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【アルカナ】神に捧げる聖殺

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【アルカナ】神に捧げる聖殺
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●砦にて


 天峰 真希那は治療室(個室)にいて、いまだ目を覚まさず、眠ったままのリュクスの警護についていた。
 リュクスのこの尋常ならざる深い眠りはどうやら第二次性徴によるものらしい。リュクスは以前も赤ん坊から6歳児まで一足飛びに成長していたとソラスから聞かされていた真希那は、驚きはしたが納得もして、今では心配していなかった。
 今はそれより気を配らなくてはいけない事案がある。
(まさかあの転送を利用してもぐり込むやつがいたとはな)
 瑠莉によると、魔術師の手の者らしい。
 あの転送はおそらくソラス――太陽が逃走用に隠し持っていた手段で、あの瞬間までケアティック側は知らなかったはずだ。なのにあの場で瞬時に合わせ、かつ自駒を配する優位な手段とした。
 2年前といい、後方で好好爺な微笑を浮かべ見守っているだけのようでいて、抜け目ない、なかなか老練な策士のようだ。
 もしかすると他にも何か考えを持っているかもしれない。
(それが何であれ、吐かせてやるさ)
 潜入者は砦内で自由に動くため、砦の者になりすましている可能性がある。というより、この砦は小さい上に人の出入りもほとんどなく、中にいる者たちは50人に満たないことから全員顔見知りという状態では、それ以外手段はないと言っていい。何しろまだ1日しかいない真希那でも、名前はともかく大体の顔を覚えてしまっているのだから。
 知った顔でも油断できないと、治療室を訪れる女性たちに影の中から目を光らせる。
 そうしているうち、ふと、敵の手の者が拠点に侵入していることに、オーダリーアルカナが気付けないということは起こり得るのだろうかとの疑問が湧いた。
 隠者は千里眼の持ち主だ。リュクスが使ったのと同じなら、常時発動のパッシブな能力ではないだろうが……それに教皇は精霊使いだ。この世界における精霊がどういった存在かはわからないが、褒賞金目当てのやつらやケアティックたちの目を欺き、オーダリー最後の砦と自負するこの地の守りが緩いとは思えないが……。
 そのとき。室内に見えざる何かがすべり込んだような気配をかすかに感知して、真希那の意識は一気に戦闘モードまで高められた。
 時々様子見に現われる召使いたちではない。石床を歩くコツコツという靴音も、ドアが開いた音もしなかった。呼吸する音も。突然すぐ近くに「いる」と感じたのだ。
 温度差が生じて空気が揺れたような、錯覚めいた感覚。感知を働かせていなければ気付けなかったに違いない。
 リュクスに向かって伸びた手を、真希那は素早くつかみ止めた。
「ソイツには触れるな。教皇が言ってたのを忘れたのか?」
 反応を見るためのハッタリだった。
 もし嘘感知に引っかかったら容赦はしない――いつでも撃てるように、陽光の指輪・Rのビームの発射口は気配の主を向いている。
 気配の主はくすりと笑い。

