グロム追撃戦・衝突の危機
その頃、伊織はラウム・テスタメントを用い、”リュッツォウ”を水中戦闘できるようにしてグロムに向かっていた。
「うーん、やって見たけど、これでは過剰威力かもしれないのです」
主要装備である大口径連装魔力砲と中口径三連装魔力砲2基はいずれも一撃で”グロム”の浮力に重大なダメージを与えうるが、それをやると撃沈してしまいかねない。だが、牽制射撃を行いながら、”リュッツォウ”の高速を生かして”グロム”の進路を味方へと追い込むことは可能だ。
現在味方と交差する進路を取っている”グロム”の進路妨害により、味方の持続的攻撃を可能にできると踏んだ伊織は、”リュッツォウ”を操艦し、”グロム”の進路に先回りして、一定の海域で旋回させることに成功した。
そして伊織はソナー通信で思いの丈を”グロム”にぶつける。
「マティウさんの心情は判るとはいえないですけど……その行動はきっと間違ってるです。その行動の結末は、マティウさんと同じ気持ちを持つヒトを作り出しちゃう……すっごく、悲しい結末しか見えないですよ」
伊織のような優しい者にとって、マティウの怒りや悲しみは我が事の様に伝わってくる。だからこそ、それを拡大再生産させかねない行動は座視出来なかった、それ故の訴えかけだが。
『この一撃で世界を変える。これは大義であり、私はその遂行者だ! 1千万の付帯的被害は、必要な犠牲に過ぎん!』
意外にもその様にソナー通信が帰って来て、伊織は狼狽する。
「はわわ……」
自分には彼の怒りを押し留める言葉がないとなれば、談判決裂して暴力の出番しかない。伊織はメックの出撃準備を命令した。
「アレクサンドラさんは拿捕に拘っているですから、あまり無理な攻撃は仕掛けないでほしいです……」
「承知しました」
どこかしょんぼりした伊織の言葉に、
サー ベディヴィエールは心中を察しながらも、”プギオTH【C】”に搭乗した上でラウム・テスタメントを用い、水中戦闘を可能にして、高速で”グロム”の方向へと向かう。既に”グロム”の防御兵器である小型潜水艦は駆逐されている為、”グロム”本体への攻撃を、ハイパー・ビームリボルバーとサイコスプレーポッドで行うと、命中した側からグロムの2重艦腹が溶融し、貫徹され、大量の水泡が吹き出る。
だが、それでもグロムは悠々と航海している。
「馬鹿げた余剰浮力です……」
半ば呆れながらも、ベディヴィエールは”グロム”への攻撃を、沈まぬ程度、海面へと追いやるべく攻撃を続行した。
一方
シレーネ・アーカムハイトはマティウの言葉に白けていた。
「要は、”あれのせいで家族殺されたからあれぶち壊すわ、ぶち壊す時の犠牲? 知らんわ、あれぶち壊す事で今後の被害無くなるんだからいいだろ”って喚いているだけだし」
それによる憎悪の連鎖が結果的にマティウに、ポラニアに降りかかるのであれば結局誰も得しないと、シレーネは冷静に見切っていた。
「んじゃ、ちょっくらあのオヤジ狩りに行ってくるし」
シレーネは”ツハヤノツルギVV.S.E”を駆り、ラウム・テスタメントで水中戦闘を可能にして、拡張パーツ『レッドライダー』による急加速で”グロム”へと向かう。
「ん、あのちょーデカい穴が主推進機のMHD推進?」
シレーネは少し思案する。MHD推進は磁場により艦首から吸い込んだ海水を艦尾から吹き出すことで推進力を得る方式だ。全体を破壊しなければ推進を完全に止めるには至らない。
なら。
「やったろうじゃん!」
シレーネは艦首吸水部から艦尾排水部に至る長大な推進機を、”グロム”の艦首方向から船尾方向へと”ツハヤノツルギVV.S.E”とレッドライダーの超加速で突き進みながらブレード2刀流で膾切りにしている。たちまち右舷のMHD推進機が破壊され、”グロム”は速力を落とす。だが、グロムには両舷1基、中央2基のMHD推進機が搭載されており、速度を落とすに留まる。
これほど大きな打撃を受けたにも関わらず、”グロム”からの反撃はない。ディメンジョンカーヴァーの効果で、ソナーを幻惑しているからだ。”グロム”からすれば、いきなり右舷MHD推進機が破壊されたとしか見えないだろう。
そして
松永 焔子はマティウに同情しつつも、その言葉は間違っていると確信し、”オウマ・ムラマサ改”を駆って”グロム”へと突き進む。リアルブランチで生み出した3体の分身とともに、【小隊陣形】ランページで左舷に突進。オートロックオンで狙いを定め、6発の魚雷をMHD推進に打ち込んだ後、アダマンチウムジャベリンを突き刺し、左舷MHD推進機を機能不全に陥れる。
「トレスキ大佐、あなたの悲劇には慰めの言葉も生温く感じるでしょう。それでも! 貴方を大量虐殺者にはさせない……!」
焔子は、自らの決意を言葉にして叫んだ。
その頃、
クラン・イノセンテは見よう見まねのラウム・テスタメントを用い、自身の駆る”V・レイダーG”を水中戦闘可能にし、F・ユニットの力も借りて、何とか”グロム”の正面に回り込み、グレネードを中央2基のMHD推進に吸い込ませて爆発させ、吸水部を1つ破壊することに成功した。
