クリスティアノスはハッキリ言って無能だ。
(まったく、聖騎士団ってやつは……!)
アイン・ハートビーツはいらいらしながら廊下を突き進む。目的の場所は
隠者の元だ。
気がつくと聖騎士団の者がこっちを見ていることがよくあった。まあ、昨日あんなふうにいきなり現われたわけだし、彼らの敵も伴っていたわけだし、ここは
オーダリーの重要拠点ということもあって、ある程度警戒されるのはしかたないだろうと思った。
それにしても限度はある。ずっと陰から見張っているような視線が続くのにだんだん腹も据えかねて、捕まえて問いただし、ようやく侵入者疑惑を白状させた。
(身元不明の焼死体が出て、しかもそれがボクたちのしわざかもしれないと疑ってるって?
もしボクがやるとしたら中途半端な死体なんか残さない。そこには歯車や機巧の残骸しかなかったはずだよ!)
特異者全員がそうだ。
そうはっきり言ってやろう。容疑者も減るだろうし!
短気が行動に出たか、ノックとほぼ同時にドアノブを回して開ける。
「
隠者、ちょっと話がある――」
驚きから言葉が止まった。
室内には
隠者の他に
教皇もいた。だがアインが驚き、言葉を止めたのはそのためではない。2人のまとっている深刻そうな雰囲気だ。表現のしようのない、何かを感じる。
2人はにこりともせず、闖入したアインに視線を向けていたが、すぐに
隠者はにこりと笑い。
「どうしたんだね? 何か問題でも起きたかい?」
と、まるで田舎の祖母が孫の来訪を喜ぶように手を広げて歓迎してくれた。
「あ、うん……」
「じゃあぼくは行くから」
向かってくる
教皇を見て、アインはドアの前を開ける。
教皇はアインを見もせず、無言で部屋を出て行った。
「話の邪魔しちゃったかな」
「いやいや。もう済んでいたんだ。ちょうど
教皇は話し終えて、戻るとこだったのさ。おまえさんが気にすることは何もないよ」
「それって、侵入者の件?」
ずばり言う。
隠者は少し驚いたというふうに目を瞠り、ひゃひゃと笑った。
「なんだ、知ってたのかい。それで腹を立ててるってわけだ」
「ものすごくね。だからって当たり散らしたりはしないけど」
だけど、とアインはクリスティアノスに対しての不平不満を率直にぶちまけた。
「遺体を残したのがこっちの疑心暗鬼を誘うのが目的とまでわかっていながら、お互いが疑心暗鬼に陥るような命令を出すのは愚かにも程があるよ。きっとクリスティアノス個人の特異者への不信感から、恐らく理性では正しくないとわかっていて、それでも間違った指示を出したんだ。筋金入りの無能だ。敵よりも怖いのは無能な味方と言うけれど、一番監視が必要なのは彼だね。
大体、今の状況で貴重な人員を割くことだって間違ってる。すでに一国が滅んだ以上の多大な被害が世界的に出ているわけで、
アルカナでも
星の子でもない普通の少年の生死を気にしている場合でもないよ。ボクらの目的は「この世界」を救うことで、一人の誰かを救うことじゃない。
ボクの考え、間違ってる?」
ほほ笑んだまま、黙って聞いているだけの
隠者の様子がふと気になって問う。
隠者は首を振り、答えた。
「間違ってはないさ。ただ、他の者たちと違うってだけでね。
ひとはよく、自分と別の意見を持つ者に「間違っている」と言うけどね、大体の場合、違ってるだけなんだよ。何を重視するか、どれを最優先にとるかは、その人次第でね。それは、それまでその者が体験してきた年月、性質に大きくよるから、当然のことさ。「間違い」じゃない。
たとえばおまえさんは、あの子を知らない。あの子を心から心配するマレーナや仲間たちを知らない。だけどクリスティアノスや聖騎士団の者たちは、あの子のことをよく知っているし、マレーナを知っている。ほら、もうこれだけで立場も情報も心情も違ってくるだろう?
クリスティアノス……あの坊やはね、小っちゃなころからずっと重い責任を背負って生きてきたんだ。普通の人間なら放り出してしまうようなものも、全部抱え込んでね。自分は強いからそれができるし、しなくちゃならないと思い込んでる。かわいそうなのは、本当にそのとおりで、坊やの代わりはいないってことさ」
隠者は視線をそらし、何か考え込む素振りを見せる。暗い目に、アインが問うより早く面を上げ、口を開いた。
「それでどうしたね? おまえさん、そんな、もうどうにもならないことを言いにきたわけじゃないんだろう?」
「……今後についてだよ。
太陽がとらわれて、作戦は失敗した。それどころか向こうの策に陥ってる。この劣勢を覆す手はあるのか」
侵入者が自分たちと一緒に転送されてきたとして、もう丸1日が経過している。当然敵側にこちらの場所や情報は渡ってしまっているだろう。
(そもそも、今このときに砦のすぐ近くの町に人狩りが現われたっていうのも、できすぎじゃないか? あれって、こちらの炙り出しが目的な気がする。ああやって救出に行くこと自体が敵の作戦に嵌っているのでは?
もしそうだとしたら、「救出作戦」なんてやっているうちは敵の掌の上で踊っているだけだ)
「策ねえ……。あることはあるよ」
「あるんだ」
「けど、ちょっと難もあってね。どうしたものか、考えてるとこだねえ」
「あんまり時間ないと思うけど」
「そうだねえ」
困ったもんだね、と口にしながらも笑顔の
隠者に、アインもそれ以上聞くのはやめておく。
「あ、そうだ。潜入者についてだけど。泳がせておくことを推奨するよ。姿を変えられる以上、別の何かに変わるだけだろうし、それでまた犠牲者が出るだけだしね。バレていないと向こうに思わせることで初めて、こちらが出し抜くこともできるようになるからね」
退室する間際、そう伝えてドアを閉めた。
1人になった部屋で、
隠者がぽつりとつぶやく。
「1名ねえ……」
見つかった死体が1つだからといって、侵入者が1名ということにはならない。むしろそう思わせることこそが侵入者の策ではないだろうか。
だが、まあ、今となってはどうでもいいことだ。今はそれどころではない。
隠者は頭を振り、アインが来るまで話していたことについて考えを巡らせる。
教皇はかなり不満そうだったが……。
「ひゃひゃ。あの子は口は悪いけど、優しい子だからねえ。
ま、あたしの首一つですむなら安い話さ。でも……、彼らは怒るだろうねえ」