陰謀の構造
ミューレリア・ラングウェイは、議会王エカチェリーナから借りた助っ人とともに、ツァラー教に偽装入信し、内部を探っていた。
「”ギルグール”を肯定するツァラー教は露骨に怪しいし、リーガ・ダムにしてもビトム大公のクーデター騒ぎにしても関わっていたノルヴィクIG社も怪しい。きっとこいつらは裏で繋がってるぜ?」
ミューレリアは直感でそう想い、潜入しやすいツァラー教へと潜入していたのだ。
ツァラー教における彼女の立場は”特異者に縁があるポラニア人”と言う物だった。
「私はポラニアの異世界人と交友があるから、支援を貰えればポラニアの異世界人をツァラー教に勧誘できるかもしれないぜ」
常日頃からそのようなアピールをして回っていたら、そのせいか、ツァラー教の幹部が彼女に接触し、様々な質問を投げかけてきた。曰く”異世界人とは何者か”、曰く”異世界人は輪廻転生にどのような考えを抱いているのか”、曰く”異世界人はこの世界で何事を成し遂げようとしているのか”と言った、基本的な質問だった。
それに対し、ミューレリアは適当に誤魔化しながら――まさかこの世界を救いに来たと言う訳にはいかない――ちらちらと情報を小出しにしていった。
「異世界人の大半は軍人だぜ。ポラニア連合王国の傭兵って所だ。こんな感じの歩行戦車やエアロシップを使ってる」
ミューレリアが見せた映像は幹部達の興味をいたく引いた様だった。それ以上の情報を要求されるが、ミューレリアは拒否する。
「相応の代償なしじゃこれ以上の情報は出せないぜ?」
勿論これは駆け引きだ。ツァラー教とノルヴィクIG社の関係を探る為の。
幹部はミューレリアに多額の礼金を渡し、ミューレリアは取って置きの情報としてハイサイフォスのコクピットの写真とそのスペック――無論誤魔化している――を提供した。
「これ以上の情報も、これから先の付き合いでは、引き出すことが出来るぜ?」
その誘惑に、幹部達は負けた。引き続きミューレリアと取引して異世界人の情報を手に入れようとする幹部達を見て、彼女は獲物を前にした猫のような笑みを浮かべた。
そして、ミューレリアはツァラー教の幹部オフィスへと夜間潜入し、ツァラー教とノルヴィクIG社の繋がりを立証しようとした。だが、幹部の使用している情報機器は全てパスワードが複雑で、ハッキングのスキルを持っていないミューレリアでは開けなかった。
「こいつは参ったな」
仕方なくミューレリアは議会王エカチェリーナに借りた助っ人に、ハッキングを担当してもらう。自身はカモフラージュコートを着ている為安心だが、助っ人は現地人の為そうした特殊な装備を持っていない。できるだけカモフラージュできるよう位置取りをするが、警備員が来れば見つかるかもしれない。
ジリジリと時間が過ぎていき、ようやくパスワードが解読された。早速ミューレリアは情報機器の中身を読む。
「やっぱりか。ノルヴィクIGが随分と献金してる。それにこちらの渡したデータもノルヴィクIGに移ってるようだぜ。これは完全に黒だな」
そこで、コツコツと足音が近づいて来る。警備員だ。ミューレリアと助っ人は身を隠すが、警備員はオフィス内部へと侵入して、丁寧に各所を回っている。このままでは助っ人が見つかるのは時間の問題だ。
「てやっ!」
ミューレリアは警備員の死角から飛び出してデュアルビームソードで切り込んだ。肉と骨が立たれる感触とともに、警備員は屍となって倒れ伏す。だがバイタルセンサにより、以上は察知され、特殊部隊がオフィスへと雪崩れ込む姿を、彼女はフューチャー・ヴィジョンで察知した。
「とんずらするぜ!」
ミューレリアは助っ人に証拠のデータが入っている情報機器を持たせ、自身は前衛として特殊部隊に対応する形で逃げ出した。途中、特殊部隊と遭遇するが、彼女は彼等の間に飛び込み、ブレイドダンスで切り刻んでいく。何発かミューレリアに対し発砲する者もいたが、サイコフォーキャストで弾道を見切り回避した結果、彼女には傷ひとつない。
こうして、ミューレリアと助っ人はなんとかツァラー教の寺院を脱出した。ここで得た事実は、フリートラント側に属するノルヴィクIG社系の軍需企業の告発やツァラー教の弾圧に使えると、ミューレリアは確信し、その情報をフリートラント側へと提供するようエカチェリーナに申し出た。
「”レナトゥス”、ツァラー教、ノルヴィクIG社が繋がっているとすれば、それはフリートラント側にも警告しなければならないことです」
エカチェリーナは提案を承諾した。
★
「私と、エカチェリーナ議会王陛下と、連合王国軍大ヘトマンを交えての会談がしたいと? それほどの重要事なのか?」
