形成するは白
エスとクルーアルから状況と作戦を聞いた冒険者たちは、困惑とともに慌ただしく準備する。
だが、ここで解決しないといけない問題にぶつかった。
「誰が染まる武器を修理するか、なんだよね……」
クロノスはハディック隊の魔人から手渡された本を握りしめる。
ハディック隊の彼が最初に見つけた冒険者として声をかけられ、受け取った本。
壊してしまった責任を感じている1人として何とかしたいものの、準備する物からもう挫けそうになっていた。
(破損した武器はわかる。ここだと剣のことだ。でも修理する人の魔力を遮断し、武器の魔力を蓄える手袋って聞いたことないよ……! お店に売ってあるのかな? でも夜遅いし、閉まってそう……それに形ある魔力って何? 魔力って基本実体ないよね? もうちんぷんかんぷんだよ……!)
ノー・キラーから謎解きを出されているような気分になるクロノス。
頭と目を回していると、ポンッと肩を叩かれる。
振り返ると春奈が心配そうな顔をしていた。
「大丈夫ですか?」
「う……助けて……」
クロノスは泣きそうな顔で春奈に本を渡す。
受け取った春奈は適当にパラパラとページをめくり、染まる武器修理の章を開く。
「千咲」
「何かしら?」
「これできる?」
春奈は修理手順が書かれたページを見せる。
「……できるわ。でも準備する物が厄介ね。それに……」
千咲は次のページをめくり、正義の持つ染まる武器に目を向ける。
もちろんまだ姿は定まっていない。
「あの状態でどう修理するか書かれてないわ」
「え、じゃあどうするの? もうそのままなの?」
戸惑うクロノスに正義が近づく。
「どうした? 何か問題でも起きたか?」
「えっと、それが正義の染まる武器が直せない可能性が浮上したわ。どうにかしたいけど……」
「……これを手にしてからいろいろ考えてみたんだが、少し試してみたいことがあってな。やってもいいか?」
「何をするの?」
「“形成”を染まる武器に使う」
「えっと……ものすごく言いにくいんだけど、ローランドに魔導騎士は存在しないから、形成での変化は起こらないんじゃないかな……? 武器も不安定だし……」
クロノスがそう心配するのは、自身が着ている旅装の特性からだった。
アルテラの魔導騎士のときに愛用していた服をローランド用に改造したが、神聖武装の形成による変化は起こらなくなっている。
また、形成を使用するには属性と一致する攻撃属性の触媒が必要になる。
姿を定められない武器に属性が宿っているかも不明だ。
「俺はそう思わないぞ」
話に入ってきたのはアキラだった。
「前にフィルから聞いたけど、異世界のスキルはここだと魔族の魔法に該当する。ノー・キラーが創った武器だし、何か起こるんじゃないか? それに折れたせいで魔力が十分に行き渡っていない可能性もありそうだしな!」
「それなら……やってみる価値はある、かな……?」
「2人ともありがとう。まずは形成で試してみて、できなかったら別の方法を考える」
正義は染まる武器の柄を両手で握りしめる。
周りが息を呑む中、正義は深く息を吸った。
「……形成」
魔力を集中させた刹那、白銀の剣と黒い銃が互いの姿を呑み込むように入り混じる。
2つの武器は正義の手で暴れるだけ暴れ、やがて灰色の光が澄んだ白へ。
光は鍔から先を描き、白銀の剣に姿を変えた。
冒険者たちから感嘆の声が上がる。
「俺はこれで行く。問題ないな?」
「あたしに聞かないでちょうだい。君がそうしたんだから」
「……そうだな」
「あとは遥の方ね。遥のは直せるけど……うーん。この2つがどうしても厄介ね。修理者の魔力を遮断し、武器の魔力を蓄える手袋と形ある魔力……」
「形ある魔力なら1つだけ思い当たる物がありますわ」
悩む千咲に焔子が話しかけ、そのまま続ける。
「魔力狩りをしていた魔人から半透明の糸が入った小瓶を回収しました。エスはそれを染まる武器の原料と推測していましたし、それが使えるかもしれません」
「……なるほどね。でもどれくらいあるのかしら? 量が明記されていないから、何かあったときのためにできれば多くあった方がいいけど……」
「教会も小瓶を回収してましたし、まだ保管してくれていると期待したいですが……とにかくかき集めるだけかき集めてみます」
「糸は焔子に任せるわ」
「では早速教会に行ってきます」
焔子は早足に大部屋を出る。
「問題は手袋ね。この時間帯で開いているお店あるかしら……」
すると、何か細い物で二の腕をつつかれる。
パッと振り向くと6つの目を持った大きな蜘蛛の魔物。
それがリインのペットだと知らない者たちは武器を構える。
「ま、魔物の相手してるヒマなんてないよ……!」
剣を構えるクロノスだが、大蜘蛛は怯えるように身体を小さくさせた。
それに違和感を覚えた彼女は、剣を構えたまま前に出てみる。
大蜘蛛は後ずさりした。
「えっと……この魔物は?」
「シュピンネに何してるの?」
リインが染まる武器の靴を抱えてクロノスたちに歩み寄る。
「シュ、シュピンネ……?」
「この子の名前。どうしたの? あんまりうろついちゃダメでしょ。きみママなんだから」
シュピンネは背中に乗った自分の子たちを脚で指して、千咲の手を指す。
「ちょっとごめんね」
リインは千咲から染まる武器の修理本を借りる。
文字に目を通す彼は、時折何かを堪えるように本に顔を伏せたりしながら、ページをめくっていく。
「ねぇ、大丈夫?」
「ん……大丈夫……なるほどね。いいんじゃない? 子供たちもいけるかも」
「どういうことかしら?」
「きみの手にシュピンネが手袋つけてくれるって。シュピンネの子から出る糸は、触れる物全ての魔力を吸収して蓄えるのと身に巻いて魔力を遮断する2つの能力があるんだ。成体になると前者ができなくなるんだけど……きみたち運がいいよ」
「あ、ありがとう? でも幼体の糸に触れたらあたしの魔力が……」
「大丈夫。まずは成体の糸で魔力を通さないようにする。そのあとに幼体の糸で巻けばいけるはず」
千咲はシュピンネの前にしゃがみ、両手を差し出す。
「お願い。あんまり時間がないから急いでくれると嬉しいわ」
シュピンネの目が笑い、口から糸が吐き出されて手首から巻かれる。
「あとは……遥さん!」
「どうしたの? 春奈」
「柄だけの剣持ってたりします?」
「あるわけないでしょう」
「ですよね……」
「ないなら創ればいいのよ」
「え?」
そう言って遥は正義の白光石の剣を握る。
「おい待て。それは俺の剣だ」
「知ってるわよ」
「まさか……!」
「どうやって折ろうかしら」
「やめろ……! これは大事な剣だ!」
必死な顔で手首を掴んでいる正義に、遥はニヤッとして別の剣を取った。
「冗談よ。大事な剣を折るなんてありえないから。代わりにこの剣を使うわ」
遥が手にしたのは、ダイアの鍛錬で使っていた剣。
以前、武器の貸し出しを行なっている店から借りていた剣だが、返却時に「後進を育てるときに使ってやれ。聖剣じゃ泣かれるだろ」と店主から無理やり渡されて遥の所有物になっていた。
「これを折って、新しい染まる武器にしちゃいましょう」