エピローグ
暗闇の中で、数名の老人達のホログラムがテオドールを前に深刻な雰囲気で語り合っていた。
「あの小娘が、総統にいらぬ事を吹き込んだばかりに、我らの地盤は危機に瀕している」
「そればかりでない。あの小娘は、特異者の力を借りて我らのポラニア側の努力を無にした」
「ここフリートラントでも、同じ事が起こるやも知れん。早急に対策を練らねば」
「そしてあの裏切り者、ジャンゴ・モントーヤ。”アークエネミー”に、我らの真実の一端を明かしおった。彼奴等がどう出るか、皆目見当が付かん」
「左様。この計画に不確定な因子はいらぬ。早急に除去すべしだ」
そこで、議長らしき痩せぎすで長身の老人が、彼等を諫める。
「最も重大事は、ポラニア連合王国が”ピラー”を占拠せんと試みている事だ。”ピラー”と、そこに座す人工神格レーゲルの掌握こそが我らの勝利条件である以上、絶対に手放す事は許されない」
そこで、テオドールは彼等に告げる。
「ポラニアとフリートラントの和平は、ひとえに議会王と総統の友誼に掛かっています。ならば、それを砕いてしまえばよろしいのではありませんか?」
寸時の沈黙。そして議長らしき老人が口を開いた。
「それは、総統を暗殺するということかね? かつて我らが”彼”の暗殺を示唆したが如く」
「ええ。さすればフリートラントの指導権は我々の物です」
更にしばしの沈黙。
「総統を暗殺すれば、軍と国家の求心力が失われる。その結果、レーゲルを失う事にも為りかねない」
「左様。危険過ぎる賭けだ」
テオドールは鼻白んだ調子で告げた。
「では、何もせずコソコソと隠れ、再起の時を待ちますか?」
「――」
沈黙したホログラム達に、テオドールは一転自信満々の体で告げた。
「時には臺子を振り、賭けてみる事も必要です。ましてやそれがイカサマ博打なら、勝利して当然と言う物」
「――勝算がある、と言うのかね?」
議長らしき老人が、テオドールに問いただす。
「あります。計画はこの通りに」
データ送信で提出された計画案に、ホログラム達は難色を示す。
「イカサマの要素があるにせよ、やはり危険だ」
「ここは再起の時を待つべきでは。我々は数百年待ったのだ。ならば後数百年待つ事も」
その様なホログラム達に向かい、テオドールは嘲弄の意を込めて告げる。
「御老人方は、私を普段は神子として重用しながら、この切所で私を信頼し得ないと仰る」
「――」
再び沈黙するホログラム達に向け、テオドールはある決意をもって告げた。
「全てお任せ下さい、御老人方。必ずや成功させてみせましょう」
「――よろしい。神子テオドール・ティンメルマンよ、そなたに総てを任せよう」
「――!」
議長らしき老人が応えると、場に緊張が走った。だが、異論は出ない。
「計画の遂行、必ずや頼むぞ」
「承知しております、御老人方」
そして会話は終わり、テオドールは白い部屋にひとり残された。
そして彼は呟く。
「なあジャンゴ、俺達が託されたのはこんな私欲まみれの下らない事だ。本当に嫌になるよ」
その口調は、常とは違う、真に打ち解けた者への物だった。
――しかし、名指しされたジャンゴは、もはやこの世界にいない。いや、彼には親も、兄弟姉妹も、普通の生活で手に入れた友人も、恋人もいない。
そして、彼の脳裏をよぎるのは、神子候補として育てられ、蠱毒により神子の地位を奪い合い、立ちふさがる者達全てを殺した、負の記憶。毎夜うなされる、寝覚めの悪い夢の中で、自身が殺した者達が、入れ代わり立ち代わり現れては呪詛を吐いて行く、そんな光景。
だから、テオドールは次のような台詞を吐くのだ。
「なら、全部打ち壊してしまって構わんだろう?」
その言葉は、誰にも届く事がなかった。