「あらぁ、教皇ちゃんは気にしないと思うわよーう。あの子ってばいまだにおタマちゃんのこと、ほんと嫌ってるものー」

 野太い男の声でおネエ口調でそう答えたのは、ケアティックアルカナ吊された男だった。


 突然ベッド脇の影から伸びてきた手が手首をつかんでも、吊された男は驚いていなかった。腕がこわばったり、引き戻そうとしたりしないことから真希那もそれを感じとる。そしてその後、影から現われた真希那に親しげにウィンクまで飛ばしてくる姿は、好意的にすら感じられる。
 まあ、彼自身、天井から逆さまにぶら下がっているのだから、ひとのことをとやかく言えるわけもないのだが。
「きさまが潜入者か?」
「ええー? 何ソレー? やっだー、アタシってばそんなふうに見えるーぅ?」
 紺に紫のラメが入った肌にピチピチシャツの、Vの字に大きく開いた胸元にぱっと右手をあて、もう片方の手でマラボーで口元を覆う。繊細な心が傷ついたと表現したいのだろうが、40後半の青ひげ男がそんなことをしても、芝居じみた道化の滑稽なしぐさにしか見えなかった。
 毒気を抜かれ、萎えて、真希那は陽光の指輪・Rを嵌めていた手を下ろす。
 ケアティックアルカナには違いないのだが、殺気は感じられない。しかし確認はしておかなくてはならないだろう。
「リュクスに何の用だ」
「んー、おしゃべり? 前に森で会ったとき、また会いましょって約束したのよ。あのときは取り込んでるようだったから。
 でもオタマちゃん、今度は寝ちゃってるのねえ。残念だわ、一度ゆっくりお話ししたいと思ってたのに」
 オタマちゃん、というのはリュクスのことらしい。
(オタマ……お玉か?)
 調理器具のお玉杓子がすっと頭に浮かぶ。あれとリュクスに何の関係が……と思っていると、ドアが開いて今度は隠者が現われた。
「おやまあ。これまた意外なお客さんだ。
 あたしに一番に会いに来てくれないなんて。がっかりだねえ、ハニー」
「まあっ! そんなんじゃないのよ、ダーリン!!」
 吊された男はさっと向きを変え、床に降り立つと隠者を杖ごときゅうっと抱き締める。
「もちろんアナタに一番会いたかったわ! ほんとよ、パンプキン!」
 頬にキスをする吊された男と、それをうれしそうに受け入れる隠者
 ――えーと。
(なんか、想像ついたけど)
「お二人の関係は?」
 真希那の質問に、2人は同時に答えた。
「夫婦さ。あたしも意外だけど、70年連れ添ってる」
「アタシのマイスイートダーリンよ!」



 おそらく、種族が違うのだろう。100歳を超えているような隠者と40後半の吊された男。2人は一見では、夫婦というより祖母と孫、あるいは親子に見えた。
 だがお互いを見る目や距離、触れ合う姿は夫婦だった。真希那にも最愛の妻がいるので、2人が互いを大切に思う感情は本物だとわかる。
「じゃああんたはこっち側なんだな?」
 そこをはっきりさせとかなくちゃいけないと、離れていた間を埋めるようにイチャイチャしている2人の会話の隙間を縫って、真希那は尋ねた。
「違うわ」
「違うねぇ」
「は? じゃあ敵なのか!?」
「アタシたち、お互いのすることに口は出さないって決めてるのよ」
「夫婦関係が長続きする秘訣さね」
 いやそれでいいのかと、訊き返したくなる返答だった。ほかのことはともかく、ケアティックオーダリーアルカナは敵対しているのに。
「アタシは中立よ。見てるだけ。
 まあ、それでもみんなとも長いつきあいだし、少しくらいなら手を貸したりもするけど。幽霊船のときみたいにね」
 きゃらきゃら笑う吊された男と、それを聞いても平然としている隠者の姿に、2人の間ではこれは納得済みのことなのだと理解した。それならそれでいい。
「ということは、潜入者について教えてくれる気はないんだな」
「んふふー。教えてあげなーい」
 そんな吊された男だったが。
 隠者が「ハニー、またあとで」と出て行った後、彼女がいなくなるのを待っていたように真希那に告げた。
太陽ちゃんはオタマちゃんをここに送るしかなかったわ。あの場を乗り切るには他に手がなかったから。でもそれを太陽ちゃんが望んでいたかは別よ。
 アナタたちに告げたことこそあの子の真意。忘れちゃダメよ」


「ソラスの真意……」
 吊された男も去り、1人となって。真希那はあのときのことを思い出そうとした。
『弟を、頼みます』
 ソラスはそう言った。
(あのときは当たり前だと思ったが……頼まなくてはならないことが、ここにあるということか?)
 にわかに緊張が戻ってくる。
 リュクスを動かしたほうがいいか? でもどこへ? それに、そんなことをすれば警戒していることを気付かれてしまう。
 せめて起きてくれたら……。
 あらためてベッドのリュクスを見て、真希那は気付いた。髪が伸びている。
「髪だけじゃない、身長もだ」
 頬から子どもらしい丸みが薄れていくらかすっきりとした瓜実になり、シーツの上に出ている腕や指が細く長い。
 その姿に真希那は既視感を覚える。やはり教皇の研究室にあった培養ポッドの中のホムンクルスたちによく似ている。
 だが教皇は、あれはリュクスではないと言った。

「あいつ、何を創っていやがるんだ」

 真希那は胸騒ぎを止めることができなかった。
 
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