~ 序章 ~
■”大社” 梓の執務室
山富へ向った調査隊が消息を断ったという報告が届いてからしばし。梓の下に黒猫が現れた。万が一の時に備えて分社を通じて秘密裏に播磨屋へ渡していた式神だ。
その式神が運んできた文によると、和泉屋の裏切りにあって捕らわれたこと、念のために仕込んでいた部下の助けによって脱出の目途は立っていること、そして和泉屋が調査隊を人を喰う邪妖への生贄にしようとしていたことが、端的に書かれていた。
簡潔な文章ではあるがその内容の衝撃は大きい。文の最後には、可能であればその邪妖の討伐も行うとも書かれている。
「皆さん、どうかご無事で…」
姫巫女などと呼ばれてはいるが、梓はまだ十四の少女である。摂津で起きている大事件に加えて、調査隊を襲った今回の事件。二つの事件に直面して、その精神は擦り切れそうな状態だ。
誰もいない夜の執務室で、梓は山富の調査隊や摂津に暮らす人々の無事を祈る。その頬には一筋の涙が流れていた。
■武蔵城 天守閣
最近の天帝は毎朝起きると天守閣へ登ることを日課としていた。天守閣では、遠征軍が向った先である北の大地をじっと見据える。何も言わずただただじっと眺めているのだ。
遠征軍の無事を祈っているのか、それとも遠征が成功したその後のことを考えているのか。とにかく、毎朝十分程度の必ず天守閣に登るのだ。
「そろそろ出羽についた頃合いかのう」
その日、いつもは無言で天守閣を去る天帝が、そう一言だけ零すように呟いた。伸ばした顎髭を撫でながら、どうやら遠くで戦う精鋭たちに思いを馳せていたのだ。