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【アルカナ】神に捧げる聖殺

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【アルカナ】神に捧げる聖殺
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●ノー・ウェア


 酒場『金羊の尾亭』主人サイードから聞いたこの国の暗部、ノー・ウェア(どこにもない場所)の成り立ちは、カル・カルカーをひどく疲れさせた。
 彼は孤児で、実の親を知らない。それゆえに親というもの、親が子に持つ感情が気になるというか、こだわってしまうのだ。
 生まれたばかりのわが子を、殺されると知りながら差し出す親がいる。そればかりか、自らの手で殺した親も。大半はそうでなかったと思いたいが、それでも一定数いるのだろう。
 神官王の命令でしかたなく? 神への無私の奉仕? 献身の自己陶酔? それで行えた?
 ああ、本当に狂信者や報償目当ての者はどうしようもない。
(幼子を親から引き離し、殺すことを推奨するのが彼らの信奉する神か……。
 僕の神は、アブラハムがイサクを捧げようとするのを、止められたのに)
 そう思う一方で、こうも思うのだ。
 息子を生贄として我に捧げよとの神の言葉を聞いてとった父アブラハムの行動は、やはり神を信奉していたに違いない息子イサクの目にはどう映っていたのだろうか、と。
 彼自身を燃やすたきぎを背負わせようとする父。それは、神との約束がゆえにであったとしても。
 そんなことをずっと考えていたからだろうか。ノー・ウェアの者たちと合流、救出作戦の打ち合わせ中、チャス・ティールマン
「大丈夫か」
 と訊いてきた。口数が減って、見るからに心理的負担を感じてふさぎ込んでいる様子のカルを見かねたかららしい。
 「大丈夫だよ」と答えはしたが、さほど自信があるわけではない。
 わが子を守って逃げた親たちは、自らの信奉する神を裏切ったに等しい――神官でもある王は神の代弁者であり彼らを導く者だろうから、彼らにとってはそうなる――そんな心身ともに多大な犠牲を払った親子を、さらに食いものにする者たちがいるという現実。
 まったくもってこの世は苦難に満ちている。

「チャス、カルは大丈夫?」
 戻ってくるのを待ちかねた様子で、コーネリア・ロッシュがチャスのそばに寄った。
「どうかな。本人は大丈夫と口にしたが」
 振り返り、カルを見るチャスの表情から、そう思えないでいるのがわかる。
 コーネリアはカルの気持ちが少しわかる気がした。自分も売買されていた身で……、だから今回の件はちょっと他人事とは思えないところがある。
(人形として売り買いされていたころのことは、できればあまり思い出したくはないわね)
 泥から、ではないけれど、歌うために作られた「もの」だったときの……記憶? のようなもの。あるいは残滓。
(私はやっぱり「人間ではない」けれど、どこを境界と線引きをすればいいのかしら?
 それともただ錯覚してるだけなのかしら、「人形ではない」と)
 首を振る。考えたところで結論は出ない。
 そしてまだ何か話しているチャスの話に意識を戻した。
「――ったく。なんだってあんな命令を出すような人物が王になったんだ? 王というものが世襲制なのはわかるが、それにしても、だ。もっとマシな性格のやつが継承者にいなかったのかと。そいつを担ぎ上げて、多少無茶でも、こう、なんとかすりゃよかったんじゃないか?」
 たとえば2年前に亡くなった、従兄弟で外相だったという人物とか。
「そうね……。でも、どういう人物かを見れば、その人が育った環境もおのずと知ることができたりするわね。そういう人物が育ちやすい土壌があるんじゃないかしら」
 そこで育った他の者も、似たり寄ったりなのかもと言いたいのだろう。
「チッ。
 そういや、ダーリシアでは大統領夫妻の横死の後、審判がああいう形で乗っ取ってたな。あれも予定通りだったのかな」
「それは審判本人に訊くのが一番手っ取り早そうだけど……あの夜を襲撃に選んだ理由の一つにはありそうね」
 世界に影響力を持つ国の権力者を、自分にとって都合のいい人物と入れ替える。そうすることで、さらなる世界のケアティック化を押し進める計画だったのかもしれない。事実、ものすごいスピードでこの世界は変化していっている。
「この国の場合は、王を諫める者が消されたのかも。それで暴走状態にあると考えられそうだけど……でも、それはやっぱりこの国の人たちがどうにかしないといけない事なんじゃないかしら。ノー・ウェアはクーデターが目的の組織じゃないって話だけど、現体制に逆らう組織であるのは間違いないわ。こういう活動が増えていって、人々を行動に目覚めさせないとも限らない。
 それに……人の、母と子どもたちは……助けなければ。ブリアナほどに大きくなっていても、泣きじゃくった――泣きじゃくる、子どもは、かわいそうでしょ?」
「だな。じゃあその涙を少しでも早く止めるために、俺たちも動くとするか」
「ええ」
 そしてそうすることで、カルの心も少しは軽くなるといい。
 2人はノー・ウェアの者たちとともにトラックに乗り込んだ。