鷹野 英輝の申し出に、ポラニア連合王国野戦ヘトマンであるアレクサンドラ・フィグネル大将は首を傾げた。
「はい。人工神格レーゲルの実際と、認識の齟齬をもたらした原因について報告し、その上でお3方のご意見をお聞きしたいのです」
英樹の答えに、アレクサンドラはしばし沈黙した後、頷いた。
「良かろう。議会王陛下もその件に関しては興味を持たれるはずだ」
その答えに英輝は安堵した。彼としては、人工神格レーゲルが、何故”人工神格”というグレードで呼ばれるようになったかに、大きな疑念を抱いていた。フリードマン総統の言う所によれば、レーゲルとは単なる世界率調律器に過ぎない。恐らく、先代議会王スタニスワフも同様の認識でいたはずだ。にも関わらず、”人工神格”と呼ばれる事がポラニア臣民の反感を買い、フリートラントとポラニアの対立の一因になっている事に、何らかの意図を感じざるを得なかったのだ。
そして、会談の席で、英輝は”人工神格”レーゲルについて、これまで仲間の特異者達が調査した結果を披露した。
「”人工神格”レーゲルは、イデアルな世界律を現実世界に投影し、世界律を調律する為のひとつの機械に過ぎません。イデアルな現実はポラニア・フリートラント関わらず、イデア界に存在する形而上的な概念で、これによりフリートラントが恣意的に世界律を曲げる事は本来的には不可能なはずです。にも関わらず、不適切な”人工神格”という呼称を与えた者がいます」
「それはフリートラントとポラニアの不和を狙っての事でしょうか……」
エカチェリーナが問うと、英輝は頷いた。
「自分はそう考えています。また、レーゲルを”人工神格”と名付けることにより、ポラニア正教とそれを奉ずるポラニア議会王政権の権威低下も、同時に狙っていたのではないでしょうか?」
「だが、そこまでする必要がフリートラント側にあるか? 却ってレーゲルの創造を困難にするだけではないか」
アレクサンドラが疑念を呈す。英輝は頷いた。
「恐らく、総統にはその意志はなかったでしょう。前議会王陛下にも。しかしフリートラントとポラニア連合王国構成諸国との平和を引き裂きたい者が、暗躍していたように想われてなりません」
「確かに現状を鑑みるだに、結果的にはそうなっている。だが、1歩間違えれば陰謀論に陥りかねない、地に足のついていない推測に想えるな」
フョードルが肩をすくめて不同意を表す。だが、エカチェリーナが頷いて見せた。
「確かに、その可能性はあるかも知れません」
「議会王陛下、何を根拠に?」
フョードルの問いに対し、エカチェリーナは答える。
「レーゲルの創造決定時、本来なら”世界率調律器”とすべき所を”人工神格”とすべきと、強く主張した、フリートラント内部の一部政治グループがあると、父から聞いた覚えがあります。その中核は当時の啓蒙宣伝相でしたが、”世界律を調律し世界を救う存在には、神格と言って過言でない重みがある”と彼に吹き込んだのは、当時から先進技術局長を務めていたライネッケ・ヴィンターだったと、父は苦々しく語っていました」
「つまり、フリードマン総統はヴィンター先進技術局長にまんまと乗せられたという事か」
フョードルが呟くと、エカチェリーナは畳み掛けるように告げる。
「啓蒙宣伝相もまた、国民の過半がそれを支持しているというアンケート結果をもってフリードマン総統を説得したそうです。彼もまた、その陰謀の一環に加わっていたのではないかと、私は疑っています」
「政権中枢部にまではびこる陰謀結社、ということか――依然として根拠は薄いとはいえ、ポラニアでも政権中枢部にまで影響を及ぼす陰謀が動いていた事を考え合わせると、あながち否定出来ませんな」
フョードルは眼光を鋭くする。
そこで英輝は提案した。
「人工神格への反感が未だ強いポラニア貴族へと、この真実を伝え、誤解を解き反感を和らげるべきです。少なくともレーゲルの本来のあり方は”世界率調律器”であるという部分は強調すべきでしょう。その任にはフィグネル元帥閣下が適任と存じます」
「ふむ――そう言う事ならば、議会王陛下より私のほうが適任だろう。喜んで引き受けよう」
「臣民には私が事実を周知します。それでよろしいですね?」
「御意」
エカチェリーナの言葉に、英輝は頷いた。
このようにして、”人工神格”レーゲルに対する誤解を解き、同時に陰謀を探る決議が為された。英輝は、内心の疑念が現実ではなければ良いという想いと、現実であったならば何としても陰謀を企てた者の意図を挫かねばならないと言う、ふたつの感情を胸にいだいていた。
★
「世の中には一見忠誠心があるように見えても、注意しないといけない人がいるのですよ
