「救援信号を拾って来てみたが……これは一体」
人々の戸惑う声、そして争いの音。それらを聞き、
ルキナ・クレマティスは眉を寄せた。
救援信号を受けて訪れたのは謎の扉。その調査の途中、突如として開かれた扉に吸い込まれた彼女は気がつけばこの地に立っていた。
「いや、まずは話を聞くべきだろう」
そう考え、ルキナは人々の中でもとりわけ高位の者であるメルゲンへと話を請うた。
聞かされた内容は神話、そしてこの国の現状。
不明瞭な点も間々あるが、この国を取り巻く問題は眷属のみに非ず。全体を通して物事を見るためには、まず外の眷属を倒すのが先決だ。
「――状況は理解しました、国王陛下。戦うためにも、飛竜をお借りしたいのですがよろしいでしょうか?」
ルキナは大まかな現状を聞き、戦うために竜を求めた。
扉を潜った彼女が得たのは四大神竜・アマラの加護である。その能力を発揮するためにも、空を飛び交う邪竜の眷属と渡り合えるだけの手段が必要であった。
「そうですね、ならば彼女の力を借りると良いでしょう」
メルゲンは数多の竜の中から一頭を呼び寄せた。火属性の飛竜である。
「彼女はサラーナ、きっと貴女の良い『翼』となってくれるでしょう」
サラーナと呼ばれた竜は恭しく頭を下げ、ルキナへ窺うような視線を向けた。
「サラーナ、よろしくお願いしますね」
『よろしく頼みます、ルキナ嬢』
見目とは似つかわしくない、サラーナの柔らかな声が耳朶に触れた。
◇◆◇
「まずは感覚を掴んでいきたい」
自分がどこまで動けるのか、そしてサラーナがどのような戦いを好むのか。把握しながら戦闘に臨むのが良いだろう。
「戦法は急接近して攻撃、後に距離を取る。それの繰り返しをしたい、できるか」
ルキナが問えば、サラーナは雄々しき咆哮を上げた。先程の柔らかな声色など忘れてしまいそうなほど力強いものだ。
『できるぞ、妾が翼は流星をも追い越せる』
口調も様変わりし、鋭い目つきがより細いものとなっていた。どうやらサラーナは戦闘となると少しばかり性格が変わるらしい。あるいは王の手前そのような態度を取っていたのだろうか。どちらにせよ、頼もしい相棒に違いはない。
ルキナはサラーナの首を優しく撫でた。
硬い鱗の感触が掌に伝わり、僅かにグルルと鳴き声が漏らされる。猫でいう喉を鳴らすようなものだろう。
「では行こう」
サラーナの背に乗ったルキナは飛び立つ合図を送った。
荒々しい羽ばたきは彼女の性格を物語っているようだ。揺れは大きいものの、1回の羽ばたきで移動できる速度がかなりある。これを利用すればヒット&アウェイの戦法も上手くいってくれることだろう。
ルキナは漆黒の剣を手にサラーナへと指示を出す。向かうのは前方で火を吐き、森を焼いている眷属だ。
サラーナは空高くへと上がり、翼を真横に広げ滑空する。先程の揺れが嘘のように鳴りを潜め、剣の狙いを付けやすくなった。すれ違いざまに剣を滑らせ、眷属の尾を切り落とす。
竜にとって尾は武器であり、また身体のバランスを担う重要な役割を持っている。それが空を飛ぶ種ならば尚のことだろう。バランスを崩した眷属は高度をみるみる下げていった。それを追うのはサラーナだ。ルキナの攻撃が入りやすいように身体を傾け、彼女のサポートを務めていく。
一人と一頭、種族は違えど守りたいものや救いたいものは同じである。
息を整え、相手の出方を窺う。それを繰り返していけば、己にできる事や任せても良いことなどが見えてきた。
「なるほど……少しずつ掴めてきたか」
癖が分かればカバーもできる。それだけで殲滅速度は上がっていくものだ。
「そうだな……どうせなら加護とやらの力を試してみようか」
竜騎兵の持つ力の一つ、天竜アマラの加護。
聞いたところによれば、それは空に関するものが対象だったはずだ。
「サラーナ、旋回をしながら攻撃を避けてくれ」
『一網打尽か?』
ルキナは同意の代わりに小さく笑った。
それを肯定と見做したサラーナは動き方を変え、羽ばたきを緩やかなものとする。大きく弧を描き、宙をぐるりと旋回し始めた。その間、ルキナは魔法の術式を展開し、魔力の増幅と効率そのものを変換していく。隙は大きいが、その辺りはサラーナが上手いこと対処してくれる。短い共闘時間ながらに相手のことを理解し、信頼を預けた結果の行動である。
「まどろっこしい詠唱は止めだ――」
詠唱の破棄、そこに増幅した魔力。即時発動したのは広範囲の魔法だ。
晴天に生み出されたのは数多の隕石。落ちるまでにやや時間を要するものの、眷属の行動を制限するのには十分であろう魔法だ。
「皆さん退いて下さい!! 空が落ちますよ!!」
狙いは付けられるとはいえ、急な展開で回避した仲間に当たる可能性もある。声を張り上げ避難を促せば、彼女の声を拾った者や竜たちは退避に取り掛かった。
隕石は空を割り、文字通り落ちていく。それを逃れた眷属を逃すまいと、もう一回分の隕石を生み出していく。
『ほほ、妾は流星よりも早いと宣ったが……あれも中々の速さよな』
落ちていく隕石、そして堕とされた眷属達。逃れた者もいるが、それも時間の問題だろう。何せこちらにはサラーナだけではなく他の者達もいるのだから。
「このまま殲滅に取り掛かる!! サラーナ、敵を迎え撃て!!」
『よかろう、妾のブレスで彼奴めらを天へ還してやろうぞ!!』