「竜に乗る世界……とてもワクワクしますね」
優・コーデュロイは外の様子を窺い、呟く。
先に扉を潜り抜けた渡り人は竜と共に空を駆けている。何て楽しそうな世界だろう……対峙する者が居なければもっと素敵だったのに。
「やはり歪みはつきものですね……いえ、それを取り除けるように尽力しましょう」
となれば必要なのは空を駆ける手段。先に戦っている渡り人と同じように、己も翼を得るべきだろう。
怯え、傷つき、笑顔を失っている者らに心を痛めながら周囲を見回すと、一匹の竜と目があった。目をそらせぬまま僅かに時間が流れ、先に動いたのは竜の方である。
のそのそと優へと近づき、雄々しき声で語り始めた。
『翼が必要か』と。
「ええ、ですが……私でよろしいのでしょうか」
視線が合ったから来てくれたのだろうか。優が問えば、黒竜は静かに首を振る。
『我らが竜は永き時を人と過ごした。人の心の内を見抜くのには長けている』
曰く、竜は人の善悪を見抜くことができるという。その者が何をしたいのか、そして何を成すべきなのかを見抜き、こうして声を掛ける事があるのだという。
『無論それが全ての出会いではない。そうさな……我が感じたのは主の本質だ』
優の本質は、全ての者に喜びからくる笑顔をもたらす事である。
それを気取った黒竜が接触を図ったらしい。
『我が名はヴリュト、主の翼となり立ちはだかる者らを退けよう』
ヴリュトは恭しく頭を下げた。
そこまでこちらを認め、声を掛けてくれたのであれば断る理由もない。
「私の名は優・コーデュロイ。……契約竜ヴリュト、共に皆を守りましょう」
◇◆◇
ヴリュトの背に乗った優は神殿の外へと向かった。辺りの様子を窺いつつ、騎乗戦闘の確認をするためヴリュトに上昇の指示を出す。
揺れに問題はない、羽ばたく翼が邪魔になる事もないだろう。細かな癖を見抜き、細やかな動きができるように確認を重ねていく。
「問題ありませんね、これならば歌が途切れることもないでしょう。タブレットがあれば良かったのですがこればかりは仕方がありません」
世界の理か、あるいは扉の性質か。機械類を持ち込むことは叶わなかった。しかし、今までの経験は全て生きている。それらを駆使すれば問題無く動く事ができるだろう。
「ヴリュト、私は歌を紡ぎながら攻撃を試みます。注目を集めましたら、出番をお譲りしますね」
優はそう告げ、星素を奏で始める。それを合図と受け取ったヴリュトは大きく頷き、空へと昇った。
真っ向から挑むため眷属の正面へと回り、注意を引きつけるように咆哮を上げる。すると眷属は不気味な唸り声を上げ、ヴリュトの方へと転換して向かってきた。ヴリュトは優の星素を受け、一際大きな羽ばたきを見せる。まるで相手を挑発するように半身をずらし、優が攻撃しやすい態勢を整えた。
「ありがとうございます、ヴリュト……!!」
優はTヴィブロブレードを構えた。
相手のかぎ爪がこちらを捕らえようと振るわれる。それをギリギリで避け、刃を比較的柔らかな箇所へと振り被った。
硬いバルバロイの装甲をも両断する代物だ。刃が触れた箇所が超高速で振動し、殺傷力を上げていく。力を押し込めてやればスッと振り抜くことができた。
「これで注目を浴びることができれば――」
優は近くに居た眷属達を引きつけるようにヴリュトに指示を出した。
今度は攻撃を行わない。クリュサオルを翻し、星素を止め、星音を紡ぎ始めた。
歌うのは賛美歌風の曲である。厳格でありながらもアップテンポな歌声は聞く者に活力を持たせるようなものだ。それが具現化したのだろうか、淡い光は優どころかヴリュトをも包み込んでいく。
「――参ります、ヴリュト」
優は剣の切っ先を眷属へと向けた。
号令を受けヴリュトは羽ばたきを強め、こちらに向かおうとしていた眷属へその身を滑らせた。一人と一匹が携える光は流星のように美しく、軌道の尾を引きながらも晴天を駆け抜けていく。
強化されたヴリュト、そしてそれをサポートする優の星詩。
貫かれた眷属はおどろおどろしい瘴気を噴出させ、バラバラとその身を散らしていく。瞬きすれば、それは霧のようになっていた。空の風によって弄ばれ、後には何も残らない。そう思ったが……薄らとした霧の向こう側には煌めく宝石のようなものを見つけた。
「ヴリュト、あれは……」
『翼を持つ者、それの残滓よ。直に天へと還る』
ヴリュトの呟きと同時に光は消え失せた。後には何も残らない、各地の戦闘、その激しい音が辺り一帯に響き渡るのみである。
「翼を持つ者の残滓、ですか」
『そう、そしてそれは唯一無二の救いでもある』
ヴリュトは小さく息を吐いた。何もなくなってしまった所に慈愛に満ちた眼差しを向けている。
優はそれが何かを問おうともしたが、思い馳せるヴリュトの様子を見ていたら何も言えなくなってしまった。
暫しの静寂。それを打ち破ったのはヴリュトの旋回による風の音だ。
眷属はまだまだのさばっている。それを問うのは後でも良いだろうか、優はそんな事を考え、再び戦いの中へと戻っていった。