺らも向かうぞ!!」
シャーロットとルルティーナ、アレクスは谷底へと入った。
眼下の瘴気は色濃く、岩と邪竜の境目を曖昧なものにしている。吹き抜ける風がないせいか、どこも淀んだ空気が停滞していた。
「空気が悪いね……あつやちゃんだいじょーぶ?」
シャーロットは底から上がってきた敦也に声を掛けた。
「問題ないぜ、今は火夜と木ノ葉が眷属の対処に当たってるが、やっぱりブレスが厄介だな……」
身体が大きければ体内にため込めるブレスの容量も上がる。加え、邪竜は死んだ竜達の魔力を持っている状態だ。あちらが尽きるのを待っていては何も解決しない。それどころか、上で戦っている人や竜が疲弊し狩られてしまうだろう。
「うーん。大打撃☆を与えるのならやっぱり一斉攻撃かな?」
「わたしもそれが良いと思いますっ。回避をしつつ、なんとか深手を負わせましょう。サポートはアレクスさんや火夜さん達がやってくれると思います」
ミンストレルとシャーマンは揃っている。それぞれある程度の援護を望めるだろう。
「うん、それじゃあ三方向から行こう♪ あつやちゃんはさっき正面から行ったよね、もう一回お願いしても良い?」
「ああ、任せてくれ。どんな攻撃でも攻撃を受け止めてやるぜ!!」
「さすが新人団員ちゃん!! ルルちゃんはボクと反対側から頑張ってごーごーしよう」
「分かりました、ジークの補助をしながら回避して向かいます♪」
三名はそれぞれ頷き、それぞれの方角へと向かっていく。
正面は敦也、右からはルルナ、そして左にはシャーロットである。
それぞれの竜を乗りこなし、瘴気の海を駆け抜け始めた。
「お~、あっちも揃ったね~。アレクスおにーさんも準備は大丈夫~?」
「ああ、問題ない。……そういやキッペーはどうした?」
「眷属達の対処に行ったよ~、放っておいたら上に合流しちゃうからね~」
桔平は既に別行動へ移ったらしい。それならば自分たちも動き始めようと、火夜は拳を突き上げた。
「よ~し、それじゃあアイボ~ご~ご~!!」
「分かった、しっかり掴まってよ。アイボー!!」
木ノ葉は駆けだした。上空の竜達を確認しながら火夜の歌が途切れぬよう、谷底を移動していく。途中、邪魔立てする眷属を躱し、振り返らずそのまま振り切ろうとした。しかし相手は翼を持っている。淀んだ空気をものともせず、我が物顔で羽ばたいていた。その鉤爪が木ノ葉と火夜に向けられたが――待ったを掛けたのはアレクスである。
「邪魔立てしてくれるなよ――飛べ、コノハ!!」
「分かった!!」
アレクスの声を受け、木ノ葉は瞬息走術で大地を蹴った。巻き込まれぬように距離を一気に離すと、元いた場所に降り注いだのはアレクスが喚び出した数多の石の矢だ。上空から降り注ぐそれは眷属を貫き、そのまま谷底へと突き刺さる。
「よし、良いな。歌声も届いてる……後は適当に回復してやれば良いだろ」
アレクスはチラと邪竜の方を見遣る。そこに映ったのは邪竜と三頭の竜、そしてその乗り手だ。
「ジーク!! お姉ちゃんたちの攻撃に合わせて魔力を注ぎます、そしたら一気に距離を詰めて下さい!!」
『分かった~!!』
気紛れなジークではあったが、戦闘ともなれば様子は違う。ルルティーナの指示通り空を駆け、厄介な鉤爪やブレスを掻い潜り距離を詰めようと心掛けている。
「良い子ですねっ♪」
その背を優しく撫でてやれば、ジークは瞳を輝かせた。
「あっ、まだですよ、まだです!! お姉ちゃんたちは……」
ルルティーナが他の二人を見れば、敦也は正面でブレスを躱しながら牙を弾いているところであった。注目は集められている。瘴気の攻撃も問題無い。残るは姉たるシャーロットのみ。
「ふふふん、あつやちゃんご苦労☆ ボクの準備もおーるおっけー♪ さあルルちゃんも行くよ!!」
シャーロットは戦神の翼刀を構えた。黄金色の風が靡き、周囲に数多の剣を具現化させる。キラキラとした輝きはシャーロットの金髪とシルフィーの銀鱗を鮮やかに照らしていく。
――合図だ。
同じく敦也も猛き炎の剣を構えた。魔力を注ぎ、炎を纏わせていく。轟々と唸る炎を携え、その時を静かに待つ。
「いきましょう、ジーク!!」
ルルティーナはアカツキとコウコンに手を掛け、ジークの羽ばたきを手助けするために霊力を注ぎ込む。瞬間、帯びたのは雷の鳴る音だ。
「全力☆全壊だ!!」
「俺の全力全開!! 受け止めやがれぇぇぇ!!」
「全ての力を――!!」
炎、光、そして雷。
異なる属性は魔力のうねりと共に広がり、周囲を色濃く照らし出す。
あれほど暗かった周囲は目映く照らされ、一瞬、ここが谷底だということを忘れさせるほど美しく煌めき、邪竜の身体を切り裂いていく。
傷口からは瘴気が溢れ、かの竜の足元へと伝わり落ちていった。
だがそれも僅かな時のみである。再び周囲は瘴気に支配されていく。
「効いてない感じですっ!?」
「ううん、効いてるよ。見て……さっきよりも瘴気が薄くなった!!」
暗がりは未だ健在、しかしその色合いは先程よりも幾分穏やかなものである。
「もしかしたら……ため込んだ魔力を使って回復してるのかもな」
敦也はぼそりと呟いた。
かの邪竜は神話の時代、数多の竜の亡骸を取り込んだという。そのお陰で膨大な魔力を有することになり、延々と瘴気を生み出せると聞いていた。
その瘴気が薄くなっているということはつまり――。
「わふっ……倒せる可能性がいっぱいってことですよねっ」
「そうだね、みんなで攻撃を続けていればいつかは――だけど、ちょーっとボクしんどいかな」
シャーロットはへにゃりと笑う。やや疲れている表情をしているが、先程の大技を考えれば連発はできそうにもなかった。
「団長様、ルルナさん。一回下がろう」
今は仕留められなかったが、邪竜の力を削ぐ方法は分かった。それに他にも渡り人はいる、敦也がそう告げればシャーロットはむむむ、と表情を顰めてから声を絞り出す。
「うん、でも……そうだね。よーし、皆を拾って一回戻るよ!! 休憩したらまたごーごーしよう!!」
ここで無理をしては元も子もない。無茶をすれば本当の意味で独りぼっちになってしまうからだ。
シャーロットはシルフィーに指示を出し、仲間を護るため、一度撤退する策を選んだ。