それは”見返りに何を求めているか”なのですよ」
アデリーヌ・ライアーは議会王エカチェリーナにそのように忠告していた。エカチェリーナはふむふむと頷きながらその言葉を聞いている。
「領地や恩賞であれば全てに応える事も可能なのですが、エカチェリーナさんの好意が目的だと、それを全員に返すのは無理なのですよ。そして厄介なことに、この手の輩は好意が得られないと、掌を返すような行動に出るケースも少なくないのですよ。若くてお綺麗な議会王様には、下心あって近づいてる人も後を絶たないと思うのですが、こういう”支払えない報酬”目的な人は十二分に警戒する必要があるのですよー」
すうっと、エカチェリーナの表情が曇る。どうやら心当たりがあるらしい。なにやら物想わしげな顔で、アデリーヌに応える。
「確かに、私は最近色々な人に好意を抱かれています。勿論、私の好意を求めてのことでしょう。ですが、出来る限りその好意には応えたいのです」
「応えても別に構わないのですよ。私が言いたいのは、あくまで”警戒は忘れないで欲しい”という事なのですよー」
アデリーヌがそう告げると、エカチェリーナは溜息を付いた。
「私が警戒している事を気取られたら、本当に好意を持ってくれている人々まで、私の側を離れてしまわないでしょうか? 私はそれが怖くて……」
――はあ、これは重症なのですよー。
アデリーヌは心の中で溜息をついた。多感な思春期の女性、しかも父の愛を一身に受けながらその父を亡くし、その後国内政治の荒波に呑まれて軽い神輿として担がれた経験が、彼女の”好意を向けてくれた人物”に対する依存心や分離不安をもたらしている様に、アデリーヌには見える。
――これはカウンセラーの先生とも要相談ですかねー。
そのように想いつつ、アデリーヌはエカチェリーナに語り掛ける。
「議会王様がそう想われるのは判るのですよ。それでも、1国の王様としての矜持を持って行動して欲しいと想うのですよ。”志の難きは、人に勝つに在らずして自らに勝つに在り”――つまり、志を成し遂げることが困難なのは、誰かに勝てないからではない。自分自身に勝てないところに、すべての原因があると言う意味ですよ。議会王様には、自分自身の心細さや寂しさという弱い感情に打ち勝って、このポラニアと世界を救済してほしいのですよー」
するとエカチェリーナは恥じ入った表情を浮かべた。
「――確かに、私は弱い人間です。ですが、アデリーヌさんの仰るよう、自分の弱い心に打ち勝つよう、努力してみます」
「少しずつでいいのですよ。前に進んでいれば必ず目指す場所に辿り着けるのですよ」
アデリーヌが励ますと、エカチェリーナは真剣な表情をした。
「しかし、世界の崩壊は目前へと迫っています。背伸びも必要になるでしょう」
「その時は、私達が支えて成果が議会王様の手の届くようにするですよ。心配はご無用なのですよー」
「有難うございます。で、見返りは?」
悪戯っぽく問いかけるエカチェリーナに、アデリーヌは答えた。
「”この世界の、大勢の命を救う事”ですよ。議会王様には見返りを要求しませんから安心して良いのですよ」
するとエカチェリーナはフフッと微笑んだ。
「全く貴方達特異者というのは、不思議な存在ですね」
「沢山の世界を渡り歩き、世界を救うのが私達の使命なのですよ。それ以外は千差万別ですけど、その一点においては共通しているのですよー」
エカチェリーナの表情が再び曇る。
「貴方達特異者から見て、このテスタメントという世界は救うに値するものですか?」
それは深甚な問いだった。それでも、多くの人々が生きて暮らしているこの小世界を平和へと導き、崩壊を食い止めるのは普遍的な善の領域だとアデリーヌは想い、答えた。
「もちろんですよー。いきなり”お前達の世界は、醜くないか?”なんて掌返しはしませんから大丈夫ですよー」
エカチェリーナはその答えに安堵し、柔らかい表情になった。が、すぐに顔を引き締め、真剣な表情となる。
「では、本題と行きましょうか?」
「はいなのですよ。先のクーデター関連の調査として、、国内の不穏分子と、各貴族の領地に不審な物流や資金の流れがないか等合わせて、物資の横流しや、極秘に兵器を開発していそうな場所を探りたいのですよ」
アデリーヌは軍事結社”レナトゥス”が無人機”デモン”を保有していた事に目を付け、”レナトゥス”を探る為にそうした事柄の許可を議会王エカチェリーナからの許可と協力を取り付けた上で行おうとしていた。
これには
桜井 ななみも一枚噛んでいる。彼女は後方支援部隊に協力しながら、補給物資が横流しされていないか、誰がどこへ流していったかを突き止めようとしていた。アデリーヌの提案は、その側面支援でもある。というか、ななみに依頼されたことでもあった。
