喧嘩
メジェールの屋敷本邸では、リインが部屋の一室を借りてクロッツの世話に励んでいた。
木製の檻にはクロッツが1匹ずつ入れられており、休む個体、暴れる個体、ご飯を食す個体と囲われた中で個性を爆発させている。
この光景にマルチェロとジャスティンは罪人の収容所を連想しつつ、各個体の様子を覗き込む。
「それにしても鈴虫の飼育で参考になるのか? サイズがかなり違うぞ」
「まぁ、今のところ大丈夫でしょう」
マルチェロはリインに自分が転生する前、弟が鈴虫を飼っていた話をした。
彼の話に興味を持ったリインは飼育方法まで細かく聞き、最終的に収まったのがこの状態である。
「もし共食いするとしたら、でかいだけに見た目かなり悲惨に……」
「大丈夫。共食いはしないよ。子供でこの大きさだから、共食いしたら絶滅まっしぐらだ」
「そ、そうか。ならいいんだ」
クロッツが暴れている音を耳に、ジャスティンはふと気になったことを口にした。
「リインはどうしてクルーアルと行動してるんだ?」
「好きだからだよ。ジャスティンは? どうしてシン・カイファと一緒にいるの?」
「一緒にいるとおもしろいからかな。あくまでも、今のところだけれど」
「ふぅん……」
そのとき、ガチャッと扉が開く。
「リイン、悪い。靴を……うわ……すげぇことになってんな」
染まる武器の靴を返しに来た飛鷹は、クロッツの飼育風景に思わず圧倒される。
「靴?」
「コイツらに靴を喰われちゃまずいと思ってな」
飛鷹は袋ごと靴を返す。
リインは中の靴に触れて、白のブーツに戻した。
「気が付かなかった……ありがとう」
「しかし、まぁ……お前凄いよな。どんな魔獣だろうとこうやって受け入れられるのは」
「昔はこうじゃなかったよ。もともとぼくは魔獣じゃなくて動物を飼ってたんだ」
「てことは、テラポッタとかマンティスとかパロトは……」
「マンティスは元から魔獣。テラポッタとパロトは元動物。覚えてる? クルルが家に帰ったら家族全員殺されてた話」
「確か、お前とクルーアルはそのとき遠出してたんだっけ」
「そう。あの日、ぼくが仲良くしていた動物たちが突然魔獣に変異して……クルルに助けを求めたんだ。手懐けられるのは魔族だけだから。何とか手懐けてもらって、帰ったらああなってた。もしぼくが助けを求めてなかったら、クルルも死んでたかもね」
「……なぁ。話変わるけどさ、お前のやってることと、今後のクルーアルについてのことを――」
そのとき、背後から細い手が飛鷹の上半身を撫で回す。
「はぁ……1日ぶりの飛鷹……」
「は な れ ろ」
「それは無理な話だ。下等生物(クロッツ)を僕の視界に入れたくない」
クルーアルは飛鷹の背中に顔を押しつける。
大事な話をしようとしているのにと思いながらリインを見遣れば、彼は目を潤ませていた。
「……どうして、こっちにいるの。こっちにいるってことはっ!」
「リイン。落ち着け」
「もう我慢できない。きみはいつも愛情の方向がズレてるよね。ぼくのときもあの子のときも。こっちはそんなの望んでいないのに、きみは自分の感情を押しつけてくるよね。ぼくは飛べなくていいのに。あの子はきみの角が好きだったのに。自責の念に駆られるだけで駆られて、ぼくたちの気持ちを無視して……!」
「リイン……」
「魔装の礎にならないでよ……! クルルには生きていてほしいし、クルルがいないとぼくは生きていけない……!」
「リインはもう僕がいなくても大丈夫だ」
「全然大丈夫じゃないよ……!」
クルーアルはそっとリインの肩に手を置く。
「ここにいるクロッツたちはお前1人で捕まえたわけじゃないだろう。それに処刑会場に乗り込むのも志願した。ずっと一緒にいて初めてのことだったから僕は嬉しかったよ」
「それはきみを失うのが嫌だから……!」
「リイン。僕がここにいる理由はわかるね?」
「ノー・キラーが来てるんでしょ」
「靴を渡して。魔法をかけるから」
「絶対嫌……!」
「リイン!」
彼は靴を持ったまま、部屋を出て行ってしまった。
「クルーアル、クルーアル……お前、何考えてる」
「飛鷹、お願いだ。何も言わず、最期の作戦に協力してくれ」
「無理だ。お前を死なせるわけにはいかねぇ」
「……死が最悪な状況って言ってなかったか?」
ジャスティンが思い出したようにつぶやく。
「あのときはな。でももう今は大丈夫だ。リインは飛鷹と上手くやれているみたいで安心した。魔装が解放されたら、僕がいなくても問題ない」
「お前がそこまでして魔装にこだわるのは、強い動機が関係しているのか?」
クルーアルは黙って頷いた。
「時間がない。リインを見つけて靴に魔法をかけなければ。鎧がないのは残念だが……」
「いや、鎧も手に入った。春奈が持ってるぜ」
「お前たちの稀なる幸運には感服するよ」
クルーアルは颯爽と部屋を出ると、風と遭遇した。
話を聞いていたのか、彼女は少しだけ顔を伏せながら口を開く。
「死んだらシンさんに二度と会えなくなるんですよ」
「飛鷹には多大な迷惑をかけた。もう会えない方がちょうどいい」
じゃあ、なぜあのとき自分が囚われている部屋に案内したのか。
言葉を紡ごうとした刹那、彼は風の横をさっと通り過ぎた。
(あぁ、この感じ……)
魔力狩りのときに支援を求めていたあの雰囲気に近いもの。
あのときは迷いを混ぜながら自分の気持ちに蓋をしたような決断だった。
今回は迷いを感じないが、無理やり自分の本音を押し殺して強行している。
(私ができることは……)
風は深呼吸し、捉えどころのない笑顔でクロッツの飼育部屋の扉を開けた。
「シンさん、ちょっーとお話がありまして。少しいいですか?」