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【テスタメント】”天秤”の論理

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【テスタメント】”天秤”の論理
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統合作戦本部設立


 八上 ひかりは統合参謀本部設立の為の素案をロイド・ベンサムエリア・スミスと共に練っていた。
「軍の統帥権を議会王陛下に1本化し、門閥貴族達が事故の政治的利害の為に軍の戦略や作戦に介入できる余地をなくす事。これが根本だよね!」
 ひかりが素案の趣旨を述べると、エリアが控えめに反対した。
「軍の統帥権は連合王国軍大ヘトマンに一任すべきと私は考えるのだけど。その上で議会王陛下、連合王国軍大ヘトマン、新設される連合王国軍野戦ヘトマン、セイム代表からなる常設の国防会議でシビリアンコントロールを確立すべきよ」
「そうですな。議会王陛下に統帥権を1本化すると、統帥権干犯問題が起こりかねません」
 ロイドもエリアの主張に賛同する。それに対し、ひかりはすぐさま妥協案を提示した。
「なら、こういうのはどう? 連合王国軍人誓約として、政治への関与はしないと言うのを改めて宣誓してもらい、統帥権干犯を事実上禁止する。これにより、軍人の意識改革を進めて将来的な問題を回避する素地を作ると。これなら問題ないでしょ?」
「いえ、問題はあるわ。今はそれでも良いかも知れないけど、議会王が無能だったり力がなかったりして、ポラニア政治が混乱した際に、誓約を無視した行動を軍が取れる余地があるもの。それに、軍人の意識改革は時間が掛かるから、不確実ね」
 エリアに続き、ロイドも異論を唱える。
「流石に現状でも、国政の重荷に耐えかねていらっしゃる議会王陛下に更なる負担を強いるのは宜しくありませんな。エカチェリーナ議会王陛下は聡明であらせられるが、まだ17歳の娘なのですよ。ならばセイムの選出した、正統性も威もある大ヘトマンに任せたほうが良いかと考えますな」
「それはそうかも……」
 ひかりが口ごもると、ロイドが助け舟を出した。
「ならば、連合王国軍の統帥権は議会王から大ヘトマンへと委任されると明確に立法するという形はどうですか? 後、軍人誓約で軍人の意識を変えていくことも織り込んでいきましょう。これならばミス・ひかり、ミス・エリアの両方の顔が立つと想われますが」
「玉虫色の案ね……でも仕方ないか」
 ひかりは渋々頷いた。
 その他の問題については、ひかり、エリア、ロイドの間に大きな差異はなかった為、素案作成は順調に進んだ。
「議会王陛下から統帥権を委任された連合王国軍大ヘトマンが、自ら統合参謀本部長になるか統合参謀本部長を兼任する。統合参謀本部は大ヘトマンのスタッフという位置づけにし、参謀統帥を予防する。王冠領軍ヘトマンを連合王国軍野戦ヘトマンに兼任してもらい、前線での連合王国軍の指揮権を統括する。その上で、議会王陛下、連合王国軍大ヘトマン、連合王国軍野戦ヘトマン、セイム代表からなる国防会議を常設し、シビリアンコントロールを確立する、軍人には軍人誓約により統帥権干犯を予防する。こんなところかしら?」
 大まかな案をまとめ終わり、ひかりが呟くと、エリアとロイドは頷いた。
「そうね。ところでスタッフなのだけど」
「ポラニア軍人を広く登用したいところですが、大ヘトマンとそのスタッフだけでは大変な作業になるでしょうな」
 そこでひかりは提案した。
「先のカウンタークーデターに参加、あるいは協力してくれた中下級将校を推挙したいんだけど」
「ふむ、それなら忠誠心には問題はありませんな」
「私も同感よ」
 ロイドとエリアの答えを受け、ひかりはしめたと思った。ひかりの言う”先のカウンタークーデターに参加あるいは協力した将校”には、ビトム大公領軍の内、自分が調略した者達も入っていたからだ。彼らは信頼できる――ひかりに取って。将来的に統合参謀本部内で自分の役に立ってくれる事もあるかも知れない。また、ひかりとしても恩義を果たせる。
 そんな思いを秘めつつ、ひかりとエリア、ロイドは役割を分担した。
「ロイドは議会王陛下に謁見し統合参謀本部設立案を提出する、あたしとエリアは連合王国大ヘトマンと王冠領ヘトマンの説得に当たる。それでいいよね?」
「ええ。結構よ」
「私も問題ありませんな」
 そして3人はそれぞれの役割を果たしに向かった。