『あなたに、議会王陛下から国内の内部監査を行う許可を取り付けてほしいの』
『全然構いませんですよ。狙いはやっぱりノルヴィクIG社なのです?』
『そっちは貴方に任せるから、私は軍内部の内部監査を行うわ』
そのような会話を思い出していたら、エカチェリーナからの応えが返ってきた。
「――良いでしょう。こちらも統合作戦本部の内務部局と連合王国警察公安部を動かしています。相互に情報を交換できれば、それに越した事はありません」
「有難うなのですよ」
アデリーヌが頭を下げると、エカチェリーナははっきりこう告げた。
「アデリーヌさん、頼りにしています」
それはエカチェリーナがアデリーヌを信頼に足る人物と見なした証だった。
★
ななみは統合参謀本部内務部局と協力して軍内の内部監査を行った。幸い非常に数字と兵站に詳しい女性将校、通称”勇ましいちびのタイプライター”ことマルチナ・アレクセーエヴァ中尉が側に付いてくれた為、捜査はスイスイと水を切るようにに順調に進んだ。
「ビトム大公に本来前線に回るはずの”フサリアL”を横流ししたのはノルヴィクIG社の一部意思ですけど、直接横流ししたのはポラニア王冠領軍兵站司令部司令官シューホフ少将と想われます」
マルチナの言葉にななみは驚く。
「フィグネル大将の側近じゃないの!? 灯台下暗しとはこのことね……」
「それだけじゃありません。シューホフ少将はジトミア大公領軍兵站司令部司令官のソログジン少将とも手を組んで、かなりの物資をフリートラント側に横流ししています」
「だから”王の墓”でジェノさんが正体不明の”フサリア”のフリートラント仕様機と対戦したわけね」
ななみとしては、ウロボロス教団がそのような方法で軍事力を確保していたことに驚きを禁じ得ない。
「しかも! ここからが重要ですが、ウランカ解放戦の時に出てきた敵の新型歩行戦車”トリメンデス”は”フサリア”の内部構造をかなり模倣して作られてます。ノルヴィクIG社がフリートラントと結託していたのは明白です。これは責任問題ですよ!」
マルチナは広いおでこと丸い眼鏡を光らせながらそのように断言した。
「と言っても、第2第3のシューホフ少将が現れるかも知れません。もう少し様子を見て、実際の物資の動きを追尾し、関係者をまとめて処分できれば良いんだけど」
「芋蔓式で良くないですか? シューホフ少将を引っ張れば、ぞろぞろと従犯が出てくると想いますけど」
マルチナの言葉に、ななみは首を振る。
「より確実にネットワークを確認したいの。一斉検挙がベストね」
「なら任せて下さい。タイプライター・マフィアの力をお見せしますよ!」
マルチナは広いおでこと丸眼鏡を再び光らせた。
★
一方アデリーヌはノルヴィクIG社周辺の物資の動きを探っていた。明らかに軍が必要とする員数外の材料が運ばれ、”デモン”として出荷されていく。出荷先を追うと、ジトミア大公領軍の兵站部門に組み込まれ、鉄道輸送でジトミアまで送られた後、消息を絶っているらしい。
「すると”レナトゥス”の秘密基地は山岳地帯にありそうなのですよ。調査が大変なのです」
ぼやきながらも、依頼通りに索敵宝珠と戦術集音装置を装備した”FFキュベレー”に搭乗し、山岳地帯へと分け入っていく。
「いくらなんでも物資を運び込むのは道路経由なのですよ。エアロシップでない事を祈るのですよー」
そのように呟きながら山岳道路を進み、深い森と山の奥へと入って行くと。
「見つけたのです。ここが秘密基地への出入り口ですね」
山岳道路に不自然に刻まれた新しい道路分岐点。地図にない道。念の為全方位索敵を掛け、野生の勘を研ぎ澄まし、超常感覚まで用いて徹底的な捜索を行うと、遠距離の森の中に2機の歩哨と思しき”デモン”の反応と、更にその奥に大きなエネルギー反応があった。
「ふう。これで第1ミッションクリアなのです」
アデリーヌは”デモン”に見つからないように”FFキュベレー”に簡易な偽装を施し、援軍の到着を待つのであった。
★
その頃、ななみはマルチナと共にポラニア軍内の補給物資不正横流しネットワークの捜査を行っていた。ななみが大まかな方針を決め、マルチナが精査する形である。
「ところで」
各地から集ってくる資料を解析するオフィスで、サモワールから紅茶を入れながらマルチナが問う。
「ななみさんは、何故この事件を追おうと考えたんです? 出世の為とかですか?」
ななみは首を振った。
「いいえ。そう言うやり方で出世しても周りに妬まれたり警戒されたりするから、それはないわ。私達特異者は、あくまで”世界を救済する”ことが目的だから、そう言う悪目立ちはまずいのよね」