更に、敵小型潜水艦の再出現に備えて慎重に振る舞いながらも、右舷に周りアダマンチウムバズーカとガトリングガンで猛射を食らわせ、バラストタンクを蜂の巣にし、巨大な破孔を開けて内部に大浸水を起こさせた。
そして、盛大に吹き上がる水泡を影にしつつ接近し、バラストタンクにキャバルリィブレードで切りつけ、2重艦腹を切り裂いて更なる水泡を吹かせる事に成功する。
しかし、この一連の攻撃も、”グロム”の浮上を止めるには至らない。
「この程度ではかすり傷か……」
クランはその様に呟きながらも、”グロム”が身じろぎしたのを警戒して一旦離れた。
「バトンタッチだ、信道さん」
「オーケー、クラン。こっちは手勢が大勢いる。闘い方をよく見てろよ」
信道 正義はクランにそう告げ、自身の部隊を前進させた。
「しかしまぁ、呼び出されてみれば大変な案件引き受けてやがるな、信道」
メイベル・グレッセルが上空のシールドクルーザー級エアロシップ”リィン・アウルムⅡ”の艦橋から正義に呼びかける。
「まぁな。だが最終的に決着を付けるのはこの世界の人間だ。それを手助けするのが、俺の仕事だよ、メイベル」
「グランディレクタとラディアの戦争とは一味違うか?」
大世界テルスの戦争は特異者傭兵部隊頼みの側面が大きい。テスタメントの戦況は、確かに緒戦のテルスの戦況に似ているが、この世界では数多くの将兵が特異者とともに闘っている。
だから、信道は頷く。
「そうだ。だから現地人の手勢を連れてきた」
するとふたりに通信が入る。
「現地人のいち兵士として、出来るだけ多くのことを学んで、頑張ります!」
信道が見込んだ部隊――第511少年義勇兵中隊の隊長、ラウラ・ノヴァク中尉だ。明るく元気な性格と、豊富な戦闘経験で、仲間から信頼されており、なにより癖のある金髪と可愛げのある顔立ちが印象的な少女だった。
――ラウラも、その部下も死なせたくないな。本来なら学校に言って、友達と仲良く平和に暮らしていただろう年頃だからな。
信道はそんな事を想いつつ、ふたりに告げる。
「メイベルは対潜ミサイルで”グロム”を攻撃してくれ。ラウラ達は俺に付いて来い」
「了解」
「了解です!」
ふたりの応えと共に、正義は部隊を前進させた。
既に反撃戦力を失い、浮上を試みているグロムに対し、【小隊陣形】盾の陣を用いたり、後盾の号令を下したりする機会はないが、あるいはフリートラント軍に対してあるかも知れないと想いつつ、メイベルの”リィン・アウルムⅡ”から発射される対潜ミサイルとアクアパックに装備された魚雷をまず一斉射。数十本の対潜魚雷が”グロム”を襲う。
これに対し、”グロム”は例の如くマスカーとデコイをを大量射出し撹乱を狙5つ回避を行うが、速力が下がっている為どうにもならない。たちまち爆発が”グロム”の艦腹で連続する。
だが、ポラニア軍の短魚雷の炸薬量は少なく、”グロム”の堅牢な2重艦腹の1層を貫いただけで終わる。効果的だったのは正義の放った魚雷2本と、メイベルの放った対潜ミサイルだけだ。
だがそれでも、”グロム”にとっては痛手だった。水泡を吹きながら浮上していくが、浮上速度が確実に落ちている。
さらには、メイベルは機雷も散布し、”グロム”の行動を牽制する他、MHD推進機の破壊も狙う。”グロム”前面に散布された機雷が吸水部に吸い込まれ、残る1基のMHD推進機が中破する。”グロム”に出来ることはもはや補機を用いての微速前進とメインタンクブローによる浮上だけだ。
そこで、正義は指揮下部隊と共に”グロム”艦腹に白兵戦を仕掛け、アダマンチウムビームジャベリンを突き立てる。指揮下部隊の”フサリアL”もビームサーベルではなく高速振動ブレードで”グロム”の艦腹を切り裂いていく。
「据物斬りだ、沈まない程度に見極めながらどんどんやれ」
「はい! どんどんやります!」
正義の指示通り、ラウラ率いる部隊は”グロム”が浮力中立になる程度を狙って攻撃を仕掛けていく。たちまち艦腹がずたずたになり、グロムの行き足が止まりかける。
だがそこで、アレクサンドラからの命令が下りた。
「あえて浮上させろ。拿捕班が潜入している。万一にも沈没は避けたい」
「だとよ」
若干不満げに正義が告げると、ラウラは明るく応えた。
「了解です! 拿捕できるなら、それに越したことはないですね!」
「まぁそうだが……嫌な予感がする」
正義はむぅと唸った。
★
そして、異変は起きた。
「フリートラント軍航空艦隊が我が方に接近! 方位000! 真正面からです!」
オペレーターの報告にアレクサンドラは警戒を隠せない。
「政治レイヤーでは一応話は付いているが、拿捕を妨害されるかも知れん」
そしてアレクサンドラは全部隊に戦闘の一時中止と陣形の再編を命じ、フリートラント軍へと国際共通回線を開いたのである。