 エカチェリーナ議会王に謁見したロイドは、威厳ある衣装をまとい、恭しくエカチェリーナに拝礼した。
「ご機嫌麗しゅうございます、陛下」
「貴方もご創建なようで何よりです」
 型どおりの挨拶を述べた後、ロイドは先述の統合作戦本部設立案を提言した。それに対し、エカチェリーナは頷いてみせる。
「軍権の統一とシビリアンコントロールの確立が必要な事は理解していますし、いまがその好機であることも承知しています。統合参謀本部設立提議を、セイムにて行いましょう」
「議会王陛下のご聖慮、誠に有り難く存じます」
 ロイドは恭しい態度で告げつつ、事がスムーズに進みすぎているのではないかと疑念を抱いた。
「もしかすれば私達の前に、同様の案を根回ししていた者がいたのかも知れませんね」
 もしそうであれば、それは連合王国軍大ヘトマンたるフョードル・フィグネルかその意気のかかった者達に違いないとロイドは推測し、謁見の間から退場していった。
 残されたエカチェリーナは、ふと呟く。
「特異者の皆さんがポラニアを支えてくれる為にこうした提案をしてくださることには、感謝しなければなりません――その為にも、議会王としての政務に精励しなければ」
 その言葉には、立派な王であろうとする気概が現れていた。



 一方、連合王国軍大ヘトマンであるフョードル・フィグネルに面会したひかりもまた、統合作戦本部設立案について説明を行った。
「なるほど、申し分のない提案だ。これなら私の理想に近い統合参謀本部が作れる」
「では、統合参謀本部長に就任してくれますか?」
 ひかりの問いに、フョードルは頷いた。
「兵権を持ちながら直接統制し得ないのは歯がゆいが、一方で作戦立案や後方業務に専念し得るのは魅力的ではある。そして貴族諸侯軍も統合参謀本部の作戦で動くと言うのは実に痛快だ。これまで散々煮え湯を飲まされて来た事を考えれば、スムーズにことが進むであろう事は歓迎しなければならぬ。特にこの軍人宣誓は良いな。統帥権干犯を防ぐ為にはこうした軍人精神の涵養が重要だ。制度と精神は共に支え合って初めて効果を持つものだからな」
「閣下のような聡明な軍人が上層部にいて幸いです。異世界のとある国では、君主の統帥権干犯を文民が行っていると軍が頻繁に主張し、それにより軍の暴走を招き、ついには亡国に至った例もあります。その様にならない為にも、統帥権と軍人の在り方については熟慮したつもりです」
 ひかりがその様に応えると、フョードルは苦笑した。
「聡明と言われるほど私は鋭くないとも。しかし事の重要性は理解している積りだ。その亡国の様には、ポラニアはならせはしない事を確約しよう」
 フョードルの応えに、ひかりは満面の笑みを浮かべた。



 そしてエリアは、王国軍野戦ヘトマンに内定しているアレクサンドラ・フィグネル中将の下を訪れ、統合参謀本部設立案の認可と、野戦ヘトマン就任を要請した。
 アレクサンドラはすこし考え込んだ後、次のように告げた。
「概ね異論はない。しかし統合参謀本部と野戦軍を我が一族で牛耳るのは閥族支配と想われないか?」
「適材適所よ。貴方の父上フョードルは軍人政治家として優秀、あなたはこれまで大戦果を上げてきたポラニアの英雄。これ以上の案は私達には思い付かないわ。それでも、辞退するのかしら?」
「――それは正論だ、だが人は正論だけでは動かない」
 エリアの応えに、なおも懐疑的なアレクサンドラだが。
「貴族については大丈夫、”貴族派の軍師”に側面支援をお願いしているから、話はスムーズに動くはずよ」
 その様に告げられて、幾分か安堵の表情を見せる。
「ならいいが」
「さあ王国軍野戦ヘトマン閣下、これで存分に腕を振るえますよ。それとも帷幕を預かる方が好みでしたか?」
 エリアがからかうように言うと、アレクサンドラは幾分照れた表情を浮かべるが、すぐに真顔に戻って告げた。
「この件については感謝する。君にも何らかの野戦軍の地位について欲しい」
「感謝してくれるなら、愛称で呼びあう事を許してほしいわ。そして無事に帰ってきてほしい。勿論、その為にあなたの側にいる地位なら、喜んで引き受けるわ」
 恋の告白めいた言葉をエリアから受けて、アレクサンドラはほんのり頬を赤らめた。
「――私には”特別な人”がいるから、その気持には場合によっては答えられないかも知れない。だが、出来る限りの努力はしよう。地位についてだが、先のウランカ解放戦で大型艦が足りなくなっている。君と君の艦が直衛に付いてくれると有り難い」
「そう言ってもらえるのは嬉しいわ。大丈夫、あなたは私が護る」
 エリアの言葉に、アレクサンドラは面映ゆい表情を浮かべた。