「なるほど。純粋に使命の為ですか。どうもこう言う部門にいると、ヒトの欲得に敏感になってしまっていけませんね」
マルチナは頭を掻く。
そこでマルチナのスマートフォンが着信音を鳴らした。
「はいアレクセーエヴァ中尉です……ってニコライさんですか。はい。何、新しいネットワークが見つかったですって!?」
マルチナは電話相手との会話に熱中する。サモワールが沸いたのにも気付かない。ななみが慌てて火を消し、紅茶を入れながら待っていると、マルチナが電話を切って振り向いた。
「ななみさん、すぐ動きましょう!」
「どんな情報だったの?」
ななみが問うと、マルチナは早口で答えた。
「かなり複雑なネットワークを掘り起こしました。無人機”デモン”の生産をノルヴィクIGが手掛け、それを帳簿を改竄して消耗品扱いにし、前線で消耗されたと偽装して”レナトゥス”に引き渡す、中央・南方方面軍の末端に渡るネットワークです!」
「ポラニア軍内にも、”レナトゥス”に通じるグループがあったということね」
「残念ですけどそうなりますね。責任問題です! 一刻も早く内務部局に報告しないと!」
意気軒昂なマルチナに、ふとななみは不思議を感じた。
「しかしあなたは本当に情報が早いわね。例の”タイプライター・マフィア”って奴?」
「はい。兵站部局は補給品全般を扱っているので、兵站部局内部の他、他の部局ともいろいろ縁が出来るんです。その縁の草の根ネットワークを総称して”タイプライター・マフィア”と呼ばれてますね――というかななみさん! それどころじゃありませんよ!」
マルチナに背を押される形で、ななみは連合王国軍大ヘトマンであるフョードル・フィグネル元帥の下に向かった。
「それじゃ報告と交渉はお願いします。私は忙しいので」
軽自動車で走り去っていくマルチナを見送り、ななみは統合参謀本部へと入っていった。
「なるほど、我が軍内部には巨大な腐敗と配信の根が張り巡らされていたということだな。これでは勝てる戦も勝てない。発見してもらって誠に感謝する」
「大まかな方針を決めたのは私ですけど、実務の大半はマルチナ・アレクセーエヴァ中尉に任せていましたから、どうか彼女の処遇についてもご検討なさって下さい」
「ふむ。大変優秀な兵站将校のようだな。よし、さっそくこのネットワークは内務部局に検挙させる。そこから得られる情報は、きっと興味深いものだろう」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方だ。君達が兵站部門の内部監査を徹底しなければ、形だけの捜査に終わりこのネットワークを発見出来なかった可能性は大きい。感謝する」
フョードルは頭を下げた。ななみも反射的に頭を下げる。
「ここから先は我々に任せてくれ。ポラニア連合王国内に潜む巨悪を根こそぎ掘り起こしてみせよう」
そして、ノルヴィクIG社とポラニア連合王国軍内部に大鉈が振るわれ、対フリートラント通牒・対”レナトゥス”通牒グループが摘発された。彼らは当初フリートラントや”レナトゥス”との関係を否定していたが、動かぬ証拠を突きつけられ、その上で死刑かある程度の赦免かの二択を迫られると、概ねななみとマルチナの調べた通りの情報を吐き出した。兵站部は人員の多数を入れ替える事となり、その結果としてななみにはポラニア連合王国殊勲勲章が授与され、マルチナは大尉に昇進となった。
「これでフリートラントや”レナトゥス”に対する通牒組織が根こそぎにされたと信じたいけど……」
「いやああ言うのはしぶといです。元から絶ったと想っていても息を吹き返しかねませんから、まだまだ注意が必要ですね」
夕食の席でななみとマルチナはそのように言葉を交わし合った。
そこに、ななみの下へと連絡が入る。フョードルからだ。
「”レナトゥス”とノルヴィクIGの関係を取り結んだエージェントがいるらしい。
ディートリヒ・ホフマン。おそらくは偽名だが、彼はノルヴィクIG社内の”レナトゥス”通牒者によると、”エッセネ”と言う組織のエージェントとして、ノルヴィクIGと”レナトゥス”、そして我がポラニア連合王国軍を結びつけるネットワークを形成したらしい。彼は恐らくまだポラニア内部に潜伏し、さらなる騒乱を企てているだろう。十分に警戒するが、そちらも警戒して欲しい」
「――判りました」
ななみは頷いた。”エッセネ”――恐らくはこの小世界を破滅に追いやり、ギルグールをもたらそうとする勢力の中核。その一端に触れた事で、ななみは常になく緊張していた。
★