 砂漠の国は、水を武器とするフラカンにはちょっと厄介な場所だ。ペットボトルを常に携帯しないといけない。大気中の水を集めさせる方法もあるが、乾燥しきったこの国の空気でそれをするのはいろいろと面倒な結果を伴う。
 350ミリペットボトル数本を手榴弾のように腰のベルトに装着していたクウハク遠近 千羽矢が近づいた。
「……クウハク」
「なんだ?」
 手元から顔を上げもせず、こちらを見もしない。無愛想な態度はいつものことだが、今日は一段と機嫌が悪いな、と千羽矢は思う。
 メレクが連れてきたノー・ウェアの者たちには距離を取って近づこうとせず、メレクとも一言も口をきかない。互いに互いを視界に入れないようにして、入っても見えていないようにふるまっている。
「……あの子と。話さなくていいのか」
「べつに、話すこともないからな。これはおれが勝手にやってるだけで、あいつがどう思うか関係ない。それに、おれだってあいつらのためにやってるわけじゃない」
 この世界を去る前に、自分の中でけじめをつけたいだけだ。
 黙々と準備するその姿を見つめる。
 何の知識もなくいきなりこの世界に放り出されて、それでも人並みの生活をおくって生きてこられたのはメレクやノー・ウェアの人たちのおかげで。彼なりに心を許していたのは間違いない。そんな彼らとの関係が壊れてしまったのは、残念だと思う。
 正直言って、千羽矢にはどちらが間違っているとも思えないでいた。生い立ちも、育った環境も違えば、価値観も違う。そんな者同士がすれ違ってしまうのはしかたのないことだから。
(メレクさんに罵られていたとき……いや、幽霊船で再会したとき。ひょっとしたら、それよりずっと前から。
 ……ツィルはずっと辛そうだった。あのまま、魔物になってしまおうと考えたくらいに。
 ……きっとツィルは。ノー・ウェアを居場所だと――大切な家族だと、思っていた。……きっと、今も思っているに違いない)
 千羽矢はポケットから藍銅のネックレスを出して、彼に差し出した。
「なんだ?」
「……水の魔力が入った宝石だ。……いざというとき。きっと、役に立つ」
 幽霊船では海の水があったが、ここは砂の国だ。フラカンの能力を発揮しづらいかもしれない、と考えてだった。
「へー」
 クウハクはペンダントを受け取って。
「おまえ。こないだっからおれに貢いでばっかじゃねぇか。そういうことは女にしてやれ。
 おれは文無しなんだぜ。質に入れちまうぞ」
 にやりと笑う。
「……終わったら、それでもいい」
「ばーか」
 そんな2人のやりとりに、少しずつ距離が縮まっている気がして、ユンはあえて近寄らずにやにやしながら見守っていた。


「さあ、出発だ」
 



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