 エッシェンバッハ家の係累であるコイシ・エッシェンバッハは、当主の命によりジトミア大公オレクサンドル・ダニューイェンコとクリム大公ポグダン・コンドラチェンコの説得を行っていた。
「議会王と大ヘトマンが統合参謀本部を設立する提議を次のセイムで行うでしょうが、これについてぜひ賛成票を貴族派にも投じて頂きたいのです」
「ふむ。基本的には賛成だ。我々にも与えられる戦力に応じた戦果、戦果に応じた栄誉が得られるからな」
 ポグダンは満更でもなさそうだが、オレクサンドルの方は顔をしかめていた。
「統合作戦本部長も野戦ヘトマンもフィグネル家からと言うのは、フィグネル家の軍事的専横を意味するものではないか?」
「一見そう見えますが、議会代表も加わる国防会議において彼らの権力は掣肘し得ます。また、これは戦時の非常体制であり、戦争終結後は人事も変わるでしょう。その時誰を統合参謀本部長と野戦ヘトマンに送り込むかは、貴族派諸後軍の働き次第で変わります」
 コイシの言葉に、オレクサンドルは問う。
「具体的には?」
「ビトム大公領の奪回を、貴族派諸後軍中心の編成で行う動議を統合参謀本部へと提出します。そしてその主力を両大公領軍とし、統合参謀本部の立案した作戦に基づきビトム大公領を奪回します。これにより、統合参謀本部の有用性を立証しその重きを印象付けると共に、戦後の統合作戦本部長と野戦ヘトマンの候補として両大公領に忠実な将官を推薦します。要するに、今はフィグネル家を立てつつ、次を狙えば良いのです」
「ふむ……」
 コイシの理路整然とした言葉に、オレクサンドルは押し黙って何か考えていた。しばしの後、彼は応える。
「――その条件なら呑める。政治的意図の関わる作戦と取られるだろうが、その程度の意思を見せておかねば舐められる。統合参謀本部がフィグネル家の玩具ではなく、ある程度以上軍事的・政治的公正さをもって作戦立案を行う組織であると振る舞うのであれば、我々もそれに従う程度の度量はある。その条件で、統合参謀本部設立後のジトミア・クリム大公領両軍の改組については、統合参謀本部の意思に従おう」
「有難うございます」
 その様に礼を言いながら、コイシは想う。
 ――まだまだ先は長いよこれは……貴族の議会王とフィグネル家に対する警戒心を問いていかないと、真に統合されたポラニア軍はなりたたないかもね。
 だが、それでも両大公が統合作戦本部の設立とその指導を認める方向で意思が一致したのは大成果だった。
 そして、コイシはその結果をフョードルに伝えに行った。
「なるほど。貴族側の警戒ももっともだ。統合参謀本部には両大公軍の参謀も入れ、意思疎通と勢力均衡を図ろう。統合参謀本部は公正な組織であると、彼等に知らしめなければならん」
「ご苦労をお掛けします」
 フョードルの言葉に、深々と頭を下げるコイシだった。
 かくして、”ピラー”攻略の副次作戦として、北部反攻作戦が現実的なものとして浮かび上がってきた。複雑な事情の絡む政治的作戦ではあったが、奪回すべき最後の主要大公領がビトム大公領である以上、これは軍事的正統性を持っていた。

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