「”条件付きで人工神格の建造に協力する”為の首脳会談を行ってもらいたい」
ジェノ・サリスは開口一番、議会王エカチェリーナにそう告げた。
「和平の予備交渉ですか?」
首を傾げるエカチェリーナに、ジェノは断固とした口調で応えた。
「人工神格レーゲルを巡っては、これまで様々な経緯があり戦争に至ったと聞いている。しかし、そこには何か陰謀の影を感じてならない。ポラニア、フリートラント双方を疲弊させる動きを取っている軍事結社”レナトゥス”や昨今急速に勢力を拡張しているツァラー教団とノルヴィクIG社の資金や物資を通しての繋がり、そしてただの世界率調律器に”人工神格”という大仰な名前をつけてポラニア貴族臣民の誤解を広く招いたフリートラント先進技術局長ヴィンターの動きは、そうした陰謀の一部だと俺は想っている」
「ポラニア、フリートラント両国をまたいで、そうした大きな陰謀が働かれている可能性については、たしかにいくつかの物的証拠もあり、座視し得ません。それを、和平の予備交渉にかこつけて、暴こうというのですか?」
エカチェリーナの問いに、ジェノは頷いた。
「ああ。以前”聖王の墓所”で見つけた古代の叡智は、構造知性体の意識を繋げて人々の総意で世界律を決定づける物。これはポラニア正教の理想とするものだ。ポラニア側はこれで人工神格を受け容れ得る。フリートラント側には、この技術を提供し、”独裁は許さないが、人々の総意で動かす人工神格建造に協力する”と伝える。お互い、滅び行く世界を救うという大前提は同じだ。その部分さえ一致すれば、交渉の体を取る事は十分可能だろう――そして、その大まかな講和条件と交渉内容を”全世界に発信”する事で、陰謀を企てている者達を刺激し、反応を引き出す。それが俺の狙いだ」
静かに聞いていたエカチェリーナは、やがて決心し頷いた。
「良いでしょう。私もフリードマン総統とは直接話をしたいと思っていました。この会談により、彼と私達との間にあるボタンの掛け違いを是正し、陰謀を企てる者達を炙り出せるのであれば、喜んで会談に応じましょう。しかし――」
「しかし?」
「彼が、果たして会談に応じるかどうか……」
この期に及んで、ふと不安な態度を見せ、表情を曇らせるエカチェリーナを、ジェノは励ました。
「フリードマン総統の客人としてもてなされている特異者から、彼もまた会談に積極的姿勢を示していると聞いている。大丈夫だ。会談は必ず成立する」
エカチェリーナは少女のようにコクリと頷いた。
これにより、ポラニア=フリートラント間のホットラインを用いた、和平予備交渉が行われることになったのである。
「元気そうで何よりだ、エカチェリーナ議会王」
「こちらこそ、父の盟友である貴方が壮健である事に安心しました、フリードマン総統」
気さくな挨拶の後、フリードマンは開口一番こう言った。
「で、要件はポラニアの降伏かね?」
挑発的な態度に、フリードマンの傍らにいたカルティカはヒヤッとするが、エカチェリーナは毅然として答える。
「いいえ。まずは”ピラー”に座す人工神格レーゲルを破壊しようとしている戦略打撃潜水艦”グロム”の企てを共闘して阻止しようとの提案です。人工神格レーゲルが破壊されれば、世界を救う手段はなくなり、それにともなう”ピラー”の崩壊は、1千万の死者をポラニア、フリートラント両国に齎します。何としても、”グロム”の――艦長トレスキ大佐の企ては阻止されなければなりません」
「――それについては、こちらも手を打っているが、ポラニアからも手を打っているならば、共通の敵として共闘は可能だ。しかし、ポラニアが人工神格レーゲルを世界を救うオプションに入れるのは意外だったな? もっと頑迷な態度を取るかと思っていたが」
フリードマンの疑問には直接答えず、エカチェリーナは告げる。
「我々はこれまで無用の争いで多くの血を流しました。その血の恩讐は、いずれどこかで晴らされなければなりませんが、いまはその時ではないと信じています」
「――言葉に嘘はないようだな。では、特殊作戦部隊に、現地ポラニア軍と協力するよう命令しよう」
「有難うございます」
カルティカはほっと胸を撫で下ろした。ここで決裂してしまえば、ポラニアとフリートラントを結ぶ最後の縁まで切れてしまうと感じていたからだ。
そして、エカチェリーナは2つ目の――より重要な要件を持ち出した。
「要件はもうひとつあります。”人工神格レーゲルの建造に、ポラニアとしても協力する用意がある”事を、ポラニア連合王国王国議会王として、そして先王スタニスワフの娘として確約します」
モニタに映るフリートラント首脳部それぞれの顔が驚愕に歪む。だが、フリードマン総統は興味深げな表情を浮かべ、ヴィンター技術局長は顔色ひとつ変えずにその言葉を受け取った。
「ほう。条件は」
「”ピラー”に座する人工神格レーゲルをポラニアの管理下に置き、その世界律調律構造を、現在のイデアルな正常さを世界に投影する形ではなく、構造知性体の総意によって決定づける構造へと再設計し直す事です。これであれば、ポラニア正教の教えに背く事なく、世界律を調律して世界崩壊を防ぐ事が可能となります。フリートラントによる世界律の恣意的な調律ではなく、全世界の同意を得て、世界律を調律する。これこそが正しい道ではないでしょうか?」
エカチェリーナの提案に、フリードマンとヴィンターはそれぞれ興味深げな表情を浮かべた。
「ヴィンター、それは可能か?」
「理論的には可能です。ポラニア側がその技術を確立したと言う確証があれば、検討の余地もあるでしょう。しかしながら、その方法には弱点があります。構造知性体の総意は常に揺らぐ為、世界律の揺動を完全には抑えられないという事です」
フリードマンの問いに、冷静な態度で答えるヴィンター。そこに、ジェノは僅かな嘘を見出した。
「証拠ならある。何ならその技術の全てを開示しても構わない。それだけの価値はある。それに、世界律の揺動は僅かなものだ。今のような破綻寸前の状態より、よほど情況は改善されるだろう。なんなら、今の方式とのハイブリッドでも良いはずだ。僅かな揺動の中心軸に、レーゲル自体の調律を置く事で、完全な世界律が生まれる」
ジェノは想う。人工神格レーゲルの設計者である彼なら、それを解決する方法も知っているはずだ。にも関わらず、伏せていた事は、彼が”ギルグール”を目指す陰謀結社の一員である証拠ではないか、と。
そのようにジェノが思いを巡らしていると、フリードマンが応えた。
「ならば、その技術を持って、フリートラントが人工神格レーゲルを完成させようではないか」
「左様。一旦人工神格レーゲルの創造を拒否したポラニアを我々は信頼出来ない」
追従するように総統府官房長が告げる。
だがジェノは怯まない。
「信頼出来ないのはこちらも同じだ。だが、貴方達が始めた戦争による惨禍で傷ついたポラニアも、こうやって歩み寄っている。それでも信頼できないのなら、技術調査団を”ピラー”に派遣しても構わない」
「ふむ――しかしポラニアのセイムでは、我々から賠償金あるいは領土割譲あるいはその双方を求める優勢講和案が可決されたそうではないか。我々とて本来はすべくもなかった戦争で疲弊しているのだ。戦争責任は人工神格レーゲルをヒステリックに否定したポラニアにもある。人工神格レーゲルが認められた今なら、対等講和なら認めても良いがな」
フリードマンがそのように消極的な姿勢を見せると。
「それは国際政治の問題で、世界救済とはレイヤーがずれている。まずはどちらも世界救済の意思を持っていることを確認し合うことが目的だ。すべくもなかった戦争と言ったが、まさに世界を救う為に貴方は戦争を決断したのだろう、フリードマン総統」
ジェノは素早く切り返す。
「その通りだ。そして、ポラニアがこれまでの蒙昧な態度を改めたことも喜ばしい。和平条件についてはたしかに別のレイヤーだ。別の機会に話し合うこととしよう」
しかし、そこでヴィンターが口を挟んだ。
「まずは世界を救うと言う共通の目的を確認出来て幸いです。こちらで技術資料を精査したいので、渡してもらえますか?」
不味い、と、ジェノは想った。ヴィンターが陰謀結社の一員であると言うジェノの勘が正しければ、ヴィンターはそれを改竄し、好きなように利用するだろう。”ポラニアは口では世界律の調律を求めているが、この技術では不可能だ”とし、改めて人工神格レーゲルの恣意的な運用――”ギルグール”の実現に邁進するだろう。かと言って、渡さないと言えば、ポラニアとフリートラントの相互不信は以前の状態に戻る。
故に。
「証拠はある。だが、こちら側で十分整理した上で提出したい。政治・軍事的レイヤーとは別に、交渉経路を繋いでいてはくれないだろうか」
ジェノは時間稼ぎをした。ヴィンターが僅かに微笑む。
「私としてはそれで結構です。総統閣下はいかがですか?」
「――良いだろう。しかし、世界の崩壊は程なく訪れる。間に合うように頼むぞ」
フリードマンは眉間に皺を寄せ、エカチェリーナとジェノに告げた。
「ここから先はフリードマン総統と私のふたりだけの会話にさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
エカチェリーナの申し出に、フリードマンは頷いた。
「私は一向に構わん」
そしてビデオ通話が1対1に切り替わる。エカチェリーナはフリードマンに話しかけた。
「お久し振りです、カール小父様」
「――その呼び名で呼ばれるのは久しいな、カチューシャ」
返ってきた言葉は物柔らかい。そんなフリードマンに、エカチェリーナは訴えかけた。
「私は小父様に伝えたい事があります。私は小父様やフリートラントの人々を憎んではいません。ただ、ボタンの掛け違いで最悪の事態を招いてしまった事を私の不徳であり悲しい事だと想います。小父様も本当はそうではないのですか? 私の父、先王スタニスワフがテロの凶弾に倒れ、たったひとりの理解者を失った事に、せずもがなの戦争を始めた事に痛恨の思いを抱いているのではありませんか?」
フリードマンは表情を固くした。
「カチューシャ、私は、君の父、亡きスタニスワフに代わって、世界律の修復を何としても成し遂げようと誓った。ポラニアの反対さえなければ、それはスムーズに行われるはずだった。確かに私は君の言うような事柄に痛恨の念を抱いているが、同時に蒙昧なポラニア貴族と国民に深甚なる怒りをも感じているのだ」
エカチェリーナはきっと表情を鋭くした。
「その蒙昧――いいえ事実誤認は、ただポラニア側にだけ責任があるものではありません。カール小父様の周りには佞臣と陰謀がはびこっています。”世界率調律器”でしかないレーゲルを”人工神格”と標榜し、いたずらにポラニア側の不信を煽り、戦争へと導いた者達がいます。世界の破滅と再生により自らのみが新世界の覇者となろうとする者達が」
フリードマンは信じられないものを見たと言う様な表情を見せた。
「証拠は?」
端的な問いに、端的な答えが返る。
「ここにあります」
そして、ポラニア、フリートラント両国の戦力をゲリラ攻撃で削いでいる軍事結社”レナトゥス”とポラニア・フリートラント両国に分かたれてなお、両国内で事業を展開しているノルヴィクIG社と、新世界への輪廻転生を教義とするツァラー教団がポラニア国内で連携し暗躍していた証拠を、エカチェリーナはデータ通信でフリードマンの下へと送った。
「これはポラニアに限った事ではないのか?」
唖然とするフリードマンに対し、エカチェリーナは首を振った。
「”レナトゥス”やノルヴィクIG社がフリートラントにも根を張り巡らしている事実の一端を、私たちは軍の内部監査で突き止めました。ツァラー教団も恐らく同様でしょう。お信じになられないなら、ぜひご自分と信頼できる部下に内定させてみて下さい。政治レイヤーはともかく、私達は世界の崩壊を防ごうとする意思は一致しています。今からでも、悪の根源を掘り起こし、衆目に晒す事で、ポラニア、フリートラント両国民の感情的対立を和らげ得るかも知れません」
フリードマンはしばし沈黙し、そして告げた。
「――強くなったな。カチューシャ」
「私を支えてくれる皆様のおかげです。私はまだ、そこまで強くなってはいません」
その応えに、フリードマンは始めて微笑を浮かべた。ここ数年来、浮かべた事のない微笑だった。
「よかろう。君の言葉を一旦信じてみよう。その上で、真実と分かれば手を打つ。今度こそ誤解なく、世界を救う為にだ」
「ご壮健であって下さい」
「君もだ、カチューシャ」
ふたりは別れの言葉を交わし合った。
そして、第1回の会談は終わった。
ジェノは想う。”グロム”の件が片付いた後、ポラニア軍は人工神格レーゲルの座す”ピラー”への攻勢を仕掛ける事は既定事項だ。フリートラントもまたそれを予期しているはずだろう。その状態で時間を稼いだという事はまだ良い。世界律崩壊阻止をポラニアが主導するというのはすでにこちらの意志として伝えてあるからだ。
しかし、その時間は、ヴィンター先進技術局長ほか”ギルグール”を求め陰謀を企てる者達が、体勢を立て直す時間でもある。彼らは計画を修正し、抵抗勢力を排除して強引に事を進め始めるだろう。
「それを阻止するのが、俺の次のミッションか……?」
ジェノは眉を潜め、次に取るべき行動について考え込んだ。
ともあれ、この首脳会談は全世界に放映され、ポラニアとフリートラントが世界崩壊危機について意識を同じくしたと言う情報が両国民に周知された。小さな1歩だが、それは確かに世界に希望を与える物であった。
「ご苦労さまでした、ジェノさん」
エカチェリーナから労いの言葉を掛けられ、ジェノは応える。
「ああ。だが苦労は当分続きそうだ。しばしの間、休息を取らせてもらう」
「宜しいでしょう。貴方はそれだけの働きをしたのですから。感謝しております」
エカチェリーナは微笑んだ。そのささやかな報酬に、ジェノは少しだけ心が満たされるのを感じた。